退去費用はどこまで払う義務があるのか|経年劣化は「ずっと大家さん負担」です
⚡ 結論だけ先に
- 普通に住んでいて起きる傷み(経年劣化・通常損耗)は、借主が払う義務はありません。
- 根拠は民法621条と、国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」。
- 払うのは「故意・過失」「手入れを怠った結果」だけ。しかも経過年数ぶんは差し引かれます。
引っ越しのたびに、同じ質問が知恵袋に並びます。「退去費用15万円って高すぎませんか」「壁紙の張り替え代を全額請求されました」──そして回答も真っ二つに割れます。ですがこの問題、実は法律とガイドラインではっきり決着がついています。知らないまま払っている人が多いだけです。
まず答え:経年劣化は払わなくていい
2020年4月に施行された改正民法で、この点は条文に書かれました。民法621条は、賃借人が原状回復義務を負うのは「損傷」についてであり、そこから「通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化」を除くと明記しています。
つまり、普通に住んでいれば当然そうなる傷みは、法律上、借主の責任ではありません。なぜなら、その分はすでに毎月の家賃に含まれている、という考え方だからです。
🔍 よくある思い込みと、実際のところ
根拠: 民法621条・622条の2/国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
「借りたときの状態に戻せ」という義務は、法律のどこにも書かれていない。
借主負担と貸主負担の分かれ目
ガイドラインは、傷みを大きく分類しています。判断の軸はシンプルで、「普通に住んでいれば起きることか」「手入れをしていれば防げたか」の2つです。
⚖ どちらが払うのか ── 具体例で見る分かれ目
| 状態 | 負担 | 理由 |
|---|---|---|
| 日光による壁紙・畳の変色 | 貸主 | 経年変化。住み方と無関係に起きる |
| 家具の設置跡・へこみ | 貸主 | 通常の使用で避けられない |
| テレビ・冷蔵庫の裏の黒ずみ | 貸主 | 電気ヤケ。通常損耗 |
| 画鋲・ピンの穴(下地に影響しない程度) | 貸主 | 通常の生活の範囲 |
| タバコのヤニ・においの付着 | 借主 | 通常の使用とは言えないとされる |
| 結露を放置して発生したカビ・シミ | 借主 | 手入れを怠った(善管注意義務違反) |
| 引っ越し作業でつけた床の傷 | 借主 | 過失による損傷 |
| ペットによる柱の傷・においの付着 | 借主 | 通常の使用を超える |
| 釘・ネジの穴(下地ボードの張替えが必要) | 借主 | 通常の範囲を超える損傷 |
見るところ: 「その傷みは、誰が住んでも同じように起きるか?」
はい → 貸主負担 / いいえ、その人だから起きた → 借主負担。この一問で大半が判定できます。
全額請求されない理由 ── 経過年数で減る
ここが、いちばん知られていない部分です。借主に負担義務がある場合でも、新品の代金を全額払う必要はありません。
ガイドラインは、設備には価値が減っていくという考え方(減価償却)を取り入れています。たとえばクロス(壁紙)は6年で価値がほぼゼロ(残存価値1円)になるものとして扱われます。
📉 住んだ年数で、負担割合はここまで下がる(壁紙の例)
これが意味すること: 6年以上住んだ部屋の壁紙は、たとえ借主が汚したとしても、張り替え代をほぼ請求できません(残存価値1円まで償却されているため)。ただし、汚した部分を戻すための工事の手間賃(施工費)は請求されうるとされています。数字は仕組みを示す目安で、実際は物件と契約によります。
設備によって耐用年数は違います。クロスや流し台は6年、便器・洗面台などの給排水設備は15年、エアコンは6年といった目安が示されています。畳表(ござ)のように消耗品として扱われ、経過年数を考慮しないものもあります。
「特約があるから払え」は本当か
ここでよく持ち出されるのが「特約」です。契約書に「退去時のハウスクリーニング費用は借主負担とする」と書いてあるケースですね。
結論から言うと、特約はいつでも有効というわけではありません。ガイドラインは、通常損耗の修繕費を借主に負わせる特約が有効になるには、次の条件を満たす必要があるという考え方を示しています。
📋 特約が有効とされるための3条件
- 条件 1特約の必要性があり、内容が暴利的でないこと相場からかけ離れた金額は、それだけで争える余地がある。
- 条件 2借主が通常の義務を超えることを認識していること「本来は払わなくていいものを、あえて負担する」と分かる書き方になっているか。
- 条件 3借主がその義務を負うと明確に合意していることここが最大の争点。金額の記載がない、口頭説明もない、契約書の隅に小さく書いてあるだけ──こういう特約は、有効性そのものを争える可能性がある。
実務的には: 「クリーニング代3万円」と金額まで明記され、契約時に説明を受けてサインしている特約は有効とされやすい一方、「原状回復費用は全額借主負担」といった包括的な文言は無効と判断された裁判例もあります。特約があるから即アウト、ではありません。
請求書が来たらこう動く
感情的に「払いません」と言っても進みません。やることは順番が決まっています。
📝 このとおりに動けばいい
- STEP 1内訳書を出してもらう「合計15万円」だけの請求書には応じない。項目ごとの単価・数量・施工範囲を書面で求める。ここで引き下がる業者もいる。
- STEP 21項目ずつ「誰が住んでも起きるか」で仕分ける上の表と照らす。経年劣化に該当する項目に印をつける。
- STEP 3入居年数を伝えて減価償却を主張する「クロスは6年で残存価値1円のはずですが、この計算に反映されていますか」と具体的に聞く。これが効く。
- STEP 4入居時の写真・退去時の写真を出す写真があると話が早い。次に引っ越すときは、入居日に部屋中を撮っておくこと。これが最強の防御になる。
- STEP 5折り合わなければ第三者に入ってもらう自治体の消費生活センター、または消費者ホットライン188(いやや)。60万円以下なら少額訴訟という手段もある。
相談先: 消費者ホットライン 188(局番なし・全国共通)/各自治体の消費生活センター/法テラス。敷金からの一方的な差し引きにも同じ手順が使えます。
そして最も効果があるのは、実は入居した日に部屋を撮っておくことです。既にある傷を写真とメモで残し、できれば管理会社にも共有しておく。これだけで、退去時の交渉はまったく別物になります。
退去費用、納得いかないまま払ったことある?
よくある質問
壁紙が日焼けしていたら退去費用を払うの?
日光による壁紙の変色は経年変化にあたり、国土交通省の原状回復ガイドラインでは貸主負担とされています。同じ壁紙でも、タバコのヤニによる変色や、故意につけた落書きは借主負担になります。原因が生活していれば自然に起きることかどうかが分かれ目です。
ハウスクリーニング代は必ず払わないといけないの?
通常の清掃であれば本来は貸主負担ですが、契約書に特約として明記され、借主がその内容と金額を理解して合意している場合には有効とされることがあります。金額の記載がない、説明を受けていないといった場合は、特約の有効性そのものを争える可能性があります。
退去費用に納得できないときはどこに相談すればいい?
まずは請求の内訳書を出してもらい、各項目が経年劣化か故意過失かを確認します。折り合わない場合は、お住まいの自治体の消費生活センター、または国民生活センターの消費者ホットライン188に相談できます。金額が大きい場合は少額訴訟という手段もあります。
まとめ
退去費用でもめる原因は、ほぼ一つです。「借りたときの状態に戻す義務がある」と借主が思い込んでいること。その義務は法律のどこにもありません。
覚えるのは3行だけで足ります。誰が住んでも起きる傷みは払わない。払う場合も住んだ年数ぶん減る。内訳書を必ず出させる。この3行を知っているかどうかで、金額は本当に変わります。
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📌 出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(mlit.go.jp)、 民法621条・622条の2、国民生活センター(kokusen.go.jp)ほか。 制度や運用は改正されることがあります。本記事は一般的な情報提供であり、個別の法律相談にはあたりません。
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