【衝撃】牛が道具を「使い分けて」いた…背中はブラシの毛、乳房は棒の先端で
牛と聞いて思い浮かべるのは、牧場でのんびり草を食べる姿ではないでしょうか——「道具を上手に使い分ける」というイメージを持つ人は、まずいないはず。ところが2026年1月、オーストリアの1頭の乳牛が、その常識をひっくり返しました。ウィーン獣医大学の研究チームが Current Biology 誌に発表した論文によると、13歳の乳牛「ベロニカ」は、体をかくための道具(デッキブラシ)の、かたい毛の先と、なめらかな棒の先を、かく場所によって使い分けていました。背中や腰まわりの広くて皮膚が厚い場所には毛の先を、乳房や下腹の柔らかく敏感な場所には棒の先を——まるで自分の体の「地図」を持っているかのような選び方です。同じ道具の違う部分を、目的によって使い分ける「多目的道具使用」は、これまで人間以外の動物ではほぼチンパンジーにしか確認されていませんでした。ただし、この論文が調べたのはベロニカ、ただ1頭です。「牛はみんな道具を使いこなせる」という話ではまったくないので、そこも含めて書きます。
牛が、体をかく道具を「使い分けて」いた
オーストリア南部、ケルンテン州のネッチ・イム・ガイルタールという小さな村に、ベロニカという名前のスイスブラウン種の乳牛がいます。放牧地で暮らすふつうの乳牛ですが、10年以上前から、飼い主はあることに気づいていました。ベロニカが、落ちている棒切れを口にくわえて、自分の体をかいていたのです。牛が体をこすりつけて痒みを紛らわすのはよくある光景ですが、「道具を選んで持ち、動かして使う」のは、それとはまったく別の話です。
この様子を撮った1本の動画が、知人を通じてウィーン獣医大学(Vetmeduni Vienna)の認知生物学者アリス・アウアースペルク氏のもとに届きました。動物の「認知」——見て、考えて、目的に合わせて行動を選ぶ力——を研究してきたアウアースペルク氏は、映像を見てただごとではないと判断し、博士研究員のアントニオ・オスナ=マスカロ氏とともに、車で片道数時間かけてベロニカのいる村まで向かいました。
◆ ひとことで言うと
「道具を使う」だけなら、チンパンジーやカラス、ラッコなど例はいくつもあります。今回すごいのは、ベロニカが1つの道具(デッキブラシ)の中の「違う部分」を、体のどこをかきたいかによって使い分けていたことです。研究の世界ではこれを「多目的道具使用」と呼び、道具の1つの機能だけを繰り返し使う行動より、ずっと高度だとされています。人間以外の動物では、これまで確実な証拠があったのはほぼチンパンジーだけでした。
背中には毛の先を、乳房には棒の先を。まるで自分の体の「地図」を持っているかのように。
どう調べたか——ブラシの向きをランダムにして、くり返し記録した
飼い主の話や1本の動画だけでは、「たまたま」だった可能性を消せません。そこで研究チームは、ベロニカのもとに通い、条件をそろえた実験を行いました。
- 使ったのは、かたい毛の束がついた片側と、なめらかな木の柄がついた反対側を持つ、1本のデッキブラシ(甲板みがき用のほうき)。
- 毎回、毛の側が右にくるか左にくるかをランダムに入れ替えて、地面に置いた。ベロニカが「いつも同じ側を持つクセ」で選んでいないかを確かめるためです。
- 7回のセッションに分けて観察し、ベロニカが道具を口にくわえて自分の体をこすった場面を、そのつどどちらの端を選んだか・体のどこに当てたかとあわせて記録した。この一連の観察の中で、道具を使った場面は合計76回にのぼりました。
結果、ベロニカが道具を手に取る場所は、右か左かではなく、「毛の先か、棒の先か」という機能のほうで決まっていました。毛の側を選ぶ回数と棒の側を選ぶ回数には、体の部位によってはっきりとした偏りがあり、偶然のばらつきでは説明しにくいレベルだった、と論文は報告しています。しかも道具を当てた場所は、腰まわり・わき腹・乳房・下腹といった、体の後ろ半分に集中していました。舌や頭をひねっても届きにくい場所ばかりです。
ここが意外① かたい毛は背中に、つるりとした棒は乳房に
特に研究チームが注目したのは、「どちらの端を、どう動かしていたか」という技の中身です。
背中や腰まわりなど、皮膚が厚くて面積の広い場所には、かたい毛の先を使い、床用ブラシを掃くときのように大きく払うような動きをしていました。一方、乳房や下腹といった、柔らかくて敏感な場所には、なめらかな棒の先に持ち替え、狭い範囲を慎重に、ゆっくりとこする動きに変えていたのです。「とりあえず近い方の端を使う」のではなく、その場所に合った道具の面と動かし方を、その都度選んでいた——これが論文の中心的な発見です。
道具そのものを使うだけなら、多くの動物で見られます。しかし「1つの道具の中の異なる部分を、異なる目的のために使い分ける」という柔軟さは別の話で、これまで非霊長類の哺乳類では報告例がありませんでした。
ここが意外② 誰にも教わっていない、10年以上前からの自己流だった
もう1つ見過ごせないのが、この行動が「訓練」でも「ごほうび」でもなかったことです。研究チームがベロニカに何かを教え込んだのではなく、彼女はこの行動を10年以上も前から、自分の生活の中で自然に続けていました。実験はあくまで、すでにある行動を条件をそろえて確かめただけです。
オスナ=マスカロ氏は「ベロニカは道具の異なる部分を異なる目的のために使い、道具の機能と体の部位に応じて異なる技術を使い分けている」と述べています。研究チームはこれを、単なる偶然のクセではなく、目的に応じて手段を選ぶ「柔軟な道具使用」だと結論づけました。
FIGURE 01 / 使い分けの地図
1本の道具の、2つの顔
この数字の正しい読み方
ここが心臓部です。「牛が道具を使い分けていた」——ここまでは正しい。ただし、この論文が実際に言っていることと、そこから先の飛躍を混ぜないように、順番に分けます。
1つめ。分母はベロニカ、ただ1頭です。 世界には十数億頭の牛がいると言われますが、この論文が観察したのはそのうちの1頭だけです。論文の著者アリス・アウアースペルク氏自身が「ベロニカは1頭の牛にすぎず、すべての牛が道具を使えるわけではない」と明言しています。「牛は思ったより賢い」という見出しは半分正しく、半分言い過ぎです。
2つめ。ベロニカの暮らし方が、ふつうの牛と大きく違います。 アウアースペルク氏は、ベロニカについて「問題解決の力を示してはいるが、他のすべての牛より知能が高いとは限らない。ただし、暮らしている環境が他の牛とはまったく違う」とも述べています。ベロニカは小規模な農場でペットのように飼われ、人と日常的に接しながら13歳まで生きてきました。乳をしぼるための大規模な牧場で育つ牛の多くは、もっと若いうちに生涯を終えるのが実情です。「暮らし方が違えば見えてくる能力も変わる」という当編集部の受け止めであって、これも論文そのものの主張ではありません。
3つめ。「なぜできるようになったか」は分かっていません。 生まれつきの理解力なのか、10年以上かけて試行錯誤する中で身についた習慣なのか、この論文は区別していません。別の研究者は「他の道具でも同じことができるか試すと面白い」ともコメントしており、今回の発見はベロニカと1本のブラシの組み合わせについての報告にとどまります。
4つめ。「だから牛は賢い動物だ」と単純化しないこと。 この論文が確かめたのは、特定の1頭が、特定の道具について見せた、特定の行動パターンです。「牛という動物全体の知能」や「家畜の飼育方法を見直すべきかどうか」といった大きな話に、この論文1本だけで答えを出すことはできません。
◆ 誤解されやすい点:「1頭にできた」と「牛全般にできる」は別
この論文が示したのは、「ベロニカという1頭の牛が、道具の異なる部分を、体の部位に応じて一貫して使い分けていた」という、条件をそろえた実験下での観察結果です。 これは牛という動物に、こうした柔軟さを発揮できる潜在能力があることを示す一例ではありますが、「牛は総じて道具を使いこなせる」という意味ではありません。著者自身が指摘するとおり、ベロニカの特殊な生育環境が、この行動を可能にした一因である可能性が高いところです。
世の中の動き
論文が公開された2026年1月19日、掲載元の Cell Press が公式Xアカウントで発表すると、映像はまたたく間に世界中に広まりました。
この投稿をきっかけに、ニュースサイトやSNSで「牛が道具を使う」映像が広く共有されました。霊長類の道具使用を研究してきた専門家からは、毛の先と棒の先を正確に切り替える様子に驚きの声が上がった一方で、「1頭の逸話だけで牛全般の知能を語るのは早すぎる」という冷静な指摘も、複数のメディアで紹介されました。驚きと慎重さ、両方の反応が同時に広がったのが、この話題の特徴です。
FIGURE 02 / この論文の射程
「言えたこと」と「言ってはいけないこと」
まとめ
- オーストリアの乳牛ベロニカ(13歳)が、体をかく道具の異なる部分を使い分けていた
- 背中や腰まわりには毛の先、乳房や下腹にはなめらかな棒の先を選んでいた
- ウィーン獣医大学の研究チームが道具の左右をランダム化した条件で確認
- 7回のセッションで記録された道具使用は76回。偏りは偶然では説明しにくいレベルだった
- この行動は訓練された芸ではなく、10年以上前から自然に続けてきたもの
- 2026年1月19日、Current Biology 誌に発表。牛での多目的道具使用の初報告
- ただし調べられたのはベロニカ1頭だけで、他の牛への一般化はまだできない
▲ ここはまだ分かっていない
この論文が観察したのはベロニカ1頭だけで、統計的に多くの牛を比べた研究ではありません。著者のアリス・アウアースペルク氏自身も「ベロニカは1頭の牛にすぎず、すべての牛が道具を使えるわけではない」と留保しています。また、この行動が生まれつきの理解力によるものか、10年以上の試行錯誤で身についた習慣なのかは、この論文では区別できていません。ベロニカは小規模農場でペットのように育ち、人と日常的に接してきた特殊な環境の牛で、大規模な酪農場で育つ牛でも同じ行動が現れるかどうかは、今のところ分かっていません。「牛は道具を使いこなせる生き物だ」と言い切るのは、まだ早いところです。
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- 原論文: Osuna-Mascaró, A.J., & Auersperg, A.M.I. "Flexible use of a multi-purpose tool by a cow". Current Biology 36(2)(2026年1月19日). doi:10.1016/j.cub.2025.11.059
- 研究機関: University of Veterinary Medicine Vienna(Vetmeduni Vienna)プレスリリース
- プレスリリース: Austrian cow shows first case of flexible, multi-purpose tool use in cattle(Cell Press)
- 解説・著者コメント: This tool-using cow stunned scientists with her smarts(Science News Explores)
※ 数値(実験セッション数7回、記録された道具使用76回、観察期間10年超、ベロニカの年齢13歳など)は、原論文 Current Biology 36巻2号および、大学・出版元のプレスリリース、著者コメントを引用した複数の報道に基づく丸めの値です。原論文の全文は購読者限定のため、当編集部は出版元(Cell Press)・研究機関(Vetmeduni Vienna)の公式発表と、著者本人のコメントを引用した複数の独立した報道を突き合わせて確認しています。誤りを見つけられた場合はご連絡ください。