【衝撃】コウイカは「マシュマロテスト」に合格した…5歳児と同じ我慢を、水槽の中で見せていた
「目の前のマシュマロを今すぐ食べてもいいけど、5分待てば2個あげる」——4歳児が我慢できるかを見る有名な心理学実験があります。これを海の底に住むコウイカで試したら、6匹全員が合格したというのが今回の話です。2021年3月、英ケンブリッジ大学のアレクサンドラ・シュネル氏(比較心理学)らが、Proceedings of the Royal Society B誌に発表した論文。水槽の中に「今すぐ食べられる、あまり好きじゃない食べ物」と「しばらく待つと開く扉の向こうにある大好物」を並べると、コウイカ6匹はすぐ食べたい衝動をこらえ、最長で130秒もじっと待った。しかも、我慢が上手な個体ほど、別の“頭を使う課題”の学習も速かった。ただし——試したのは6匹だけ。「人間の子どもと同じ意味の我慢」と呼ぶのは、まだ早い話です。
「マシュマロテスト」の水槽版
マシュマロテスト、という有名な心理学の実験があります。4〜5歳くらいの子どもの前に、マシュマロを1個置く。「今食べてもいいけど、私が戻ってくるまで待てば2個あげる」と伝えて、その部屋に置いて出ていく——これだけです。「今の1個」を我慢して「あとで2個」を選べるか。そこを見る実験です。
1970年代にスタンフォード大学のウォルター・ミシェル氏らが始めたこの実験は、「先を見越して自分を抑える力」の代表格として、今でも心理学の教科書に載っています。
それを、コウイカで試したのが今回の論文です。頭にちょんまげのような殻を背負い、水底で色や柄をぐるぐる変えているあの生き物。寿命は2年ほど、単独で泳いでいて、群れも作らない——人間の子どもとは、生活の仕組みからしてまったく別物です。
「今の食事を我慢できるか」を、8本足の生きものが、水の中で見せた。
エビとカニを使った、我慢の測り方
マシュマロは水に溶けます。そこでシュネル氏らが使ったのは、コウイカがふだん食べている「エビ」と「カニ」でした。
◆ ひとことで言うと
コウイカにとって「今すぐ食べられるカニの切り身」よりも「あとで届く生きたエビ」のほうが好物です。 水槽の中に2つの部屋を並べ、片方には今食べられるカニ、もう片方の透明な扉の向こうには待っていれば開く扉と生きたエビを置く。 「今のカニをこらえて、あとのエビを取れるか」——これが今回の“水槽版マシュマロテスト”です。
手順はこうです。
- ①まず学習させる——「片方の扉の向こうにはあとで好物が現れる」と分かるまで、繰り返し練習させます。
- ②待ち時間を伸ばす——扉が開くまでの時間を、10秒→20秒…と最長130秒(2分10秒)まで伸ばしていきます。
- ③目の前の食べ物を我慢できるかを見る——今すぐ食べられる部屋には、いつでも食べられる状態でカニの切り身が置いてあります。そこに手を出したら、扉は閉じてエビは消えるルール。
これでコウイカは、「目の前を食べる=今のものは食べられるが、好物は消える」「我慢して待つ=好物が手に入る」のどちらかを、その場で選ぶことになります。
ここが意外① 最長130秒、じっと待った
結果です。コウイカ6匹全員が、我慢を覚えました。
いちばん粘った個体で、目の前のカニを無視した時間は130秒。2分10秒です。コウイカにとってこれは相当に長く、動物のマシュマロテストでこれまでに合格したのはチンパンジー・オウム・カラス・イヌなど、いわゆる“頭がいい”ことが知られている社会性のある動物ばかりでした。
ここに「単独で暮らす、脊椎動物ですらない生き物」が名を連ねたことが、今回のいちばんの発見です。
マシュマロテストは、これまで「群れで暮らす動物ほど強い」と考えられてきました。仲間との駆け引き、順位の見きわめ、我慢して待つ場面が日常にあるからです。ところがコウイカは基本的に単独で暮らします。群れの中で我慢を鍛える機会がないのに、我慢ができた。「社会性が我慢を作る」という説明を、そのままでは通しづらくなったということです。
ここが意外② 我慢が上手な個体は「頭も切り替えが速い」
もう1つ、シュネル氏らは同じ6匹に別の課題を出しました。「逆転学習(ぎゃくてんがくしゅう)」と呼ばれる、頭の切り替えを測る課題です。
◆ ひとことで言うと
「左の目印を選ぶと食べ物が出る」と教え込み、慣れてきたところで、いきなり「右が正解」に切り替える。 この“ちゃぶ台返し”の状況で、どれだけ早く新しいルールに乗り換えられるか——これが逆転学習です。 頭の切り替えの速さを見る、心理学の定番テストのひとつです。
結果、「マシュマロテストで長く我慢できた個体ほど、逆転学習でも切り替えが速かった」。個体ごとに、我慢の時間と切り替えの速さがきれいに並んだのです(相関の強さを表す数字は0.80、6匹での相関なので参考程度に受け取る必要があります)。
この関係は、人間や霊長類ですでに知られていた組み合わせと同じ向きでした。「我慢できる子は頭の切り替えも速い」——コウイカでも同じことが起きていた、という話です。
FIGURE 01 / 我慢テストと切り替えテスト
2つのテストで、6匹の順位はきれいに並んだ
この数字の正しい読み方
ここが心臓部です。「コウイカは子どもと同じ我慢ができる」と読み替えたら、この論文からははみ出します。4つに分けます。
1つめ。6匹の実験です。 個体差の影響が大きく、統計としてはかなり慎重に扱う必要がある数です。相関の数字も、この6匹の順位が並んだ、というレベルです。次に別の6匹でやったら、結果が変わる余地は十分にあります。ここは著者自身が論文の中で留保として書いています。
2つめ。「我慢」の中身が同じとは限りません。 人間の子どもが試されているのは、「もっと先の“見えない未来”を思い浮かべる力」です。今回のコウイカが試されたのは、「透明な扉のすぐ向こうに、実際に見えているエビを待つ」課題。「目の前に見えているごちそうを待つ」のと、「見えないごちそうを想像して待つ」のは、頭の使い方が違います。ここを一緒くたにできません。
3つめ。エサ取りの最適解、という別の説明が残ります。 「良いエサを待つ」というのは、頭を使わずとも、「今のエサを食べたら好物が消える」というルールを学習することで達成できる行動です。これを“自制心”と呼ぶかどうかは、言葉の問題を含みます。コウイカは、単に「待ったほうが得」を学んだだけかもしれません。
4つめ。ヨーロッパコウイカ1種の話です。 コウイカは世界に120種ほどいて、行動もかなり違います。タコやイカでも同じ結果が出るかは、この論文からは分かりません。「頭足類は我慢ができる」と広げるのは早計です。
◆ 誤解されやすい点:「知能テストに合格した」ではない
この論文が示したのは、「6匹のヨーロッパコウイカが、目の前の食べ物を我慢して、より良い食べ物を待つことを学んだ」という観察です。 これは、人間の子どもの“自制心テスト”と同じ形式の課題を、コウイカもクリアできた、というだけの話です。 「子どもと同じ知能がある」「未来を想像している」というところまでは、この実験では確かめられていません。 むしろ論文が投げかけたのは、「群れをつくらない生き物にも“我慢”があるのはなぜか」という次の問いのほうです。
世の中の動き
この論文が発表されたとき、SNSで一気に拡散したのは「あの水の中の生き物が、あの実験に合格した」という反応でした。
アメリカのコメディアン、マイク・バービリア氏の投稿です。「マシュマロテストって何か調べたら子どもの我慢の実験で、要するにあのコウイカは中学生時代のいじめっ子より賢い、ってことか」——という、この論文の受け取られ方をよく表す一発です。「あの生き物にできて、なぜあいつにできない」という感情の動き方が、この論文が広まったいちばんの理由でした。
論文が出て4年後の投稿。「頭足類が、人間の子ども向けの認知テストに合格した」と、シンプルに紹介されています。4年経っても、この結果が「意外」であり続けていることが分かります。それだけ、「群れをつくらない、寿命の短い、脊椎動物ですらない生き物」に、こういう能力があると分かったことのインパクトが強かったということです。
FIGURE 02 / この論文の射程
分かったこと、まだ分かっていないこと
まとめ
- 2021年3月、Proceedings of the Royal Society B にケンブリッジ大学シュネル氏らの論文が掲載
- ヨーロッパコウイカ6匹が「今すぐカニ or あとでエビ」の課題で我慢を学習
- 最長で130秒、目の前を無視して好物を待った
- マシュマロテストに合格した動物は、これまで社会性の強い種ばかりだった
- 単独で暮らすコウイカが合格したことで、「社会性が我慢を作る」という説明を再検討する必要が出た
- ただし6匹の実験で、人間の子どもと同じ「我慢」を意味するかは、まだ確かめられていない
▲ ここはまだ分かっていない
この論文が扱ったのはヨーロッパコウイカ6匹の水槽内での行動に限られます。個体数が少なく、相関の値をそのまま「原因と結果」に読み替えることはできません。「未来を想像して自制した」のか、「今食べると好物が消える」というルールを覚えただけかは、この実験では区別できません。コウイカは世界に120種近くいますが、同じことがタコや他のイカで成り立つかは未確認です。水槽での結果が野生でも成り立つかも、次の研究に持ち越されています。
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- 原論文: Schnell, A.K., Boeckle, M., Rivera, M., Clayton, N.S., Hanlon, R.T. "Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task". Proceedings of the Royal Society B 288: 20203161(2021年3月3日). doi:10.1098/rspb.2020.3161
- 論文ページ: Cuttlefish exert self-control in a delay of gratification task(Proc. Royal Society B)
- ケンブリッジ大学プレスリリース: Cuttlefish can delay gratification – and those that can wait the longest are the smartest(University of Cambridge)
- 研究者について: Dr Alexandra Schnell(University of Cambridge)
※ 数値(対象個体6匹、最長我慢時間130秒、全個体合格、我慢時間と逆転学習の相関の順位一致)は、原論文および掲載誌の記述に基づきます。 図1の個体別の待ち時間は論文の記述をもとに作成した目安の参考値であり、6匹の順位一致(Spearman ρ ≈ 0.80)を可視化したものです。 誤りを見つけられた場合はご連絡ください。