【衝撃】ゾウは互いを「名前」で呼んでいた…101頭の低い唸り声を機械にかけた結果
イルカやオウムは「相手のマネ」で呼びかけます。ところがゾウは、真似ではない“決まった音”を1頭ずつに使い分けていた——というのが、今回の話です。2024年6月、米コロラド州立大学のマイケル・パルド氏(動物行動学)らがNature Ecology & Evolution誌に発表した論文。ケニアのアンボセリとサンブルで、101頭のアフリカゾウから録った469本の低い唸り声を機械学習にかけたところ、「その声が誰に向けられたものか」を偶然の3倍以上の精度で当てられた。録音を野生のゾウに聞かせる実験でも、自分の“名前”のときだけ、走って寄ってきたり返事をしたりする回数が多かったのです。ただしこれを「人間と同じ名前だ」と受け取ってはいけません。ゾウが本当に個体をひとりの存在として認識しているのか、それとも別のものを指しているのか——ここは論文の中でも慎重に線が引かれています。
ゾウが出す「低い唸り声」から始まった話
アフリカゾウが出す声のうち、いちばん多いのが「ランブル(rumble)」と呼ばれる低い唸り声です。ゾウのお腹あたりから響いてくる、地面が震えるようなあの音。人間の耳では音として聞き取れないほど低い成分も入っています。
ランブルは、ゾウが仲間に呼びかけるときの主役です。数kmは軽く届くので、群れがバラバラに散らばっている草原では、姿より先にこの声で連絡を取り合っています。
今回の論文が問うたのは、そのランブルのなかに「特定の1頭に向けた印」が入っているかどうかでした。人間なら「太郎」「花子」のように、呼びたい相手ごとに違う音の並びを使います。ゾウにも、それに当たる仕組みがあるのか——そこが焦点です。
「相手のマネ」ではなく、「相手ごとに決めた音」を使っていた。ここが今回のいちばんの驚きです。
469本の声を、機械学習に読ませる
やったことは、聞くと単純です。「録って、聞かせる」の2段構えです。
◆ ひとことで言うと
ゾウの名前と血縁が全部わかっている群れで、誰が誰に向かって唸ったかを1件ずつ書き留めながら14年間、469本の声を録った。 そこから、音の波形の特徴だけを機械学習に読ませて、「これは誰宛ての声か」を当てさせた。 さらに、その声を野生のゾウに再生して、本人が反応するかを見た——ここまでが今回の研究です。
もう少し細かく分けると、こうなります。
- ①現場で録音——ケニアのアンボセリとサンブルの2か所で、14年ぶん・469本のランブルを集めました。録るときには、その場に誰と誰がいて、どのゾウが誰の顔を見て声を出したかを、必ず記録しています。
- ②機械学習にかける——録音の音の特徴だけを機械に読ませ、「これは受け取り手が誰か」を当てさせました。声の中身(意味)を教えず、波形だけで当てさせたのがポイントです。
- ③本人に再生して聞かせる——別の日に、17頭のゾウそれぞれに、「自分宛ての声」と「他のゾウ宛ての声」を再生。反応の強さの差を見ました。
ゾウは「呼ばれた側」なので、実験の主役はいつも一頭ずつ。1個体ずつを実験材料に、まる1日追いかけて記録したそうです。
ここが意外① 「自分の名前」だけに強く反応した
結果です。機械学習は、宛先を27.5%の精度で当てました。ゾウは13頭ずつのグループから選ばせているので、偶然当たる確率は8%足らず。それの3倍以上を当てられていたことになります。
ただ、これだけだと「機械が何かのパターンを見つけた」で終わってしまう。ここに“本人に聞かせる”実験が乗ります。
17頭の野生ゾウに、自分宛てだった声と、他のゾウ宛てだった声を並べて再生しました。 どちらも同じ話し手(同じゾウ)の声です。自分宛ての声のときだけ、聞いた本人は、スピーカーのほうへ大きく耳を向け、鼻を上げ、返事のランブルを出し、近づく行動が多くなった。他のゾウ宛ての声は、ほとんど無視したのです。
機械が音の並びから“宛先”を読み取り、その音を聞いた本人だけが「自分だ」と反応した——この2つがそろって、初めて「宛先の印が入っている」と言えるようになります。
ここが意外② 真似ではなく「約束の音」だった
この話の面白さは、「宛先の印」の作り方にあります。
これまでに、動物の世界で「個体名っぽいもの」が知られていたのはイルカとオウムです。どちらも、相手が普段使っている音を“真似して”呼びかけていました。イルカのシグネチャーホイッスル(自己紹介の口笛)がその代表です。「太郎さん」と呼ぶ代わりに、「太郎が普段口ずさんでいる歌」でその人を呼ぶ、というイメージです。
ところがゾウは違いました。呼ぶ側のゾウが出した「宛先の音」は、呼ばれた側のゾウが普段出している声の真似ではありませんでした。「あいつのマネ」ではなく、「あいつを指すことにしている音」だったのです。
◆ ひとことで言うと
これは、人間のことばに近い性質です。「太郎」という名前は、太郎が普段出す音とは何の関係もない、みんなで決めた記号です。 ゾウの「宛先の印」も、その相手が普段出す声とは切り離された音になっていた——というのが、今回の論文がイルカ・オウムと分けた線です。
ただし、「言葉として成り立っている」とまでは、この論文は言っていません。あくまで「相手ごとに、真似ではない印を音の中に埋め込んでいた」という段階の観察です。
FIGURE 01 / イルカ・オウム vs ゾウ
「マネで呼ぶ」と「決めた音で呼ぶ」の違い
この数字の正しい読み方
ここが記事の心臓部です。「ゾウにも名前がある」——ここまで飛んではいけません。4つに分けます。
1つめ。27.5%は「機械が3回に1回は当てた」ではありません。 13頭のなかから受け取り手を当てさせて、27.5%の精度で当たったという意味です。偶然当たる確率(8%足らず)よりずっと高いことを示す数字であって、「毎回名前で呼び合っている」という数字ではありません。逆にいうと、機械が当てられなかった声のほうがずっと多いのです。
2つめ。「本人が反応した」実験は17頭分です。 再生に強く反応したから“自分の名前”と分かった、と言えるのは、この17頭についてだけです。アフリカゾウ全体の話でも、ましてアジアゾウの話でもありません。ここは論文の中で著者自身が留保として書いています。
3つめ。「名前」は人間の言葉です。 ゾウが本当に「太郎という1人」を指しているのか、それとも「太郎が今いる場所」「太郎が担っている役割」「太郎の血縁の系統」を指しているのか——この違いは、今回の実験では区別できません。「相手ごとに違う印を音に入れていた」ところまでが確かで、その印が指しているものの中身までは、まだ分かっていないのです。
4つめ。「言語がある」とはひと言も書かれていません。 言葉の材料になる“名詞”に近い機能を持つ音がある、というのが今回の到達点です。ゾウが文を作っているとか、意味を組み合わせているとか、そういう主張ではありません。「動物にも言葉があるかも」と読み替えるのは、この論文からは無理があります。
◆ 誤解されやすい点:「呼び合っている」ではなく「呼びかけていた」
この論文が示したのは、「呼び手が、相手ごとに違う印を音の中に埋め込んでいた」ことと、「呼ばれた本人はそれに反応した」ことです。 「ゾウの群れが名前で呼び合う社会を作っている」というところまでは、まだ確かめられていません。 呼ばれた本人が、その音で他のゾウを呼び返すのか、名前を教え合うのか——次に確かめないといけない問いは、まだたくさん残っています。
世の中の動き
この論文は、「動物のことば」をめぐる長年の議論に、久しぶりに具体的な材料を投げ込んだ形になりました。反応もそこに集中しています。
ゾウが多く住むインドの政府高官による投稿です。「マネの一歩先を行く仕組みを見つけた」と、論文の勘所を一文で言い当てています。ここが「単にマネしていた」との違いで、この発見が“名詞に近い”と扱われる理由です。今回の論文が広い層に届いた最初のきっかけの一つでした。
再生実験で、亡くなった仲間の“名前”を聞かせたときの反応にも触れた投稿です。元の論文にも、家族と離れた個体や亡くなった個体を指す音への強い反応が記されています。ただし「悲しみ」「別れ」といった言葉に持っていくのは、この論文の解釈の範囲を超えます——ここは第5章の「4つめ」につながる話です。
FIGURE 02 / この論文の射程
分かったこと、まだ分かっていないこと
まとめ
- 2024年6月、Nature Ecology & Evolutionにコロラド州立大学マイケル・パルド氏らの論文が掲載
- ケニアのアフリカゾウ101頭から録った469本のランブル(低い唸り声)を機械学習で分析
- 「その声が誰宛てか」を偶然の3倍以上(27.5%)の精度で当てられた
- 17頭に再生した実験で、自分宛ての声にだけ、強い反応(耳を向ける・鼻を上げる・返事する)が出た
- 相手の声を真似ているイルカ・オウムと違い、ゾウの印は相手の声とは似ていなかった
- ただし「名前」「言語」と言い切るには、まだ確かめられていないことが多く残る
▲ ここはまだ分かっていない
この論文が示したのは、あくまで「呼び手が相手ごとに違う印を音に埋め込んでいた」ことと「本人だけが強く反応した」ことです。ゾウが「太郎という1個体」を指しているのか、「太郎がいる場所」や「太郎の血縁関係」を指しているのかは、今回の実験では区別できません。分析はケニアの2か所のアフリカゾウに限られており、アジアゾウなど他の種でも同じ仕組みが働くかも未確認です。子ゾウが名前をいつどうやって覚えるのか、呼ばれた側が他のゾウを名前で呼び返すのかも、次の研究に持ち越されています。
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- 原論文: Pardo, M.A., Fristrup, K., Lolchuragi, D.S. et al. "African elephants address one another with individually specific calls". Nature Ecology & Evolution 8, 1353–1364(2024年6月10日). doi:10.1038/s41559-024-02420-w
- 論文ページ: African elephants address one another with individually specific calls(Nature Ecology & Evolution)
- コロラド州立大学プレスリリース: Elephants use personalized calls to address one another(CSU Source)
- 研究者について: Mickey Pardo, PhD(Colorado State University)
※ 数値(録音本数469、対象個体101、識別精度27.5%、再生実験対象17頭、期間14年)は、原論文および掲載誌の記述に基づきます。 「27.5%は偶然の3倍以上」という表現は、13択の偶然当選率(7.7%)に対しての比較です。 誤りを見つけられた場合はご連絡ください。