生きもの 進化

【衝撃】虫は深い水の圧力に耐えられない、はずだった…この幼虫は毎日214m潜り、育ちきると463m分の圧力にも潰れなかった

海の中に虫を見たことがある人は、まずいません。「昆虫は海にほとんどいない」というのは生物学ではほぼ常識で、その理由としてずっと説明されてきたのが「深い水の重みでかかる圧力によって、虫が呼吸に使う体の中の管がつぶれてしまうから」というものでしたところが2026年7月23日、Science誌に発表された論文が、この説明に直接の反例を持ち込みましたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学(UBC)のエヴァン・マッケンジー氏らのチームが調べたのは、アフリカのマラウイ湖にすむ「ユスリカ」(蚊に似た小さな虫)の幼虫です。この幼虫は、太陽が出ている昼間だけ、酸素がほとんどない水深200mを超える層まで沈んで身を隠し、夜になると浮かび上がってエサを食べる生活を、毎日くり返していました育ちきった幼虫を圧力チャンバー(水圧を人工的にかけられる実験装置)に入れて限界を調べると、水深463m分の圧力をかけて、ようやく体の中の空気袋がつぶれました「虫は深い水の圧力に耐えられないから海にいない」という長年の説明は、少なくともこの虫については成り立たなくなったことになりますただし、この論文が示したのは「圧力には耐えられる」というところまでで、「だから虫は海で暮らせる」という話ではまったくありません。研究チーム自身がそう釘を刺しています。そこも含めて書きます。

463m
最終段階まで育った幼虫の空気袋が、圧力実験で初めてつぶれた、水深に換算した深さ。
214m
ソナーの記録で、幼虫がいちばん多く集まっていた、毎日の平均の潜水深度。
16m
魚のいない浅い湖にすむ近い仲間は、この深さの圧力で空気袋が壊れてしまった、耐性の低さ。
2
幼虫の体の中で、呼吸ではなく浮き沈みの調整だけに使われている、空気袋の数。

「虫は深い水に耐えられない」という説明に、直接の反例が見つかった

アフリカ南東部、マラウイ・タンザニア・モザンビークにまたがるマラウイ湖では、季節になると、湖の上に煙のような帯がいくつも立ちのぼって見えることがあります。正体は煙ではなく、無数の小さな虫の大群です。蚊によく似た(ただし人を刺さない)ユスリカという虫が、数えきれないほど群れて飛び立っている光景でした。湖のまわりに住む人たちは、この虫の大群をフライパンですくい集めて焼き固め、「クンガケーキ」と呼ばれる保存食にして食べてきました。19世紀にこの地を旅した探検家リヴィングストンは、その味を「キャビアに似ていた」と書き残しています。

今回の論文の主役は、このユスリカの成虫ではなく、水の中で暮らす幼虫の方です。学名はChaoborus edulis(カオボルス・エドゥーリス)。「edulis」はラテン語で「食べられる」という意味で、種の名前そのものが、人に食べられてきた歴史を物語っています

虫の世界を見渡すと、地球上のほぼどこにでも進出しているのに、外洋(陸から離れた深い海)にだけは、一生をそこで終える種がほとんどいません長く語られてきた理由の1つが、「虫が呼吸に使う体の中の空気の管(気管)は、深い水の重みでかかる圧力に耐えられず、つぶれてしまうから」というものでした浅い水たまりや川で暮らす虫はたくさんいますが、深い水に潜って一生を送る虫は、これまでほとんど知られていなかったのです。

◆ ひとことで言うと

世界の海に、そこで一生を終える昆虫はほとんどいません。教科書で説明されてきた理由の1つが「深い水の圧力で、虫が呼吸に使う体の中の空気の管がつぶれてしまうから」でした今回の論文は、マラウイ湖にすむ虫の幼虫を使って、この説明に直接の反例を持ち込みました

「虫は水圧に耐えられないから海にいない」――そう言われてきた説明に、身近な湖の虫が、正面から反例を突きつけた。

マラウイ湖の岸辺で撮影された、実際のユスリカの大群の映像

マラウイ湖のユスリカの大群を撮影した映像

Lake Flies on Lake Malawi/RIPPLE Africa(マラウイで20年以上活動する、英国登録の環境・教育系チャリティ団体の公式チャンネル)。今回の論文の舞台であるマラウイ湖で、実際に立ちのぼるユスリカの大群を撮影した映像です。映っているのは空を飛ぶ成虫の大群で、論文が調べた「水深200mを超える場所にいる幼虫」そのものの姿ではありません(水中深くの暗闇なので、そもそも撮影が難しい場所です)。ただし、この大群こそが今回の論文の主役である幼虫が成長した先の姿であり、現地の空気感を知るにはいちばんの映像です。

どう調べたか——ソナーで居場所を記録し、圧力チャンバーで限界を測った

研究チームがやったことは、大きく3つに分かれます。

  • ①水中に向けたソナー(音の反射で物体の位置を調べる装置)を、マラウイ湖のンカタベイ沖1マイルほどの場所に設置し、魚と幼虫それぞれの、深さごとの分布を記録した
  • ②生きた幼虫や蛹を、水で満たした圧力チャンバー(水圧を人工的にかけられる装置)に入れ、圧力を少しずつ強めながら、体の中の空気袋がつぶれる瞬間の圧力を測った
  • ③空気袋の壁だけを切り出して、pH(酸性・アルカリ性の度合い)を人工的に変え、壁の伸び縮みを顕微鏡で観察した

ソナーは合計394,644匹分もの魚の位置を記録しました。結果、魚の99%は水深190mより浅いところにとどまっていた一方、幼虫がいちばん集まっていたのは平均で水深214m、深いものでは259mにも達していました幼虫は、ほぼすべての魚が届かない深さまで、わざわざ沈んでいたことになります。

圧力チャンバーの実験では、幼虫の成長段階ごとに、耐えられる圧力がはっきり変わることが分かりました。ユスリカの幼虫は脱皮をくり返しながら大きくなり、研究チームはこの段階を「齢(れい)」と呼んで区別しています。2齢の若い幼虫は水深242m分の圧力で、3齢は324m分の圧力で、そして育ちきった4齢(最終段階)の幼虫は463m分の圧力で、それぞれ空気袋がつぶれました大きく育つほど、空気袋も頑丈になっていたということです。

ここが意外① 呼吸の管を「浮き袋」に作り替えていた

虫は本来、気管という管を体じゅうに張りめぐらせて呼吸をしています。ところがこの幼虫は、その気管の一部を、呼吸ではなく浮き沈みの調整だけに使う、2対(4つ)の小さな空気袋に作り替えていました。研究チームは、この袋を「潜水艦のバラストタンク(浮くか沈むかを調整するための水と空気のタンク)」にたとえています。

◆ ひとことで言うと

潜水艦は、タンクに水を入れたり抜いたりして浮き沈みを調整します。この幼虫の空気袋は、水の代わりに「タンパク質の硬さ」を変えることで、同じことをしていました

空気袋の壁には、レジリンという天然のゴムのようなタンパク質が、輪っかの形で埋め込まれています。レジリンは、まわりの液体がアルカリ性に傾くとふくらみ、酸性に傾くと縮む性質を持っています。幼虫は、この空気袋の壁のpHを自分で変えることで、袋の体積、つまり浮力を調整していました。アコーディオンのじゃばらのように、袋の壁が伸びたり縮んだりするイメージです。

ただし、この「自分で調整する」仕組みが働くのは、水深にしておよそ50mまでです。研究チームが空気袋の壁を切り出し、pHを2段階分アルカリ性に変える実験をしたところ、水深52m分の圧力までは元の長さに戻ることができましたそれより深いところでは、レジリンはもうふくらむことができなくなり、あとは硬いリング構造がただ圧力に耐えるだけの状態に切り替わります浅いところでは「自分で操作する浮き袋」として、深いところでは「ただ頑丈なだけの殻」として働く、二段構えの仕組みだったわけです。

ここが意外② 近い仲間はわずか16mで壊れるのに、この虫だけ463mに耐えた

この頑丈さが、ユスリカという仲間全体の標準装備なのかというと、そうではありません。研究チームは比較のため、平均水深80mのビクトリア湖にすむ近い仲間の幼虫2種と、深さわずか8m・魚が一匹もいないシャーリー湖(カナダ)にすむ近い仲間の幼虫2種でも、同じ圧力チャンバーの実験をしました

結果、ビクトリア湖の2種は水深97mと114m分の圧力で、シャーリー湖の2種にいたっては、わずか水深16mと22m分の圧力で、空気袋がつぶれてしまいましたマラウイ湖のこの幼虫が毎日潜っている深さ(平均214m)にすら、他の仲間はたどり着けないということです。研究を率いたマッケンジー氏は「これほど大きな『安全マージン』があるとは予想していませんでした。他のユスリカの仲間には、ここまでの余裕はなさそうです」と話しています

FIGURE 01 / 仲間どうしの頑丈さの差

同じ仲間でも、耐えられる圧力はここまで違う

空気袋が壊れた、水深に換算した圧力 シャーリー湖(浅い・魚なし) 近い仲間 A 16m シャーリー湖(浅い・魚なし) 近い仲間 B 22m ビクトリア湖 近い仲間 A 97m ビクトリア湖 近い仲間 B 114m マラウイ湖のこの幼虫 (2齢・若い) 242m マラウイ湖のこの幼虫 (4齢・育ちきった) 463m 実際に毎日潜る深さ(平均214m) 読み方: 点線より手前で壊れる仲間は、マラウイ湖の幼虫が毎日潜る深さにすら耐えられない。
横に並べると、マラウイ湖の幼虫だけが飛び抜けて頑丈なことが分かります。点線は、この幼虫が実際に毎日潜っている深さ(平均214m)。他の仲間の幼虫は、そこに届くはるか手前で壊れてしまいます。

この数字の正しい読み方

ここが心臓部です。「圧力には耐えられる」——ここまでは、実験で直接確かめられた事実です。ただし、この論文が言い切っていることと、そこから先の話を、研究チーム自身の言葉を借りながら分けます

1つめ。今回、463mという圧力に耐えたのは、マラウイ湖という特別に深い湖(平均水深292m、最深706m、アフリカで2番目に深い湖)にすむ、Chaoborus edulisというたった1種です浅い湖にすむ近い仲間は、はるかに弱い圧力で壊れていました「昆虫は圧力に強い」と一般化できる話ではなく、あくまで「この特定の湖の、この特定の虫が、特別に頑丈だった」という話です。

2つめ。「深い水の圧力に耐えられる」ことと、「実際に海で暮らせる」ことは、まったく別の問題ですマラウイ湖は淡水(塩気のない水)の湖で、今回の実験もすべて淡水の中でおこなわれました海水にはたくさんの塩分が溶けています。淡水にすむ生き物の体は、体液の塩分濃度を一定に保つように作られていて、塩分の高い海水の中に置かれると、体の水分が外に引っ張られ続けてしまいますこれを一定に保つには、体は絶えずエネルギーを使ってポンプのように水を汲み出し続けなければなりません今回の幼虫が、その負担に耐えられるのかどうかは、まったく調べられていません

3つめ。海にはすでに、エビ・カニ・ミジンコの仲間である甲殻類が、大昔からずっと住み着いていますマッケンジー氏は「塩分のある環境に対応できる水生昆虫もいますが、この課題のせいで、大昔からずっと海を住みかにしてきた甲殻類との競争では不利になっているのかもしれません」と話しています加えて、ユスリカは幼虫の間だけ水中で暮らし、やがて空を飛ぶ成虫になって水面近くで交尾し、卵を産みます外洋のように陸からはるかに離れた場所では、そもそも成虫になって飛び立てる場所自体が存在しません

4つめ。研究チーム自身が、これらの問いに今回の実験では答えを出せていないことを認めていますマッケンジー氏は「圧力チャンバーの実験だけでは、そのどちらの問いにも答えは出せません」「可能性は絞り込めましたが、なぜ実際に締め出されているのかは、まだこれから解明することです」と話しています今回の論文が崩したのは、「圧力で虫が海にいない」という、いくつかある説明のうちの1つだけです。「虫がいつか海に進出するかもしれない」という話ではなく、「圧力だけが唯一の壁ではなかった」という、謎の絞り込みの1歩だと考えるのが正確です。

◆ 誤解されやすい点:「圧力に耐える」と「海で暮らせる」は別

この論文が実験で直接示したのは、「マラウイ湖にすむ特定のユスリカの幼虫が、深い水の圧力に耐える空気袋を持っていた」という一点です。これは「虫が将来、海に進出できる」ことを意味するものではありません。塩分への対応、エサの確保、甲殻類との競争、そして陸に近い場所でしか繁殖できないという生活環の制約など、乗り越えなければならない壁は他にいくつも残っています。研究チーム自身も、この実験だけでは「なぜ実際に虫が海にいないか」への答えは出せないと述べています。

世の中の動き

この論文は2026年7月23日にScience誌に掲載されると同時に、同じ号に専門家による解説論文(コメント論文)も一緒に載るという、注目度の高い扱いを受けました。アリゾナ州立大学とモンタナ大学の研究者2名が執筆したこの解説は、「水中で浮力を操る虫」という題で、今回の発見の意義を専門家の立場からまとめています

科学メディアの反応も早く、掲載当日から英ScienceDaily、Popular Science、Smithsonian Magazineなど複数の媒体が、「虫が海にいない理由の"定説"に風穴」といった見出しで取り上げました研究チームに参加していない、カナダ・ウェスタンオンタリオ大学の生物学者ナターシャ・ムハトレ氏も、取材に対してこの研究を高く評価するコメントを寄せていますただし、どの記事も見出しほど過激な結論(「虫が海に住めるようになる」など)までは書いておらず、「圧力という壁の1つが崩れた」という慎重な書き方でまとめている点は共通しています

FIGURE 02 / この論文の射程

「言えたこと」と「言ってはいけないこと」

この論文が示したこと ・幼虫は毎日、水深200mを超える層に潜っていた ・育ちきった幼虫の空気袋は463m分の圧力に耐えた ・レジリンがpHの変化で伸縮し浮力を調整していた ・浅い湖にすむ近い仲間は、はるかに弱い圧力で壊れた ・「圧力で虫が海にいない」への直接の反例が見つかった ・これはすべて、淡水の中での直接の実験結果 = 圧力チャンバーでの実測 この論文から言ってはいけないこと ・「虫はもう海に住める」 ・「すべての昆虫が深い水の圧力に耐えられる」 ・「海水でも同じように空気袋が働く」 ・「海に虫がいない理由がすべて解けた」 ・「この虫は海にいる」 ・「昆虫が海に進出しはじめる」 = 研究チームも「まだ分からない」と認める範囲
左が2026年の論文が実験で直接示した到達点、右がこの論文からは飛ばせない話です。「もう海に住める」「理由がすべて解けた」——このあたりの飛躍がいちばん起きやすいので注意してください。

まとめ

  • 2026年7月23日、UBCのエヴァン・マッケンジー氏らがScience誌に発表
  • マラウイ湖のユスリカの幼虫は、毎日日中だけ平均水深214m(最大259m)まで沈んで隠れる
  • 圧力チャンバーの実験で、育ちきった幼虫の空気袋は水深463m分の圧力でようやくつぶれた
  • 呼吸に使う気管の一部を、レジリンというタンパク質でできた「浮き袋」に作り替えていた
  • 浅い湖にすむ近い仲間の幼虫は、わずか水深16〜22m分の圧力で壊れてしまう
  • 「圧力で虫が海にいない」という説明の少なくとも一部は崩れたが、塩分や甲殻類との競争という壁はまだ残っている

▲ ここはまだ分かっていない

今回調べられたのは、マラウイ湖という淡水の環境だけで、実際の海水の中で幼虫がどうなるかは試されていません。塩分に対応できるかどうか、甲殻類との競争にどこまで耐えられるかは、研究チーム自身が「これからの課題」だとはっきり述べています。圧力チャンバーの実験は、比較的短い時間で圧力を強めていく形の実験で、実際の海の環境に長期間さらされ続けた場合にどうなるかも分かっていません。今回の発見は「虫が海にいない理由」という大きな謎を解いたのではなく、いくつかある候補のうち「圧力」という1つの説明を退けた、謎の絞り込みの1歩だと理解するのが正確です。

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SOURCES / 出典

  1. 原論文: McKenzie, E.K.G., Ngochera, M.J.R., Chombo, J., McLennan, H., Proud, R., Ames, T., & Matthews, P.G.D. "Crush-resistant air sacs allow insect larvae to exploit aquatic habitats at extreme depth". Science 393(6809): 398–402(2026年7月23日). doi:10.1126/science.aed0667
  2. 同じ号に掲載された解説論文: Harrison, J.F., & Woods, H.A. "Ballooning under water". Science 393(6809): 356–357(2026年7月23日). doi:10.1126/science.aei9743
  3. 大学プレスリリース: UBC Science: Insect 'submariners' don't implode at depth, leaving oceanic mystery unsolved
  4. 解説記事: Earth.com: Something keeps insects out of the open ocean, and it isn't the pressure of the deep

※ 数値(水深214m・259m、463m・324m・242m、16m・22m・97m・114m、魚394,644匹分の記録など)は、原論文Science誌393巻6809号および、UBC・earth.comなどの取材記事に基づく丸めの値です。 マッケンジー氏のコメントは、earth.com掲載のインタビューに基づき、文意を保って日本語に訳しています。誤りを見つけられた場合はご連絡ください。