テクノロジー 植物工学 代替肉

豚の遺伝子を撃ち込まれたレタスが、肉の味の元をつくった

金の粒にDNAをまぶし、火薬で撃ち出してレタスの細胞に撃ち込む。標的は葉緑体です。そこに入れられたのは、豚の筋肉が持つタンパク質「ミオグロビン」の設計図でした。2026年8月、この方法で植物に動物のタンパク質を安定してつくらせることに世界で初めて成功したと報告されました。ただし、数字を開くと話はもう少し地味になります。

810mg/kg
乾燥レタス1kgあたりのミオグロビン量。
3
核に入れた場合と比べた収量の差(少なくとも)。
35%
ヘムがきちんと入っていたミオグロビンの割合。
1/10以下
本物の肉と比べた濃度。ここが今回の勝負どころ。

なぜ「肉の味」の正体はタンパク質1個なのか

スーパーの精肉コーナーを思い浮かべてください。牛肉は赤く、鶏むね肉は白い。マグロは赤身で、タイは白身。この色の差は、じつはたった1種類のタンパク質の量で決まっています

その名前がミオグロビンです。

役割は「筋肉の酸素タンク」。動かし続ける筋肉ほど酸素がたくさん要るので、ミオグロビンを多く抱えています。だからずっと泳ぎ続けるマグロは赤く、あまり飛ばない鶏のむね肉は白い。牛が豚より赤いのも同じ理由です。

◆ ひとことで言うと

ミオグロビン=肉の赤色と「肉らしい味」の正体。
ヘム=そのミオグロビンの中心にはまっている、鉄を抱えた小さな部品。
この鉄が、あの血のような、金属っぽい、噛みしめるとうまいあの感じを出しています。 肉を焼いたときの香ばしい匂いも、もとをたどればここです。

食肉の研究では基本中の基本にあたる話です。専門家の説明が分かりやすいので引いておきます。

ミオグロビンと肉の色(食肉科学の研究者による解説)

ここが、大豆でつくった「肉」の弱点です。見た目も味も、どうしても本物に届かない。形は真似できても、赤くならないし、あの鉄っぽい旨みが出ない。ミオグロビンが入っていないのだから当然です。

この問題に最初に本気で挑んだのがインポッシブル・フーズでした。彼らの答えは「大豆の根っこにある似たようなタンパク質を見つけてきて、それを酵母に大量生産させる」というもの。ビールをつくるのと同じ要領で、タンクの中で「肉の味」だけを育てたわけです。

先行例:ヘムを酵母でつくるという解き方

ヘムが代替肉の風味をつくる仕組みを説明する動画

Heme - The Magic Ingredient in the Impossible Burger/Impossible Foods 公式。なぜヘムが「肉らしさ」の鍵なのかを、開発側の言葉で説明しています。今回の研究は、これとは別ルートの挑戦です。

遺伝子銃で、葉緑体を狙い撃つ

インペリアル・カレッジ・ロンドンのアレクシア・グロフ氏らのチームがとったのは、植物そのものに動物のミオグロビンをつくらせるという方法でした。

使った道具の名前がすごい。遺伝子銃(gene gun)といいます。

やることは、名前のまんまです。目に見えないほど小さな金の粒にDNAを塗りつけ、火薬の力で植物の細胞めがけて撃ち込む。細胞の壁を物理的に突き破って中に入れてしまう、という力技です。1980年代からある古い手法で、いまも現役です。

ただし、狙った的が変わっていました。普通は細胞の司令室である「核」を狙います。今回のチームが狙ったのは、葉緑体——理科で習う、光合成をするあの緑の粒のほうでした。

葉緑体は、もともと別の生き物だった。だからタンパク質づくりが得意なのだ。

ここが面白いところです。葉緑体はもともと、大昔に植物の細胞に住みついた細菌だったと考えられています。いわば居候(いそうろう)が、そのまま部屋の一部になったようなもの。その名残で、葉緑体はいまでも細菌のようにタンパク質をどんどんつくる能力を持っています

核より工場の性能がいい場所がある。なら、そこに撃ち込めばいい——というのが今回の作戦でした。撃ち込んだのは、植物が読み取りやすいように書き直した豚と牛のミオグロビン遺伝子です。

代替肉の科学(報道番組による取材)

代替肉の科学を取材した報道映像

The Strange Science of the Impossible Burger/WIRED。植物からどうやって「肉らしさ」を出すのかという問題設定が、映像で分かります(英語)。

ここが意外① 核ではなく葉緑体に入れると3倍とれた

結果です。乾燥重量1kgあたり、タバコで約800mg、レタスで約810mgのミオグロビンが得られました。

これは、同じ遺伝子を細胞核に入れた場合の少なくとも3倍にあたります。葉緑体を選んだ判断は、数字の上で正しかったことになります。

なぜタバコとレタスなのか。タバコは植物工学の世界で長年使われてきた「実験用の標準機」であり、レタスは食べられる作物だからです。食用作物の葉緑体で動物のタンパク質を安定してつくらせた報告は、これが初めてとされています。

ここが意外② 種を通じて次の世代に受け継がれた

もうひとつ重要なのが、この性質が一代限りではなかったことです。

撃ち込まれた苗は普通に育ち、花を咲かせ、種をつけました。そしてその種から育った次の世代も、ミオグロビン遺伝子を持っていました。

実用の観点では、ここが大きい。毎回撃ち込み直す必要がなく、種を播けば増やせるということだからです。研究チームは、面積あたりのタンパク質収量が畜産に匹敵しうること、水使用量と温室効果ガスの排出は大幅に少なくなることを、期待される利点として挙げています。

FIGURE 01 / 手順

遺伝子銃から食卓までの距離

豚・牛の遺伝子 を最適化 遺伝子銃で 葉緑体に撃ち込む 育てて採種 次世代も保持 抽出・精製 方法は未確立 規制承認 未着手 今回できたところ これから ※ 研究チーム自身が「抽出と工業的精製の方法」「食用化のための法規制の承認」を今後の課題として挙げています
論文が報告しているのは実線部分までです。ハンバーガーになるまでの工程は、まだ点線のまま残っています。

この数字の正しい読み方

ここがこの記事の心臓部です。810mg/kg を、そのまま「レタスが肉になった」と読んではいけません。

まず、「1kg」の中身が違います。 これはカラカラに乾かして粉にした状態での1kgの話です。レタスは重さの9割以上が水。だからスーパーのレタス1玉に810mg入っているわけではありません。生のままなら1kgでおよそ40mg、レタス1玉ならその半分くらいです(水分95%として当編集部が計算した参考値)。

次に、本物の肉とは桁が違います。 同じ「乾燥1kgあたり」で比べると、動物の筋肉は8,100〜11,200mg。レタスの810mgは、その10分の1から14分の1です。

言い換えると、ステーキ1枚ぶんの「肉の味の元」を集めるのに、レタスは10倍以上の量が要るということになります。

そして、いちばん痛いのがこれ。ヘムがほとんど入っていません。

思い出してください。ミオグロビンが色と味を出せるのは、中心にヘム(鉄の部品)がはまっているからでした。ところが、レタスがつくったミオグロビンのうち、そこがちゃんと埋まっていたのはおよそ35%3個のうち2個は、部品の入っていない空っぽの容れ物だったのです。

ジェームズ・ハットン研究所のデレク・スチュワート教授が指摘しているのが、この点です。空っぽのミオグロビンは、赤くもならないし味も出しません。810mgという数字は、そのまま「肉の味の元が810mgできた」とは読めないわけです。

最後に、実験の足場が細い。 スチュワート教授は、結果の多くがたった1系統のタバコから出ていると述べています。何度やっても同じ結果になるのかは、これから確かめる段階です。しかもタバコには体に作用する成分(アルカロイド)が含まれるので、食品にするなら取り除く工程が別に要ります。

ベゾス持続可能タンパク質センターのロドリゴ・レデスマ=アマロ教授も、期待を示しつつ「ヘムの入り方を改善しないと、期待どおりの肉らしさは出せない」と述べています。スチュワート教授の言葉を借りれば、これは「実用化までの長い道のりの、最初の一歩」です。

FIGURE 02 / 比較

肉とレタス、ミオグロビン濃度の差

動物の筋肉(上限) 11,200 動物の筋肉(下限) 8,100 今回のレタス 810 (うちヘム保持は約35%) mg / kg 乾燥重量
いずれも乾燥重量あたりの値。動物側の数値(乾燥重量1gあたり8.1〜11.2mg)は論文が参照値として挙げているものを1kgあたりに直したものです。棒の長さの差が、そのまま残っている距離です。

世の中の動き

「植物に動物の遺伝子を入れて代替肉をつくる」という発想自体は、今回が初めてではありません。2024年には、豚の遺伝子を組み込んだ大豆が米農務省の規制対象外と判断され、日本語圏でもニュースになりました。

2年前の先行例

違いは入れる場所です。大豆の例は細胞核に入れる方式で、今回の研究は葉緑体を狙いました。収量が3倍以上になったのは、その差によるものだと報告されています。

◆ 誤解されやすい点:これは「食べるレタス」ではない

今回の設計は、レタスからミオグロビンを抽出して代替肉の材料にすることを想定したものです。 遺伝子組み換えレタスをそのままサラダで食べる、という話ではありません。 食用として流通させるには、各国の規制当局による承認が別途必要になります。

まとめ

  • 遺伝子銃で豚・牛のミオグロビン遺伝子をタバコとレタスの葉緑体に導入した
  • 乾燥重量1kgあたり、タバコ約800mg・レタス約810mgを回収。核に入れる方式の3倍以上
  • 導入した性質は種を通じて次世代に受け継がれた
  • ただし濃度は動物の筋肉の10〜14分の1、しかもヘムが入っていたのは約35%だけ
  • 抽出・精製の方法と食品としての承認は、どちらもこれからの課題

▲ ここはまだ分かっていない

ヘムの取り込み率が約35%にとどまるため、実際に肉らしい色と風味が出るかは確認されていません。結果の多くが単一のタバコ系統に依存しており、再現性の検証も済んでいません。食品としての機能性、安全性、圃場での性能、大規模化したときの経済性と環境負荷は、いずれも未評価です。この記事は特定の食品の安全性や健康効果について述べるものではありません。

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SOURCES / 出典

  1. 原論文: Sustainable production of myoglobin meat protein in plant chloroplasts. Frontiers in Plant Science, 2026年8月6日. doi:10.3389/fpls.2026.1876707
  2. 大学リリース: Lettuce and tobacco plants engineered to produce muscle protein for meat alternatives(Imperial College London)
  3. 専門家コメント: expert reaction to study looking at growing myoglobin in chloroplasts of lettuce and tobacco plants(Science Media Centre。ヘム保持率35%、単一系統依存の指摘はここから)
  4. 出版社リリース: Powerhouses for fake meat(Frontiers。収量の数値)
  5. 報道: A Key Meat Protein Has Been Grown in Lettuce For The First Time(ScienceAlert)

※ 生のレタス1kgあたり約40mgという換算は、レタスの水分を95%として当編集部が計算した参考値です。論文の報告値ではありません。 誤りを見つけられた場合はご連絡ください。訂正履歴を残して修正します。