脳と心 マウス オキシトシン 向社会行動

【驚愕】マウスは仲間の「舌を引き出して」蘇生させていた…実験室で確認された"救命行動"

ケージの中で、麻酔で意識を失って倒れているマウスがいる。もう1匹のマウスが寄ってきて、鼻でつつく。反応がないと分かると、こんどは倒れた側の口を強く噛み、舌を引き出した——。2025年2月、南カリフォルニア大学(USC)の神経科学チームが専門誌『Science』に出した論文は、この行動を、実験室のマウス実験で繰り返し確認したものです。舌が抜けることで気道が開き、意識を失っていたマウスの目覚めが速くなった。しかも、助けに来る相手が"知らないマウス"より"同じケージで暮らしていた仲間"のときに、行動が強く出た。人間の応急手当てを連想させる話ですが、「意図して助けているか」までは、この論文は言っていません。ここが、この記事の心臓部です。

50%超
"舌を引き出す"動作で、実際に気道が開いた実験の割合。
4段階
近づく→毛づくろい→噛む→舌を引き出す、の行動の順番。
顔なじみ
"救命行動"が強く出た相手。知らないマウスにはあまり出ない。
オキシトシン
この行動を支える、脳内で働くホルモンの名前。

実験室のケージで、まさかの光景

実験用のマウスは、ケージに数匹ずついっしょに入れて飼います。研究の途中で麻酔をかけると、一時的にぐったりと動かなくなる。「そのそばで、他のマウスは何をしているのか」を、じっくり動画で追った人はこれまで多くいませんでした。2025年2月にScience誌に載ったこの論文は、まさにその「そば」を撮った話です。

動画に映っていたのは、次の順番の行動でした。まず意識のないマウスに近寄って、鼻でつつき、においを嗅ぐ。反応がない。次に、毛づくろいのように、口や目の周りを舐める。それでも動かない。やがて、倒れている側の口を強く噛み、舌を引き出す——。舌がのどの奥に落ちて呼吸を妨げていた場合、この動作で気道が開き、意識が戻る時間が短くなりました。

◆ ひとことで言うと

気道確保=倒れた人の舌がのどに落ちて呼吸を妨げているとき、頭を後ろに反らしたりして空気の通り道を開けること。人間の応急手当ての基本の1つ。
向社会行動(こうしゃかいこうどう)=他の個体のためになる行動のこと。人だけでなく、ネズミやサルなどでも報告されている。
オキシトシン=脳の奥で作られるホルモン。子育て、仲間との絆、他者への配慮などと関係が深いとされ、「愛情ホルモン」と呼ばれることも。
扁桃体(へんとうたい)=脳の中で感情や"相手を見分ける"働きを担う小さな領域。この論文では、内側扁桃体という部分が関わっていた。

研究したのは、南カリフォルニア大学(USC)の神経科学者・ペイマン・ゴルシャニ教授のチーム。筆頭は孫文健(Wenjian Sun)博士研究員です。この研究室はもともと、マウスが他のマウスの状態をどう読み取るかを追いかけてきました。今回は、その中でも特に強烈な例が撮れた形です。

どう調べたか — 麻酔で倒したマウスに、仲間を近づける

実験のやり方は、まっすぐです。1匹のマウスに獣医療で使う麻酔をかけて意識を落とし、静かにケージの床に横たえる。そこにもう1匹のマウス(「観察役」)を入れ、行動を高解像度のビデオで記録する。この観察役は、条件によって同じケージで長く暮らしてきた仲間だったり、初対面の他マウスだったり、あるいは死亡個体を代わりに置いたりと変えられました。

数え上げたのは、次の4つの動作の頻度と長さです。

  • ①匂いを嗅ぐ・鼻で押す(存在確認)
  • ②毛づくろい・舐める(体を触る、目や口を清める)
  • ③口を強く噛む(引っ張り出そうとする力を加える)
  • ④舌を引き出す(のどの奥から前方へ)

驚くべきは、④の「舌を引き出す」が動画の相当数の試行で実際に起きていたことです。研究チームによれば、この動作が入った試行の半数以上で、気道が実際に開き、麻酔から意識が戻る時間が明らかに短くなりました。

実際に撮られた"救命行動"の映像

意識のない仲間を助けようとするマウスの実験映像(New Scientist)

Mice seen giving 'first aid' to unconscious companions/New Scientist。今回の論文の実験動画を、英国の科学週刊誌New Scientistが公式チャンネルで公開したもの。倒れたマウスの舌を、もう1匹が実際に引き出す瞬間が写っています(英語)。

ここが意外① "知らないマウス"にはあまりしない

この論文がただの珍しい行動報告で終わらなかったのは、「誰に対してするのか」を丁寧に分けたからです。麻酔で倒れているマウスが、同じケージで長く暮らしてきた"顔なじみ"だったときと、初対面の"知らないマウス"だったときを比べました。

結果は、はっきり違いました。顔なじみ相手のときに、噛みつき・舌の引き出しといった強い動作が多く出た。知らない相手のときは、においを嗅ぐ止まりで、そこから先に進む頻度が下がりました。

「反射的に何にでもする」のではなかった。相手を見分けたうえでの行動だった。

ここが重要です。目の前の"動かない何か"に対して反射的に噛みつくのなら、相手が誰でも同じ強さで起きるはず。ところが差があった。マウスは、倒れている相手が「よく知っているあいつ」かどうかを見分けたうえで、動作の強さを変えていたことになります。ここまで来ると、単なる好奇心では説明しづらくなってきます。

ここが意外② 脳の「オキシトシン」ニューロンをオフにすると止まる

研究チームは、脳の中の答えも探しました。マウスの脳のうち、視床下部と内側扁桃体にある"オキシトシン"を出すニューロン——ここに注目したのです。オキシトシンは、母親が子を守るときや、ペアの絆を強めるときに働くことが知られる、「相手のためにふるまう」寄りの回路です。

実験では、遺伝子操作でこのニューロンだけを一時的にオフにできるマウスを使いました。オキシトシンの出口を止めた観察役は、倒れた仲間に対して噛みつき・舌の引き出しをほとんどしなくなった。においを嗅ぐところまではするのに、そこから先に進まない。「気づいてはいるが、手を出さなくなった」という状態です。

これは、この行動が「たまたま起きたクセ」ではなく、脳の中に決まった回路を持っているという手がかりになります。人間の「見て見ぬふりができない」感覚と、同じ材料で動いている可能性が出てきました。

同じ実験を、短くまとめた縦動画版

仲間を助けようとするマウスの縦動画(New Scientist Shorts)

Mice seen giving 'first aid' to unconscious companions 🐁 🏥/New Scientist Shorts。先ほどの映像を1分弱で見せる縦動画版。舌を引き出す動作の一連が、切り抜き無しで確認できます(英語)。

FIGURE 01 / 動作のはしご

4段階の"助けようとする"行動

観察役マウスがすること(下ほど強い動作) ① 鼻で押す・匂いを嗅ぐ 「そこにいる何か」の確認 ② 毛づくろい・目や口を舐める 体に触る、清めるような動作 ③ 口を強く噛む 力を加えて引っ張り出そうとする ④ 舌を引き出す ← 気道が開き、目覚めが早まる 実際に生存に効く動作 ※ ③④は、相手が「同じケージの顔なじみ」のときに強く出た。脳のオキシトシン回路を止めると、③以降が消える。
観察役のマウスは、匂い→毛づくろい→噛む→舌の引き出し、と段階を上げていきます。相手が顔なじみのときほど、上の段まで進みやすい。オキシトシン回路を止めると、この"はしご"を上らずに②で止まる、というのが実験の骨子です。

FIGURE 02 / この結果の"届く範囲"

言えること・言えないこと

この論文が示したこと ・ 舌を引き出す動作が実際に観察された ・ その動作で気道が開いた試行が半数超 ・ 顔なじみの相手のほうが強く出る ・ オキシトシン回路を止めると起きなくなる ・ 意識が戻るまでの時間が短くなった この論文が言っていないこと ・ マウスが"助けよう"と意図している ・ 人間の心肺蘇生と同じ仕組みだ ・ 野生下でも同じ行動が起きる ・ 好奇心で説明できる可能性を排除できた ・ 他の動物種でも同じ行動が起きる ※ 論文の"言えることの箱"と"言えないことの箱"を分けたのは、記事のためにこの記事の編集部で整理した図です。
この論文は左の箱を強く言っています。右の箱は、著者自身が繰り返し留保として書いていること。人間の応急手当てと同じ「意図した救命」まで飛ばしてはいけない、というのが読み方の骨です。

この数字の正しい読み方

ここがこの記事の心臓部です。「マウスも心肺蘇生をする」「小さな救急救命士だ」と読むと、大きく踏み外します。この論文が言っていること、言っていないことを、丁寧に分けます。

まず、著者自身が「意図」を強く言っていません。 論文にも取材記事にも書いてある通り、「これが"助けよう"という気持ちから出たものかは、この研究では答えられない」と研究チーム自身が述べています。「意識のない相手を見た → 決まった脳の回路が動いた → 決まった動作が出た」ところまでが、この論文の言い分の範囲です。

次に、他の研究者は違う読み方をしています。 シカゴ大学のペギー・メイソン教授(この研究には関わっていない専門家)は「あれは"救おうとしている"というより、"倒れている仲間"というふだんと違うものへの強い好奇心と探索行動ではないか」と、取材で意見を述べています。「助けている」と「気になって触っている」は、行動を外から見ただけでは分けきれない——これも公平に併記すべき見方です。

それから、実験室のケージという特殊な環境の話です。 野生の(あるいはドブネズミなどの)ネズミが、麻酔を打たれることはありません。ケージという狭い空間で、逃げ場もない、常に一緒にいる、という条件の下で観察された行動が、そのまま野外でも起きるかどうかは、この研究の設計では答えられません。

最後に、「気道が開いた=生存につながる」まで飛ばしていいかという話。倒れているマウスが自然の状況ならそのまま捕食されるでしょうし、この実験で観察された"回復の速さ"は麻酔から覚めるまでの時間の短縮で、動物救急のような大きな話ではありません。ここも混同されがちな点です。

それでも、「マウスの脳の中に、意識のない仲間に対して決まった動作を出す回路が存在する」ことを行動と脳の両方から示した意義は大きい。ここが今回の勘所です。

世の中の動き

この論文は、2025年2月の掲載直後から、専門家アカウントと一般ユーザの双方に一気に拡散しました。「マウスが救命処置をする」というキャッチーな見出しで、ScienceAlert、Smithsonian Magazine、Scientific American、NPRなどが記事化。日本語圏でもGigazineやナゾロジーが取り上げています。

論文公開直後の日本語圏の反応

論文タイトルが"Reviving-like"(蘇生"のような")と、慎重な言い回しになっているのが分かります。この like の一語が、今回の論文の姿勢そのもの。「蘇生に見えるが、蘇生と呼び切ってしまうのはまだ早い」という科学の作法が、タイトル1行に凝縮されています。日本語で紹介するときにも、この一語を落とさないほうがいい理由が、ここにあります。

◆ 誤解されやすい点:「動物の応急手当て」ではない

この論文が示したのは、ケージ内のマウスが、意識のない仲間の口を噛み、舌を引き出す動作をすることがあるという観察と、その動作を出させる脳の回路の一部です。 「野生でも起きる」「他の動物でも起きる」「意図した助けだ」までは、この論文は言っていません。 人間の心肺蘇生と結びつけて紹介されがちですが、それは記事や見出しの側の言い回しで、論文の主張よりだいぶ前に出ています。

まとめ

  • 2025年2月、Science誌にUSC・ゴルシャニ研究室の論文が掲載
  • 意識のないマウスに、別のマウスが噛みつき、舌を引き出す動作が観察された
  • この動作で気道が開き、麻酔からの覚醒が早まった試行が半数を超えた
  • 相手が"顔なじみ"のときに強く出る。相手を見分けたうえでの行動だった
  • 脳内のオキシトシン回路を止めると、この動作は起きなくなった
  • ただし論文タイトルは"Reviving-like"(蘇生"のような")。意図を確定させたわけではない

▲ ここはまだ分かっていない

この研究は実験用マウスをケージに入れた条件で観察されたものです。野生下や他の動物種で同じ行動が起きるかは、この設計では答えられません。マウスが"助けよう"と意図していたかどうかも、この論文は積極的に主張していません。同じ現象を「強い好奇心と探索行動」と解釈する研究者もいます。この記事は、動物が人間と同じような感情や動機で動いていると断定するものではありません。

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SOURCES / 出典

  1. 原論文: Wenjian Sun, Peyman Golshani et al., "Reviving-like prosocial behavior in response to unconscious or dead conspecifics in rodents". Science, Vol.387, Issue 6736, 2025年2月21日. doi:10.1126/science.adq2677
  2. 研究機関: University of Southern California(南カリフォルニア大学)
  3. 報道: Mouse-to-Mouse Resuscitation: Rodents Try to Revive Unconscious Buddies(Scientific American)
  4. 解説: BrainFacts.org の研究サマリー

※ 「舌の引き出しで気道が開いた試行が半数超」「オキシトシン回路の停止で行動が消える」は論文本文および Scientific American の取材に基づきます。 誤りを見つけられた場合はご連絡ください。