【衝撃】好きな曲で「鳥肌」が立った瞬間、脳では8人全員に「食事や薬」と同じ物質が出ていた…
よく知っている曲の、いちばん好きなサビ。そこにさしかかった瞬間、背中がぞわっとして、腕の毛が立つ。そのとき、脳の中では何が起きているのか——というのが今回の話です。2011年1月、カナダ・マギル大学(モントリオール)のヴァロリー・サリンプール氏、ロバート・ザトーレ氏らのチームがNature Neuroscience誌に発表した論文。被験者8人に、自分がいちばん鳥肌が立つ曲を持ってきてもらい、脳の映像を撮りながら聞かせた。その結果、鳥肌の瞬間に「ドーパミン」——おいしいものを食べたときや、薬物で出るのと同じ、ごほうびの神経物質——が、8人全員で放出されていたことが確かめられました。しかも面白いのは、「サビの直前」と「サビ本番」で、脳の中でも出る場所が違っていたことです。ただし、これを「音楽は麻薬と同じ」と読むのは、今回の論文の設計を大きく越えます。参加者はたった8人、しかも「音楽で鳥肌が立ちやすい人」だけを選んだ研究で、そこまで含めて書きます。
曲のサビで鳥肌——そのとき脳は何をしているか
音楽を聴いていて、いちばん盛り上がる場面で、背中がぞわっとしたことはあると思います。英語圏では「chills(チルズ)」「frisson(フリソン)」と呼ばれ、日本語では「鳥肌が立つ」に近い体の反応です。汗ばんだり、心臓がドキッとしたり、涙が出そうになったりする——そういう強い快感の合図として、昔から知られていました。
ただ、「なぜ音楽で鳥肌が立つのか」は、ずっと不思議でした。食べ物や飲み物なら、生きていくのに必要だから、脳が「いいぞ」と感じるのは分かりやすい。音楽は食べられないし、直接何かの役に立つわけでもないのに、なぜ体まで反応してしまうのか——ここを、脳の中の物質そのものを測ることで確かめよう、というのが今回の論文の狙いです。
ここで登場するのが「ドーパミン」という神経物質。おいしいものを食べたとき、お金がもらえたとき、恋愛のときに脳の奥で出ることが知られていて、「ごほうび物質」とざっくり呼ばれています。コカインやアンフェタミンなどの薬物も、同じドーパミンの回路を無理やり動かして快感を作っている——ということも、以前から分かっていました。
鳥肌の瞬間、脳の中で、食事と同じ物質が実際に流れた。
どう調べたか——2種類の脳スキャンと、被験者の私物CD
実験の勘所は、「被験者に、自分がいちばん鳥肌が立つ曲を持ってきてもらった」ところにあります。
◆ ひとことで言うと
まず、200人以上を集めて「音楽で鳥肌が立ちやすいか」を聞き取り、その中から特に反応が強い8人だけを選んだ。 8人はそれぞれ、自分が鳥肌で反応してしまう曲(クラシックからロックまで)と、他人が選んだ好みではない曲を持って研究室に来た。 スキャナに入って、それらを聞きながら「今、鳥肌」と手元のボタンで報告してもらった。 脳スキャンは2種類使いました。①ドーパミンそのものの量を測るPET(ペット・スキャン)、②脳のどこが活動しているかを見るfMRI(エフエムアールアイ)——両方の結果を重ねて確かめる、という念入りな設計です。
ここで大事なのは、「対照」を組んでいるところ。同じ被験者に、次の状態を比べさせています。
- 自分の好きな曲で、鳥肌が立った瞬間 → 脳の中でドーパミンが放出された。
- 自分の好きな曲だが、鳥肌ではない部分 → 別の場所で活動があった(次の節)。
- 他人の好きな曲(自分にとっては好みではない) → はっきりした変化は出なかった。
つまり、「音楽ならなんでも」ドーパミンが出るわけではなく、「自分にとって強く反応してしまう、慣れ親しんだ曲」の、特定の瞬間だけ——という限定つきの発見です。
ここが意外① 「直前」と「本番」で、出る場所が違った
この論文でいちばん面白いのは、「鳥肌が立つ数秒前」と「鳥肌本番」で、脳の中でドーパミンが出る場所が別だった——というところです。
専門用語を1回だけ出します。ドーパミンが出る「線条体」という奥の領域は、大きく2つに分かれています。①「尾状核(びじょうかく)」——予測や期待に関わる部分。②「側坐核(そくざかく)」——実際にごほうびがきた瞬間の快感に関わる部分。
研究チームは、「サビにさしかかる10〜15秒前(たぶんここで来る、と体が構えている時間)は尾状核で、サビが実際に鳴った瞬間は側坐核で、ドーパミンが出ていた」ことを見つけました。「予感」と「本番」を、脳が別々に処理していた——これは、それまで動物実験や薬物研究でしか見えていなかった「予測ドーパミン/報酬ドーパミン」の分業を、音楽というごく人間的なもので初めて見せた、というのがこの論文の骨格です。
ここから、著者たちは「音楽の気持ちよさは、次に来る音を頭が予測して、その予測が当たるかどうかのゲームをしているところに大きく由来している」という考え方を強く支持しました。音楽が「合っている」と感じる瞬間は、脳が予想した音がその通りに鳴ったときで、そのぶんのドーパミンが後払いで出る——という説明です。
ここが意外② 食事や薬物と、脳の中では同じ回路が働いていた
もう1つの発見は、「音楽で鳥肌が立つときに動く回路と、食事や薬物のときに動く回路が、脳の中では同じ道具立てだった」ということでした。
これは怖い話にも聞こえますが、逆でもあります。「音楽のように、体に何も入らず、体に害もないもので、食事や薬物と同じ脳の回路を動かせる」というのは、人間の脳のかなり不思議な特徴です。言い換えると、「意味のない音の並び」に対して、脳が生き延びるための回路を貸してあげている状態——という読み方もできます。
◆ ひとことで言うと
「音楽と、食事・薬物のドーパミン回路が同じ」というのは、「音楽は麻薬と同じ」ではなく、「進化の中で食べ物や仲間のために作られた回路を、音楽が借りている」という意味だ、と著者たちは論文で強調しています。 回路が同じでも、放出の強さや持続時間、依存の起きやすさは、薬物と音楽ではまったく違う。 この違いを混ぜて読んでしまうと、「音楽はやめられなくなるから危ない」といった誤解の元になります。
FIGURE 01 / ドーパミンが出る場所
「サビの直前」と「サビ本番」で分業していた
この数字の正しい読み方
ここが心臓部です。「音楽は麻薬」——この論文の発表後、いちばん独り歩きしやすい一文です。4つに分けます。
1つめ。被験者はたった8人。しかも「音楽で鳥肌が立ちやすい人」だけを選んでいます。 研究チームは、200人以上を集めてアンケートを取り、「音楽で頻繁に強く鳥肌が立つ人」だけを絞り込んで8人にしています。一般の人がみんな同じ反応をする、と読み替えるとずれます。そもそも、音楽で鳥肌が立つ人は、成人の半分ほどしかいないという別の研究もあります(体質・経験・音楽への慣れが関係すると考えられています)。
2つめ。「ドーパミンが出た」の測り方は、直接ではなく間接です。 PETスキャンで測ったのは、「ドーパミンの受け皿(受容体)に、ラクロプライドという薬をくっつけて、そのくっつく量の変化」。ドーパミンがたくさん出るとその薬がくっつく場所が減るので、間接的に「ドーパミンが出た」と読む、という手続きです。ドーパミンを直接見ているわけではないことは、著者たち自身も論文の中で断っています。
3つめ。「ドーパミンが原因で気持ちよくなった」とまでは言えません。 この論文が示したのは、「鳥肌の瞬間にドーパミンが出ていた」という同時に起きたことの記録です。ドーパミンが「原因」なのか、それとも別の何かがあって、快感とドーパミンの両方がおまけで起きるのか——ここまでは、この方法では区別できません。実際、その後(2017年)の別チームによる「ドーパミンを薬で減らしても音楽の快感が消えない」という反例の報告もあり、決着はしていません。
4つめ。「音楽は依存性がある」の話には直結しません。 薬物依存で問題になるのは、繰り返しでドーパミン回路が変わってしまうこと、他の快感が消えてしまうこと、無理してでも続けてしまうこと——です。音楽ではこれらが起きたという報告はありません。「回路が同じ」ことと「起きる結果が同じ」ことは別、というのが、この論文を語るときの必須の前提です。
◆ 誤解されやすい点:「回路が同じ」と「音楽は麻薬」は別
この論文が示したのは、「音楽で鳥肌が立ちやすい8人が、自分の好きな曲を聴いたとき、ごほうびに関わる脳の同じ回路でドーパミン放出の兆候が測れた」という間接的な観察です。 「音楽は麻薬と同じ」「音楽をやめられなくなる」といった読み方は、この論文からは出ません。同じ回路が使われることと、同じ結果になることは、脳の話ではまったく別です。この論文の価値は、「音楽の気持ちよさは、脳が次を予測して当たったときのごほうびのしくみを借りている、と写真で見せた」ところにあります。
世の中の動き
この論文は発表からもう15年経ちますが、SNSでは「音楽で鳥肌が立つ人だけの世界」といった話題として、いまも定期的に語り継がれています。
シンガーソングライターの安田レイさんが、自身のXで「音楽で鳥肌が立つのは特殊な脳の構造を持つ人だけが経験できる」と紹介したポストです。これは今回のマギル大の論文と、それに続く研究(音楽の鳥肌をよく感じる人ほど聴覚と感情の脳領域の結びつきが太い、という2016年のサックス氏らの報告など)が根拠になっています。ただし、「特殊な脳の構造」というのは、「病気ではなく個人差」の意味で、鳥肌が立たない人が劣っているという話ではありません。体質と、聴いてきた曲の量、その曲との個人的な記憶の重なりで、反応の強さは大きく変わる——というのが、この分野の合流点です。
FIGURE 02 / この論文の射程
「言えたこと」と「まだ言えないこと」
まとめ
- 2011年1月、Nature Neuroscience誌にマギル大サリンプール・ザトーレ両氏らの論文が掲載
- 被験者は音楽で鳥肌が立ちやすい8人。自分の好きな曲を持参してもらった
- PETとfMRIの2種類の脳スキャンで、鳥肌の瞬間にドーパミン放出を確認
- 「サビの直前(尾状核・予測)」と「サビ本番(側坐核・快感)」で場所が違った
- 食事や薬物のときと同じ「ごほうびの回路」を、音楽が借りていた
- ただし「音楽は麻薬と同じ」と読むのは、この論文からは飛びすぎ
▲ ここはまだ分かっていない
今回の結果はマギル大での8人の観察で、しかも「音楽で強く鳥肌が立ちやすい人」だけを選んだ結果です。鳥肌が起きない人にも、程度の小さいドーパミン放出が起きているのか、それとも別の仕組みで音楽を楽しんでいるのか、まだ決着していません。ドーパミンが「快感の原因」なのか「快感の結果」なのかを区別する実験は難しく、2017年に別チームがドーパミン阻害薬を使って再検討した研究では「阻害しても音楽の快感は消えなかった」という反対の報告もあります。今回の論文の到達点は「鳥肌の瞬間に、ごほうびの回路でドーパミンの兆候が測れた」までであって、「音楽は麻薬と同じ」までは絶対に言えないことに注意してください。
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- 原論文: Salimpoor, V.N., Benovoy, M., Larcher, K., Dagher, A., & Zatorre, R.J. "Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music". Nature Neuroscience 14(2), 257–262(2011年1月9日オンライン). doi:10.1038/nn.2726
- 反例の論文: Ferreri, L. et al. "Dopamine modulates the reward experiences elicited by music"(2019, PNAS)ドーパミン阻害薬で音楽の快感が減ることを示した一方、2017年の別の報告では変化がないとする反例もある
- 研究者ページ: Robert Zatorre Lab(マギル大学モントリオール神経科学研究所)
- 解説: Musical thrills and chills are in your brain(McGill Reporter)
※ 数値(被験者8人、200人以上のスクリーニングから抽出、PET+fMRIの2種類のスキャン、尾状核/側坐核でのドーパミン放出、側坐核での結合率変化約6.9%など)は、原論文Nature Neuroscience 14巻2号257–262および著者らのプレスリリース、マギル大学報道機関の説明に基づく丸めの値です。 「音楽は麻薬と同じ」といった一般化については、2017年以降にFerreriらのドーパミン阻害薬を用いた検証を含めて、神経科学の中でも決着していません。誤りを見つけられた場合はご連絡ください。