【衝撃】ラットは「チョコレートより仲間」を選んだ…約30匹が檻を開け、あとから食べ物を分けた12日間…
透明で狭いチューブに、ラットを1匹閉じ込める。そのチューブを、別のラットが自由に動ける床の真ん中に置く。閉じ込められたラットは、身動きが取れず、鳴く。外にいるラットは、はじめのうち落ち着かない。数日経つと、そのラットは、外にある扉を鼻や前足で押し倒し、仲間を出した——というのが今回の話です。2011年12月、米シカゴ大学のイナル・ベンアミ・バルタル氏、ジャン・デセティ氏、ペギー・メイソン氏らのチームがScience誌に発表した論文。約30匹の成体ラットを飼育ペアで試したところ、およそ7割が、この扉を開ける動きを自分で覚えた。チョコレートが入った別のチューブを一緒に置いたときも、両方の扉を開け、そのあとチョコレートを1匹で食べ尽くさなかった——というのが結果の骨格です。ただし、「ラットに人間と同じ共感がある」と読むのは、この論文以降の議論を無視することになります。何が確かで、何がまだ確かでないかを、そこまで含めて書きます。
閉じ込められたラットの前で、外のラットは何をするか
ラットが、仲間の痛みや不安に「反応する」こと自体は、ずっと前から知られていました。檻の中で仲間が電気ショックを受けると、隣にいるラットも動きを止めて固まる。仲間の悲鳴のような超音波が聞こえると、体の温度が変わる——という報告が、20世紀のうちから積み上がってきていました。
ただ、これらは全部「受け身の反応」です。「見て、自分も嫌な気分になった」という反応。そこから一歩進んで、「仲間のために自分が何かする」動きが出るのかどうか——ここが、今回の論文が確かめようとしたことでした。
そのために、シカゴ大学のバルタル氏らが用意したのが、透明な狭いチューブと、外側から押すと倒れる扉。閉じ込められたラットは中で身動きが取れず、外にいるもう1匹はチューブの周りを自由に動ける——というシンプルな装置です。
扉を開ける動きに、餌のご褒美は用意されていなかった。
扉が開くまで、12日間の観察
実験の勘所は、「餌で扉の開け方を教え込んだのではない」ということにあります。
◆ ひとことで言うと
飼育ペアのラットを、1匹はチューブに閉じ込め、もう1匹は自由に動ける床に置いた。 そのまま1日約1時間、それを12日間繰り返した。 扉を開けるとご褒美が出るような仕掛けは、一切なし。それでも、日が経つほど、外にいるラットが扉に近づき、押し倒す動きが出るようになった——というのが1つめの結果です。
ここで大事なのは、「対照」がしっかり組んであることです。同じ形のチューブに、次のものを入れたときにも、外のラットの動きを比べました。
- 空のチューブ → ほとんど扉を開けようとしなかった。
- ラットの形の“おもちゃ”を入れたチューブ → やはりほとんど開けようとしなかった。
- 閉じ込められた仲間ラット → 12日間で扉を開ける動きが出た。
つまり、「チューブに近づくこと」自体が好きだったから開けたのではなく、「中身が仲間だと分かったから」動いた——というのが、この論文の主張です。
それに、いちど扉を開けられるようになったラットは、その動きを日ごとに速く出すようになりました。「たまたま倒れた」ではなく、「開けようとして開けた」に見える動き方に変わっていった——という格好です。
ここが意外① 7割が扉を開ける動きを自分で覚えた
数字にすると、約30匹の対象ラットのうち、およそ7割の個体が、12日以内に扉を開ける動きを自分で覚えた——というのがこの論文の骨格です。残りの3割は最後まで開けなかった。個体差は大きいけれど、大多数が「仲間を出す」動きをするようになった、というのは、この分野でそれまでにはっきりとは示せていなかった数字でした。
もう1つ、この論文で有名になったのが「メスのほうがよく扉を開けた」という並びです。実験に参加したメスの個体は、ほぼ全員が最後まで扉を開け続けたのに対し、オスは開ける個体と開けない個体が分かれた。ラットの世界で、社会行動に性差があるらしいことも、この論文の副産物として指摘された点です。
ここが意外② チョコレートを目の前にしても仲間を出した
この論文がSNSで有名になったのは、次の実験のせいです。
研究チームは、扉を開ける動きが安定したラットに、次に「2つのチューブ」を提示しました。片方には仲間のラット、もう片方にはチョコレート5個を入れて。ラットにとって、チョコレートは学習実験でよく使われるくらい強い報酬です。
結果として、ラットは両方の扉を開けた。先にチョコレートを開けて全部食べてから、あとで仲間を出す——という順序にはならなかった。開ける速さも、仲間のチューブとチョコレートのチューブとで大きくは変わらなかった。しかもチョコレートは全部を独り占めせず、平均して半分ほどが残っていた——というのが今回の話です。
◆ ひとことで言うと
「仲間を出すこと」と「チョコレートを食べること」は、ラットの中で似た重みを持っていた。 この論文の見出しになった「仲間を出すことが、チョコレートに匹敵する報酬になっていた」という一文は、この結果を短くまとめたものです。 そこから、著者たちは「ラットには共感に基づいた助け合いの動機があるのではないか」と提案しました。
FIGURE 01 / 12日間の変化
「開ける速さ」は日を追って速くなった
この数字の正しい読み方
ここが心臓部です。「ラットに共感がある」——この論文の発表以降、専門家のあいだで一番議論になった一文です。4つに分けます。
1つめ。「共感」という言葉と、扉を開ける行動は、別の話です。 この論文が測ったのは、「外のラットが、仲間の入ったチューブの扉を、日を追って速く開けるようになった」という、外から見える行動だけです。ラットの頭の中で、人間が想像するような「仲間を助けたい」という気持ちが動いていたかどうかは、この方法では測れません。この点は、著者たち自身も論文の中で「感情に基づいた行動である可能性」までしか書いていません。
2つめ。この論文には、発表後に強い異論が寄せられました。 2014年、米国立衛生研究所(NIH)の別の研究チームが、「扉が開けば仲間と接触できるから開けているだけで、共感ではなくただの“社会的接触”を求めた行動ではないか」と反論する論文を出しました。その後の再現研究でも、「扉が開いたあとに仲間と会えないよう仕切りを立てておくと、開ける動きが弱まる」という結果が繰り返し確かめられており、「共感」だけで説明するには材料が足りないことが分かってきています。この論文以降の10年余りは、「共感なのか、社会的接触が欲しかっただけなのか」の分けの試みが、繰り返し行われています。
3つめ。「7割が助けた」の分母をよく見ること。 この7割は、実験室で飼われた同じ系統のラット、しかも同じケージで暮らしてきた飼育ペアが対象です。のちの研究では、「別の系統のラット」や「知らない相手」に対しては、扉を開ける率が大きく下がることが示されています。「ラットは仲間を助ける」の「仲間」は、この論文にとっては“いつもの相棒”に限られる、というのが正確な言い方です。
4つめ。「チョコレートより仲間」の一文は、SNSで独り歩きしやすい形をしています。 実験ではラットが両方の扉を開けたのであって、「仲間を先に選び、そのあと最後にチョコレートを食べた」わけではありません。チョコレートを半分残していたのも、単に一度に食べきれない量だった可能性を消し切れない。「独り占めしなかった、というより、独り占めするほどの量ではなかった」という読み方が、この論文の中では否定しきれていません。
◆ 誤解されやすい点:「助けた」と「共感していた」は別
この論文が示したのは、「約30匹のラットのうち約7割が、閉じ込められた仲間の扉を、日を追って速く開けるようになった」という観察と、「その動きは、空のチューブやおもちゃ入りのチューブに対しては出なかった」という条件差です。 ラットの内側で「仲間を助けたい」という共感が動いていたかどうかは、この方法では測っていません。「ラットに共感がある」というのは、この論文にとっては“分かりやすい呼び方”であって、証明された事実ではありません。実際、この論文の発表以降、専門家のあいだで「共感なのか」「単なる社会的接触の欲求か」の議論はいまも続いています。
世の中の動き
この論文は発表から10年以上経ちますが、いまも定期的に再拡散されます。
神経科学の専門ニュース Neuroscience News による、今回の論文の系譜にある後続研究の紹介です。「助けたラットは、共感と動機に関わる脳の部位が強く活動し、オキシトシン(社会性のホルモン)の受け手も多かった」——という要約は、2011年の元論文が指摘した「感情に基づく可能性」を、脳の側から詰めていく試みが続いていることを示しています。ただし、「共感で説明しきれるか」の議論はまだ続いており、脳のパターンが同じでも動機が同じとは限らないことに注意して読む必要があります。
FIGURE 02 / この論文の射程
「言えたこと」と「まだ言えないこと」
まとめ
- 2011年12月、Science誌に米シカゴ大学のバルタル氏らの論文が掲載
- 約30匹のラットの飼育ペアを、透明なチューブと自由に動ける床の装置に置いた
- およそ7割の個体が、12日以内に扉を開けて仲間を出す動きを自分で覚えた
- 空のチューブ、おもちゃ入りのチューブでは扉を開けなかった
- チョコレートを並べたときも両方の扉を開け、チョコレートを独り占めしなかった
- ただし「ラットに人間と同じ共感がある」という言い方は、この論文からは飛びすぎ
▲ ここはまだ分かっていない
この論文は実験室で飼われた同じ系統のラットの飼育ペアを対象にした観察で、種を越えた一般化はできません。「ラットが助けている動機は共感なのか、それとも仲間との接触が欲しかっただけなのか」は、2014年以降の批判研究を経て、いまも決着していません。扉を開けなかった3割の個体が何を持っていなかったのか、野生のドブネズミやクマネズミでも同じ動きが出るか、といった問いは今後の研究待ちです。今回の発見は「約30匹の飼育ペアで、扉を開ける行動が学習・維持された」までであって、「ラットが仲間の気持ちを分かっている」までは言えないことに注意してください。
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- 原論文: Ben-Ami Bartal, I., Decety, J., & Mason, P. "Empathy and pro-social behavior in rats". Science 334(6061), 1427–1430(2011年12月9日). doi:10.1126/science.1210789
- 批判論文: Silberberg, A. et al. "Desire for social contact, not empathy, may explain 'rescue' behavior in rats"(2014, Animal Cognition)
- 研究者ページ: Prof. Inbal Ben-Ami Bartal(テルアビブ大学)
- 解説: Spotlight(University of Chicago Magazine)
※ 数値(対象約30匹、約7割が扉を開ける動きを覚えた、対照条件で扉を開けなかった、チョコレートと仲間の両方の扉を開けたなど)は、原論文および掲載誌 Science のニュース報道の記述に基づきます。 「共感」という語の解釈については、2014年以降に発表された批判研究(社会的接触の欲求で説明できるとする論)を含めて動物行動学の中で議論が続いています。誤りを見つけられた場合はご連絡ください。