【衝撃】マイナス6度の雪原を歩く虫が、体の中で「自分だけの熱」を作っていた…震えずに体温を上げていた…
冬山で、雪の上をとことこ歩く小さな虫を見たことはないでしょうか——クモのような姿をした翅のない虫で、「雪バエ」と呼ばれています。虫はすべて「変温動物」、つまり自分では体温を作れず、まわりの温度にそのまま合わせるしかない生き物だ、というのが生物の授業で習う常識です。ところが2026年3月、米ノースウェスタン大学とスウェーデン・ルンド大学のチームがCurrent Biology誌に発表した論文によると、この雪バエは氷点下6度の雪の上でも平然と歩き回り、体が冷やされる瞬間には、体温をおよそ1度だけ、自分の力で持ち上げていたのです。しかも、ミツバチやガのように体を震わせて熱を作るのではなく、震えは一度も観察されませんでした。体の中の小さな器官(ミトコンドリア)を使って、哺乳類の赤ちゃんが体温を保つのとよく似た仕組みで、熱をひねり出していたらしいのです。ただし、この体温上昇はほんの5分ほどで元に戻ってしまう、小さくてはかない現象でもある——そこも含めて書きます。
虫なのに「自分の力」で体温を上げていた、その虫の正体
理科の授業で、こう習った人は多いはずです。「昆虫は変温動物。まわりが寒くなれば、体もそのまま冷える」。だから冬になると、多くの虫は土の中や木の皮の下に隠れて、じっと動かなくなります。ところが、その常識に真っ向から逆らうように生きている虫がいます。名前は「雪バエ(Chionea alexandriana)」。体長5〜8ミリ、翅は退化してなく、6本の細長い脚でクモのように見える虫で、真冬の雪の上を歩き回って相手を探し、卵を産みます。
この雪バエ、隠れるどころか、氷点下の環境をむしろ好みます。論文いわく、実験室でも氷点下0〜3度あたりを好んで過ごし、氷点下6〜7度でもまだ元気に歩けたとのこと。「寒さをやり過ごす」のではなく、「寒さの中でこそ働く」という、虫としてはかなり変わった生き方をしているわけです。
◆ ひとことで言うと
虫は変温動物なので、体温は基本的に「まわりの気温そのもの」になります。ところがこの雪バエは、気温がぐっと下がった瞬間に、自分の体の中で熱を作り、体温をほんの少しだけ押し上げていました。たとえるなら、エアコンの効かない部屋で、体が自動的にほんの一瞬だけ発熱するようなもの——これは、これまで虫では確認されていなかった能力です。
「虫は変温動物」という理科の教科書の前提を、この虫だけがすり抜けていた。
どう調べたか——初めてのゲノム解読と、氷点下の実験室
研究チームは、米ワシントン州のカスケード山脈で雪バエを採集し、大きく3つの方法で調べました。
- まず、雪バエの設計図(ゲノム)を世界で初めて解読。比較のために、南極大陸にだけ生息する、地球上でただ1種の"生粋の南極原住民"昆虫「ナンキョクユスリカ」のゲノムとも突き合わせました。
- 次に、体の中に極細の温度センサー(誤差0.1度というごく精密なもの)を差し込み、氷点下の環境でゆっくり冷やしながら、体温の変化を直接測定。比較のため、同じくらいの大きさで寒さに強くないコオロギも同じ条件で測りました。
- 最後に、ゲノムの中から見つけた「凍結を防ぐたんぱく質」の設計図を、実験用のふつうのショウジョウバエに移植し、氷点下10度で3分間凍らせる実験にかけました。
結果、生きている雪バエだけが、冷やされる瞬間に体温をおよそ1度押し上げ、5分ほどでまた元の温度に戻る、という反応を見せました。死んだ個体や、コオロギでは同じ反応は一切現れませんでした。これは、偶然の温度のブレではなく、生きた体が能動的に起こしている現象だ、ということを意味します。
ここが意外① 震えていないのに、体温だけが上がっていた
虫が寒さの中で熱を作る方法は、実はこれまでにも知られていました。たとえばミツバチやガの仲間は、飛ぶための筋肉を細かく震わせることで熱を作り、巣の温度を保ったり、飛び立つ前に体を温めたりします。人間で言えば、寒いときに「ぶるぶる」震えて体を温めるのと同じ理屈です。
ところが雪バエを観察しても、体を震わせる動きは一度も見られませんでした。それでも体温は上がっている——つまり、筋肉を動かさない、まったく別の方法で熱を作っていたということになります。
◆ ひとことで言うと
研究チームがゲノムの中を調べたところ、雪バエでは細胞の中の小さな発電所のような器官「ミトコンドリア」に関わる遺伝子が、通常より数多く増えていました。これは、人間の赤ちゃんや冬眠明けの動物が体温を保つのに使う「褐色脂肪細胞」という組織が熱を作る仕組みと、よく似た仕組みだと考えられています。ふつうミトコンドリアは体を動かすためのエネルギーを作る器官ですが、その一部を「エネルギーではなく熱そのものを作る」方向に使っているらしい、というのがこの発見の核心です。
研究チームのマルコ・ガッリオ氏は「虫は変温動物なので、外の気温に振り回されるしかない存在です」と述べたうえで、それでもこの虫には驚くべき適応力があると説明しています。共同研究者のマルクス・ステンスミュー氏も「ミツバチやガのような虫は震えて熱を増やしますが、雪バエが震える証拠はまったく見つかりませんでした」とコメントしています。
ここが意外② AIが見つけた「不凍タンパク質」と、鈍くなった警報センサー
もう1つの武器が「不凍タンパク質」です。これは、氷の結晶が大きく育つのを分子レベルでブロックする特殊なたんぱく質で、北極や南極の魚が血液を凍らせないために持っていることで知られています。
研究チームは雪バエのゲノムの中に、働いている形跡はあるのに、人間や他の虫のどの遺伝子とも似ていない、正体不明の遺伝子を見つけました。そこで使われたのが、たんぱく質の立体的な形をコンピューターで予測する人工知能(AlphaFoldというソフト。2024年のノーベル化学賞の対象にもなった技術です)。この技術で形を予測したところ、氷の結晶にぴったりくっつく「不凍タンパク質」特有の構造だと分かったのです。
この遺伝子を実際に確かめるため、研究チームはふつうのショウジョウバエの幼虫に、この遺伝子を移植しました。氷点下10度で3分間凍らせる実験の結果、遺伝子を移植した幼虫の55.9%が生き延びたのに対し、移植していない幼虫では12.3%しか生き延びませんでした。約4.5倍もの差です。
さらに研究チームは、もう1つ意外な発見をしています。虫の体には、「体が傷ついた・危険だ」と神経に伝える警報センサーがあり、その代表がTRPA1という受容体です。この受容体は、人間で言えば、わさびやからしのツンとした刺激を感じるセンサーと同じ仲間だと考えるとイメージしやすいでしょう。
寒さで体が傷つくと、細胞の中に活性酸素という「傷の信号物質」が増え、通常この受容体を刺激して「逃げろ」という反応を引き起こします。ところが雪バエのTRPA1は、ふつうの虫と比べて35倍もこの信号に反応しにくくなっていました。警報が鳴りにくいおかげで、寒さの中でも動きを止めずに歩き続けられる、と研究チームは考えています。
FIGURE 01 / 体温はどう動いたか
冷やされた瞬間、体温だけが「山」を作って戻っていく
この数字の正しい読み方
ここが心臓部です。「虫が自分で熱を作った」——ここまでは正しい。ただし、どこまでが確かめられた話で、どこからが期待や推測かを、5つに分けます。
1つめ。分母はとても小さい実験です。 体温の変化を直接測る中心の実験は、雪バエとコオロギのペア3組を、繰り返し冷やして確かめたものです。予備的な実験まで含めても11組で、体温が上がる反応がはっきり出たのは9組、まったく出なかったのが2組でした。研究チーム自身も、この差は温度センサーを差し込んだ場所や、個体の体調の違いによるものかもしれないと述べています。「必ず全員が発熱する」とまでは言い切れません。
2つめ。不凍タンパク質の効果を確かめた生き物は、雪バエ本人ではありません。 55.9%対12.3%という生存率の差は、雪バエの遺伝子を「移植されたショウジョウバエの幼虫」で確かめたものです。論文は、雪バエは季節と生息数の両方の理由で数多く集めるのが難しく、雪バエ自身を使った大がかりな実験がしにくい、とはっきり書いています。「別の虫を借りた実験」であることは、頭の片隅に置いておく必要があります。
3つめ。熱を作る詳しい仕組みは、まだ証明の途中です。 「ミトコンドリアに関する遺伝子が増えていた」ことと、「実際に体温が上がった」ことは、どちらも論文が直接示した事実です。ただし、その2つを結ぶ「だからこの遺伝子群が発熱を起こしている」という部分は、まだ仮説の段階で、論文自身も「この仮説を固めるには、さらに的を絞った生理学的・生化学的な研究が必要」と書いています。
4つめ。この体温の上がり方には、はっきりした限界があります。 上げ幅はおよそ1度、続く時間は5分ほどで、それ以上冷やし続けたり、氷点下5度をかなり下回る環境に長く置いたりすると、この反応自体が消えるだけでなく、雪バエの体に元に戻らないダメージが残ったとも報告されています。「どんな寒さにも負けない」わけではなく、あくまで「ある範囲の寒さの中で、短時間だけ粘れる」能力です。
5つめ。すべて実験室の中で確かめられた話です。 野外の雪の上で、実際にこの発熱がどれくらい生存や繁殖の役に立っているかは、この論文単体では測っていません。「役に立っているはずだ」というのは、自然な推測ではありますが、論文が直接示した結果ではない、というのが編集部の受け止めです。
FIGURE 02 / この論文の射程
「言えたこと」と「言ってはいけないこと」
世の中の動き
この論文は2026年4月6日号のCurrent Biology誌の表紙を飾り、ScienceDaily、Discover Magazine、Phys.orgなど欧米の科学ニュースサイトで相次いで取り上げられました。見出しの多くが強調したのは「哺乳類のような発熱」と「魚のような不凍タンパク質」という、2つの離れた生き物の技を1匹の虫が同時に持っていた、という組み合わせの意外さです。地元メディアの取材に対しては「信じがたい(mind-boggling)能力だ」という表現も使われ、氷点下の中を平然と歩く小さな虫の存在そのものが、多くの読者にとって初耳だったこともうかがえます。
研究チームは今後、この発熱の仕組みをより詳しく調べることに加え、低温下で細胞をどう保護するかという知見を、臓器や食品などを低温で保存する技術にも応用できないか探りたいとしています。ただしこれは研究チームの今後の展望であり、今回の論文自体が示した結果ではありません。
まとめ
- 2026年3月、米ノースウェスタン大学とスウェーデン・ルンド大学のチームがCurrent Biology誌に発表
- 翅のない虫「雪バエ」は氷点下6〜7度でも雪の上を歩き、冷却直後に体温がおよそ1度・5分だけ上昇
- 震える動きは一度も観察されず、哺乳類の発熱に似た仕組み(ミトコンドリア)が関わると推定
- AIによるたんぱく質構造予測で「不凍タンパク質」の遺伝子を特定し、ハエへの移植で生存率が4.5倍に
- 「傷ついた」と伝える警報センサーが、ふつうの虫より35倍反応しにくくなっていた
- 効果を確かめた実験の多くは小さな標本数や、代わりの虫(ショウジョウバエ)を使ったもの
▲ ここはまだ分かっていない
体温の直接測定に使われたのは雪バエとコオロギ3組のペア(予備実験を含めても11組)で、標本数はかなり小さいものです。不凍タンパク質の効果は雪バエ本人ではなく、遺伝子を移植したショウジョウバエの幼虫で確かめられており、論文自身も雪バエを大量に集めるのが難しいことをその理由として挙げています。発熱の詳しい生化学的な仕組みは、著者らも「さらなる研究が必要」と明言する仮説の段階です。そして今回の測定はすべて実験室内のもので、野外での生存や繁殖への実際の効果は、この論文単体では確認されていません。
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- 原論文: Capek, M., Suhendra, R., Yang, Z., Omer, A.D., Weisz, D., Dudchenko, O., Tuthill, J.C., Aiden, E.L., Kath, W.L., Para, A., Stensmyr, M.C., & Gallio, M. "Coordinated molecular and physiological adaptations enable activity at sub-freezing temperatures in the snow fly Chionea alexandriana". Current Biology(2026年3月24日オンライン公開、4月6日号掲載). doi:10.1016/j.cub.2026.02.060
- 関連の先行研究(脚の自切): Golding, T. et al. "Snow flies self-amputate freezing limbs to sustain behavior at sub-zero temperatures". Current Biology 33(21)(2023年). doi:10.1016/j.cub.2023.09.002
- 研究機関: Northwestern University news release / Lund University news release
- 解説: Scientists found a bug that generates its own heat in freezing cold(ScienceDaily)
※ 数値(氷点下6〜7度、体温上昇約1℃・持続約5分、ペア3組・予備実験11組中9組、生存率55.9%対12.3%、警報センサー35倍など)は、原論文Current Biology掲載版および付属資料に基づく丸めの値です。 誤りを見つけられた場合はご連絡ください。