オーバーツーリズムは終わったのか?訪日客は過去最多という矛盾を読み解く
「京都のバスが観光客で満員になり、地元の人が乗れない」「観光地の路上に座り込んで撮影する集団がいる」。数年前まで毎週のように目にした「オーバーツーリズム」というニュースを、最近あまり見かけなくなったと感じないだろうか。日本経済新聞は2026年8月、「オーバーツーリズムの話題を最近あまり聞かないね」という読者の声を紹介する記事を掲載した。だが、訪日外国人の数そのものは、実は減っていない。むしろ2026年7月は月間として過去最多を記録している。話題が静かになった本当の理由を、数字から読み解く。
なぜ最近「オーバーツーリズム」を聞かなくなったのか
2023年から2024年にかけて、オーバーツーリズムは連日のようにニュースになっていた。京都市のバスが観光客で満員になり通勤・通学客が乗れない、富士山の登山道が弾丸登山の列で渋滞する、住宅街の私道に無断で立ち入って写真を撮る——こうした報道が相次ぎ、観光庁も対策の検討を本格化させた時期だった。
実際、この時期には具体的な制度もいくつも動いた。山梨県は2024年夏から富士山吉田ルートの5合目登山口で1人2,000円の通行料を徴収し、1日の登山者数を山小屋宿泊者を除いて原則4,000人に制限する仕組みを導入した。翌2025年夏には料金を4,000円に引き上げ、静岡県側にも同様の制度が広がっている。京都市も2024年6月から、東山エリアの人気観光地へ直行する「観光特急バス」を、一般路線バスとは異なる運賃で土日祝日に走らせるようになった。当時のニュースの多さは、こうした対策の議論が現在進行形だったことの裏返しでもある。
ところが2026年に入り、その手の報道の頻度は目に見えて減った。日本経済新聞が「最近あまり聞かないね」という読者の声をわざわざ記事にしたこと自体が、話題の減少を裏づけている。一方で観光庁は、令和8年度も引き続き「オーバーツーリズムの未然防止・抑制をはじめとする観光地の面的受入環境整備促進事業」の公募を続けている。行政の側は、課題が終わったとは見ていないということだ。
では、なぜニュースの扱いは減ったのか。ここでよくある説明は「対策が効いて、混雑そのものが解消したから」というものだ。しかし、実際の訪日客数の推移を見ると、この説明はどうも怪しい。
訪日客はむしろ過去最多、という数字のからくり
日本政府観光局(JNTO)の推計によれば、2026年7月の訪日外国人数は344万2100人だった。前年同月比0.1%増で、7月としては過去最多を更新している。台湾からの旅行者は単月で初めて70万人を超え、これも過去最多だったという。そもそも直前の2025年は、年間の訪日外国人数が4,268万3,600人と史上初めて4,000万人を突破し、前年比15.8%増で過去最高を更新した年だった。インバウンド消費額も9兆4,559億円と、こちらも過去最高を記録している。「話題が減った2026年」は、実は「記録ずくめだった2025年」の延長線上にある。
「話題が減った」のは、観光客が減ったからではない。見えにくい客層に入れ替わっただけだ。
一方で、2026年上半期(1〜6月)の累計は2108万4800人で、前年同期比2.0%減少した。コロナ禍の影響が色濃く残っていた時期を除けば、実に5年ぶりの前年割れだという。「単月では過去最多」なのに「半年間の合計では減っている」——この一見矛盾した動きの中に、話題が静かになった本当の理由が隠れている。
上半期のマイナスを牽引したのは、ほぼひとつの要因だった。中国からの訪日客が、前年同期比56.4%減の205万8000人まで落ち込んだのである。逆に韓国は18.6%増の567万5000人で国・地域別最多となり、台湾も20.9%増の397万2000人と、中国以外はほとんどの国・地域で増加していた。
消えたのではなく「入れ替わった」——団体客と個人旅行者
中国人訪日客が急減した理由は、観光そのものとは別のところにある。2025年11月、高市早苗首相が国会答弁で、台湾有事について「存立危機事態になり得る」という趣旨の見解を示したことをきっかけに日中関係が冷え込んだ。産経新聞の報道によれば、これを受けて中国政府は自国民に対し、日本への渡航を当面控えるよう呼びかけたという。この発言直後の2025年11月から2026年3月にかけて、中国人訪日客は前年同期比44.1%減少したと同紙は伝えている。
つまり、訪日客全体の数はほとんど変わっていないのに、目立って批判の的になりやすかった層だけが、政治的な事情で一時的に入れ替わったということだ。ここで、このコラムなりの見立てを置いておきたい。「体感的な混雑」は、客の総数よりも客の"移動の仕方"に大きく左右されるのではないかという仮説である。
中国人の訪日旅行はこれまで団体ツアーの比率が比較的高く、大型バスで同じスポットに同じ時間帯に集中しやすいという特徴が、過去の報道でもたびたび指摘されてきた。対して韓国や台湾からの旅行者は個人旅行の比率が高く、行動が分散しやすい傾向にある。同じ人数が来ていても、集合写真や行列という「絵になる混雑」として可視化されるかどうかは、まったく別の問題なのだ。
もっとも、この見立てはあくまで当サイトの独自の解釈である。訪日客一人あたりの環境負荷や交通機関への影響を、国籍別・旅行形態別に厳密に比較したデータは公表されていない。ここで言えるのは、あくまで「団体旅行と個人旅行では、混雑として目に見える形が違いやすい」という一般的な傾向にとどまる点は、正直に断っておきたい。
実際、この半年で可視化されやすい制度の変化もいくつか起きている。
- 姫路城は2026年から、市外在住者・訪日外国人向けの入場料を1,000円から2,500円に引き上げる二重価格制度を導入した(当サイト既報)
- 観光庁は令和8年度も、混雑が集中する地域や時間帯を分散させるための受入環境整備事業の公募を継続している
- 個別の観光地では、マナー啓発の看板や多言語での注意表示が広がり、突発的なトラブルの報道につながりにくくなっている
「問題は解決していない」という反論への回答
ここまでの内容には、当然出てくる反論がある。「訪日客の総数が過去最多を更新しているなら、混雑や環境負荷という実害は何も減っていないはずだ。報道が減ったのは、単にメディアが飽きただけではないか」という指摘だ。これは筋が通っている。道路や自然環境への負荷という点では、客の国籍が変わっても総量が同じなら影響はさほど変わらないという見方もできる。
それでも、私たちはこう考える。「話題として語られる強度」と「実害の総量」は、必ずしも一致しない。二重価格や宿泊税といった制度は、観光客の数そのものを減らす政策ではなく、地元住民が一方的に負担していたコスト(道路の維持費、ごみ処理、警備など)の一部を、観光客の支払いに転嫁する政策だ。混雑という現象自体は消えていなくても、「地元だけが損をしている」という不公平感が薄まれば、ニュースとして取り上げられる強度は下がる。
もうひとつ、中国人団体客の減少という要因が、そもそも一時的なものである点も見逃せない。日中関係が改善すれば、団体旅行者は再び増加に転じる可能性が高い。その意味で、いまの「静けさ」は問題の解決ではなく、政治的な偶然と制度対応が重なって生まれた、一時的な凪だと見るのが実態に近い。
さらに言えば、「話題の沈静化」がむしろ危ういという側面もある。ニュースで取り上げられなくなるということは、行政や事業者にとって「対策の優先順位を下げてよい」という誤ったサインになりかねない。富士山の入山規制や京都のバス運賃見直しは、いずれも報道が過熱していた2024年前後に議論が加速して実現した制度だ。話題が静かな今のうちに、次の混雑期に備えた制度づくりを止めてしまえば、団体客が戻ったときに同じ混乱を繰り返すことになる。
訪日客数が過去最多と知って、オーバーツーリズムへの印象は変わりましたか?
よくある質問
オーバーツーリズムはもう終わったのですか?
いいえ、終わっていません。話題として報じられる頻度は減りましたが、2026年7月の訪日外国人数は344万2100人で、7月として過去最多を記録しています。日本政府観光局(JNTO)の集計によれば、減っているのは主に中国からの団体旅行者で、訪日客全体の数はむしろ増加傾向にあります。
なぜ中国人観光客だけ減ったのですか?
2025年11月、高市早苗首相が国会で台湾有事について「存立危機事態になり得る」との見解を示したことをきっかけに日中関係が冷え込み、中国政府が自国民に日本への渡航を控えるよう呼びかけたためです。産経新聞の報道によれば、この発言後の2025年11月から2026年3月にかけて、中国人訪日客は前年同期比44.1%減少しました。
訪日客の変化で日本経済への影響はありますか?
J-CASTニュースの報道によれば、中国人観光客の減少により2026年上半期の消費額は前年から5210億円落ち込みました。ただし訪日客全体の消費額はむしろ前年を上回っており、韓国や台湾など他の国・地域からの旅行者の増加がその落ち込みを補っています。
まとめ
「オーバーツーリズムの話題を聞かなくなった」という実感は、間違っていない。しかし、それを「問題が解決したから」と早合点するのは早すぎる。
実際に起きているのは、訪日客の総数がほとんど変わらないまま、目立ちやすかった客層が、政治的な事情でたまたま入れ替わったという現象だ。二重価格や宿泊税といった制度対応も、同じ時期に静かに進んでいた。
中国人団体客の数がもとに戻れば、私たちはまた同じニュースを目にすることになるだろう。そのとき初めて、この数年間の"静けさ"が解決だったのか、それとも単なる巡り合わせだったのかが分かる。
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📌 出典: 日本経済新聞、 日本政府観光局(JNTO)、 産経新聞(Yahoo!ニュース配信)、 J-CASTニュース、 nippon.com、 観光庁、 日本経済新聞(富士山通行料)、 京都市交通局、 トラベルボイス(2025年年間データ)。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
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