水道管の耐震化はなぜ進まない?熊本地震が突きつけた宇城市4%の現実
熊本地震から3週間近くが経っても、被災地の一部ではいまだに水道が復旧していません。原因を追うと、震度7を観測した自治体で、水道管の耐震化率がわずか4%だったという数字にたどり着きます。「なぜここまで低いのか」を掘り下げると、犯人は自治体の怠慢というより、日本の防災投資そのものが抱える、ある偏りでした。
いま、この問いが突きつけられている
2026年7月28日、熊本県で最大震度7を観測する地震が発生しました。気象庁によれば震源の深さは16km、マグニチュード7.1で、宇城市と八代郡氷川町で震度7を記録しています。この地震で最も長引いた被害のひとつが断水でした。
危機管理情報を集約するレスキューナウ危機管理情報センターの集計では、断水はピーク時に最大10万8,291戸に達しました。復旧率は8月1日時点で34.8%、8月3日時点で50.9%、8月10日時点でようやく68.5%まで進みます。ところが、この数字を自治体ごとに分けると、様相はまったく違って見えます。8月10日時点で、宇城市の復旧率が52.9%まで進んでいたのに対し、八代市はわずか7.8%にとどまっていました。
この差はどこから生まれたのでしょうか。日本経済新聞の報道によれば、震度7を観測した宇城市では、災害拠点病院や避難所など重要施設につながる水道管の耐震化率がわずか4%でした。同じく被災した八代市は29%、上天草市は6%です。朝日新聞の報道では、こうした重要施設への水道管の耐震化率は全国平均で47%とされており、被災した自治体の数字がいかに低かったかが分かります。
📌 出典: 気象庁、 レスキューナウ危機管理情報センター、 日本経済新聞、 朝日新聞(Yahoo!ニュース配信)、 国土交通省。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
なぜ地中の水道管は後回しにされるのか
まず押さえておきたいのは、水道管の耐震化が低いのは熊本だけの話ではないということです。国土交通省の調査によれば、令和4年度末時点で、全国の基幹的な水道管路のうち耐震性のある割合は42.3%にとどまります。半分以上の水道管が、大きな地震に耐えられる基準を満たしていません。
防災に関わる投資には、大きく分けて二種類あると考えます。ひとつは「見える防災」です。建物の耐震基準、避難訓練、防災グッズの配布、避難所の整備、ハザードマップ。これらは住民が目にする機会があり、行政の取り組みとして評価されやすいものです。
もうひとつが「見えない防災」です。地中に埋まった水道管、下水道、電線を収める共同溝。これらは壊れて初めて存在を意識されます。普段どれだけしっかり整備されていても、住民がその状態を確認する手段はほとんどありません。
目に見えない防災は、日常のなかで誰にも気づかれないまま、後回しにされ続ける。
行政の予算は有限です。限られた財源をどこに割り振るかを決めるとき、住民から「見える」形で評価される投資のほうが、政治的な優先順位を得やすい面があります。地中の水道管は、壊れるまでその劣化が可視化されません。結果として、更新すべき時期が来ても、後回しにされやすい構造がそこにあります。
この構造は、熊本地震の被災地に特有のものではありません。全国どこの自治体でも、同じ力学が働いています。震度7が襲った場所でたまたまその歪みが露呈した、というのが実態に近いでしょう。
実際、この指摘は今回が初めてではありません。2024年の能登半島地震でも、断水が長期にわたって続いた地域がありました。東京新聞デジタルは、水道の専門家である東京大学大学院の滝沢智教授への取材で「水道耐震化の遅れ直撃」という見出しを掲げています。石川県では土砂崩れで早期復旧が困難な地区を除いても、断水の完全な解消までに5カ月を要しました。2年前に指摘された同じ課題が、熊本でもう一度そのまま現れたという見方ができます。
独立採算制という制度の罠
もうひとつ見落とせないのが、水道事業の運営方法そのものです。総務省の資料によれば、水道事業は原則として水道料金だけで運営する独立採算制が取られています。税金を投じて広く支える仕組みではなく、その地域の水道利用者が支払う料金が、そのまま整備費用の原資になるということです。
ここに、人口減少が重なるとどうなるか。利用者が減れば料金収入も減ります。ところが老朽化した水道管を更新する費用は、利用者の数に関係なく変わりません。収入が細るなかで、耐震化のような大規模投資に踏み切る余力は、年々失われていきます。
- 人口減少地域ほど、水道料金収入が先細る
- 老朽化・耐震化の更新費用は、利用者数が減っても変わらない
- 技術系職員が数人、時には1人という小規模自治体も少なくない(ジチタイワークスの報道による)
- 財政力の弱い自治体ほど、耐震化への投資判断が後回しになりやすい
国の資料によれば、法定耐用年数の40年を超えた老朽管は、2021年度末の時点で全国の水道管全体の約2割にのぼります。更新すべき管はすでに山ほど積み上がっているのに、それを回すお金の入り口は、人口減少で年々細くなっている。入り口が細るのに、出口の量は増え続けるという、単純だが解消の難しい不均衡がここにあります。工事費を水道料金に転嫁すれば住民の負担が重くなるため、値上げの議論そのものが進みにくいという事情も、耐震化を遅らせる一因になっています。
震度7を観測した宇城市や八代市は、いずれも人口減少が進む地方の自治体です。だからといって、両市がとりわけ怠慢だったと結論づけるのは早計です。むしろ、同じ独立採算制のもとにある全国の自治体が、多かれ少なかれ同じ渦のなかにいると見るほうが、実態に近いはずです。
耐震化が進んでいる自治体があるとすれば、それは人口や税収に恵まれ、投資余力があった結果である可能性が高い。逆に言えば、耐震化率の低さは、その自治体の「やる気」ではなく「体力」を映す鏡になっているのではないでしょうか。
「自治体の計画不足では」という反論への回答
ここまでの話には、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。
「結局それは、計画的に更新投資をしてこなかった自治体の判断ミスではないか」。財政が厳しいのはどこも同じで、優先順位をつけて水道管の耐震化を進めてきた自治体もある。制度のせいにするのは、個々の経営努力を怠ってきたことへの言い訳になる——。この批判は的を射ています。実際、同じ人口規模でも耐震化が進んでいる自治体は存在します。
それでも、私たちはこう考えます。「頑張った自治体は進んでいる」という個別の成功例だけを根拠に語ると、制度そのものの欠陥が見えなくなります。
理由は単純です。人口減少地域ほど耐震化率が低いという傾向が、複数の報道や統計に共通して見られる以上、それは個々の自治体の努力の差だけでは説明しきれません。努力しても追いつけない自治体が、制度上どうしても生まれるのであれば、問題の所在は自治体ではなく制度の設計にあります。
本気で耐震化率を底上げしたいなら、打つ手は「もっと頑張ってください」ではなく、体力の弱い自治体に投資余力を補う仕組みです。
- 人口減少地域の水道事業に対する、国からの財政支援を厚くする
- 近隣の複数自治体で水道事業を広域化し、技術職員と財源を集約する
- 耐震化の進捗を、住民が確認できる形で定期的に公表する(「見える化」で優先順位を上げる)
- 災害拠点病院や避難所につながる管路だけでも、優先的に耐震化する仕組みを制度化する
いずれも、特別な技術は要りません。要るのは、「地中のインフラは、放っておけば誰にも気づかれないまま老いていく」という前提を、制度の側が織り込むことだけです。
あなたは、自分の住む自治体の水道管の耐震化率を知っていますか?
よくある質問
水道管の耐震化はなぜ進まないのですか?
いちばん大きな理由は、水道事業が水道料金だけで運営される独立採算制だからです。人口減少で料金収入が減っても、耐震化にかかる費用は変わりません。さらに水道管は地中に埋まっていて住民の目に触れないため、政治的にも予算の優先順位が上がりにくいという構造があります。
熊本地震で断水が長期化しているのはなぜですか?
水源地から浄水場をつなぐ主要な水道管が断層の近くで被害を受け、修繕が追いつかないためです。日本経済新聞によれば、震度7を観測した宇城市では、災害拠点病院などにつながる水道管の耐震化率がわずか4%にとどまっていました。耐震化されていない管ほど壊れやすく、直すのにも時間がかかります。
水道管の耐震化率は全国でどれくらいですか?
国土交通省によれば、令和4年度末時点で基幹的な水道管路の耐震適合率は全国平均42.3%です。ただし自治体ごとの差は大きく、朝日新聞の報道では病院や避難所につながる水道管の耐震化率が全国平均で47%とされる一方、熊本地震の被災地ではこれを大きく下回る自治体が複数ありました。
まとめ
熊本地震が明らかにしたのは、宇城市という一つの自治体の弱点ではありません。地中に埋まっていて誰の目にも触れない設備は、どれほど重要でも後回しにされやすいという、日本の防災投資全体が抱える偏りです。
水道料金だけで運営する独立採算制のもとでは、人口が減る地域ほど、耐震化に回せる体力を失っていきます。この構造を変えないまま「もっと計画的に」と求め続けても、次に大きな地震が来た場所で、同じことが繰り返されるだけです。
自分の住む街の水道管が、いつ・どこまで耐震化されているか。ほとんどの人は答えられないはずです。その「知らなさ」こそが、地中のインフラが後回しにされ続けてきた理由そのものなのかもしれません。
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