モバイルバッテリーの発火はなぜ止まらないのか、PSEマーク義務化の穴
発火事故のニュースを見て「うちのバッテリーも危ないかもしれない」と思った人は多いはずです。実際、モバイルバッテリーの火災は毎年8月に集中して増えます。しかしそれを「暑いから」で片づけると、いちばん大事な部分を見落とします。法律で表示が義務づけられているPSEマークの裏側で、実は誰もその製品の中身を検査していない場合がある――そんな仕組みが野放しになっているからです。
今年も8月に集中する発火事故
CBCテレビが半年かけて追跡した独自取材によれば、去年1年間に起きたモバイルバッテリーの火災は482件(ごみ収集車・処理施設での出火を除く)にのぼるといいます。取材の中では、東京都内の30代男性が就寝中、枕元に置いたモバイルバッテリーから1メートル近い炎が上がり、消火の際に火傷を負った事例も報じられています。
製品評価技術基盤機構(NITE)の発表では、2020年から2024年までの5年間にリチウムイオン電池搭載製品の事故は1,860件報告され、その約85%が火災に発展しています。製品別ではモバイルバッテリーが361件と最多で、2024年は2022年比で2倍以上に急増しました。NITEは、気温の上昇とともに電池内部の温度が上がりやすくなるため、もっとも暑い8月に事故件数がピークを迎えると説明しています。
📌 出典: CBCテレビ(Yahoo!ニュース)、 製品評価技術基盤機構(NITE)、 経済産業省 電気用品安全法FAQ、 日本経済新聞。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
被害の起き方にも共通点があります。多くの事故は、充電中や就寝中など、持ち主がバッテリーの異変にすぐ気づけない状況で起きています。布団や枕元、カバンの中、車内といった、熱がこもりやすく人の目が届かない場所に置かれたまま高温にさらされ、内部の温度上昇が止まらなくなる「熱暴走」に至るケースが繰り返し報告されています。
ここまでは、多くの報道が伝えている事実です。そして多くの記事は「暑い時期は保冷剤で冷やす」「日陰で保管する」といった使用者側の注意喚起で締めます。それも必要な情報ですが、私たちはそこで止めるべきではないと考えます。なぜ「粗悪品」がこれほど市場に出回り続けているのか、その仕組みのほうが本質的な問題だからです。
PSEマークがあるのに粗悪品が流通する理由
モバイルバッテリーは電気用品安全法の規制対象で、経済産業省によれば「丸形PSEマーク」と届出事業者名の表示が義務づけられています。表示のない製品を販売目的で陳列することは法律で禁止されており、これだけ聞けば十分に安全が担保されているように見えます。
ところが、この制度には見落とされがちな穴があります。経済産業省のFAQによれば、モバイルバッテリーは「特定電気用品以外の電気用品」に区分され、技術基準への適合確認は事業者自身が行う「自己適合宣言」が原則です。第三者機関による検査は依頼することもできますが、法律上は義務ではありません。
PSEマークは「検査に合格した印」ではなく、「事業者が自分で大丈夫だと宣言した印」にすぎない。
CBCテレビの取材は、この穴が実際にどう使われているかを具体的に示しました。転売業者への取材によれば、彼らは別の通販サイトからバッテリーを仕入れて上乗せして売っており、バッテリー本体には会社名が刻印されているものの、その会社は実体のない「もぬけの殻」だったといいます。刻印された広告容量は実際の10分の1程度しかなかった製品もあったと報じられています。
つまり、会社名を刻印すること自体は「PSEマークと届出事業者名を表示する」という法律の要件を形式上満たすためだけに行われており、その会社が実際に製品を検査したかどうかは、法律の建てつけ上、誰も確認していません。表示があることと、中身が安全であることのあいだに、埋まっていない溝があるのです。
電気用品安全法には、より厳格な検査を課す「特定電気用品」という区分もあります。こちらはゴム絶縁電線や電気温水器など、構造上のリスクが特に高いとされる品目が対象で、第三者機関による適合性検査(いわゆる菱形PSE)が義務づけられています。モバイルバッテリーがその対象に含まれていない以上、制度上はどれだけ危険な粗悪品であっても、外部機関の目を一度も通さずに合法的に流通できてしまいます。
経産省の「野放し是正」はなぜ根本解決にならないか
この状況を受け、経済産業省も対策に動いています。日本経済新聞によれば、経産省は安全表示義務に違反している疑いのある事業者に対し、電話やメールで3回連絡しても応答がなかった場合に、その事業者名を公表する取り組みを始めました。事実上「野放し」になっていた現状を是正するための措置だと説明されています。
- 連絡が取れない事業者の名称を公表する(消費者への注意喚起)
- 対象は海外製バッテリーを輸入する国内業者が中心
- 公表は「応答がない業者」への対応であり、製品そのものの事前検査を義務化するものではない
この対策は、確かに一歩前進です。しかし構造の根っこには触れていません。公表の対象になるのは「連絡しても応答しない」事業者だけです。先ほどのCBCの取材のように、実体のない会社名を刻印して法律の表示要件だけを形式的に満たしているケースでは、そもそも誰に連絡すればよいのかという入り口の時点でつまずきます。もぬけの殻の会社に電話をかけても、応答する人間がいません。
さらに、通販サイト側の立場もこの問題をややこしくしています。プラットフォーム事業者は出品者の一つひとつを製品単位で検査する義務を負っておらず、PSEマークと届出事業者名が表示されていれば形式上は出品を止める理由がありません。法律上の「表示義務」は満たされているのに、実質的な安全確認は誰の役割にもなっていない――この空白地帯こそが、粗悪品が繰り返し流通する土壌になっています。
回収の難しさも構造的です。通常、製品事故が起きればNITEや所管省庁が製造・輸入元に回収(リコール)を求めますが、それは連絡が取れて、責任を認める相手がいて初めて成立する手続きです。もぬけの殻の会社を相手に回収命令を出しても、応じる主体そのものが存在しません。同じ手口を使う別の会社名で、同じ製品が翌週には別の通販ページに並び直す。摘発が一つの「点」に対して行われるあいだ、市場という「面」では入れ替わりが続いてしまいます。
「安さを選ぶ消費者の自己責任では」という反論
ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。
「結局、極端に安い製品を選んだ消費者の自己責任ではないか」。PSEマークの有無を確認する、極端に安い大容量品を避ける、レビューを見る――やれることはある。それをせずに買った以上、リスクは織り込み済みのはずだ、という考え方です。実際、価格や販売実績を見て慎重に選べば、防げる被害があるのも事実です。
それでも、私たちはこう考えます。「消費者が気をつければ防げる」という前提そのものが、この問題では成り立ちません。
理由は単純です。正規の会社と「もぬけの殻」の会社を、表示だけを見て消費者が区別する方法が存在しないからです。どちらの製品にも同じ丸形のPSEマークが刻印され、同じように会社名が印字されています。第三者機関の検査を受けたかどうかは製品のどこにも書かれていません。消費者にできる注意と、消費者に見えている情報のあいだには、埋めようのない非対称があります。
「気をつけましょう」を繰り返すだけでは、次に同じ製品を手に取る誰かのリスクは1ミリも下がりません。本気で減らしたいなら、打つ手は「表示があること」と「検査されたこと」を消費者が見分けられる仕組みを作ることのはずです。たとえば第三者検査の受検有無を表示欄で区別する、通販プラットフォームが出品時に届出事業者の実在確認を行う、といった対策が考えられます。いずれも技術的には難しくありません。要るのは、「表示だけでは足りない」という前提を制度の側が認めることです。
モバイルバッテリーを買うとき、PSEマークの表示を確認していますか?
よくある質問
モバイルバッテリーのPSEマークは何を保証していますか?
PSEマークは、電気用品安全法が定める技術基準に事業者自身が適合していると宣言したことを示す印です。経済産業省によれば、モバイルバッテリーは「特定電気用品以外の電気用品」に区分され、適合確認は第三者機関ではなく事業者自身による自己適合宣言が原則です。マークがあることは、外部機関が製品を検査して安全性を保証したことを意味しません。
なぜ8月に発火事故が増えるのですか?
製品評価技術基盤機構(NITE)によれば、リチウムイオン電池は高温にさらされると内部の温度が上がりやすく、真夏の車内や直射日光下での放置が事故の引き金になりやすいためです。気温の上昇に比例して事故件数が増え、8月がピークになる傾向が続いています。
粗悪なモバイルバッテリーを買わないためにできることは?
販売者の会社名や住所が実在するか検索して確認する、極端に安い割に大容量をうたう製品を避ける、PSEマークだけでなく販売実績やレビューの傾向も合わせて見る、といった対策が有効です。ただし個人の注意だけでは限界があり、構造的な対策も必要だというのがこの記事の立場です。
まとめ
モバイルバッテリーの発火は、暑さだけが原因ではありません。PSEマークという「表示」はあっても、その裏側で製品が本当に検査されたかどうかを、誰も確認していない仕組みが続いているからです。
経済産業省が動き始めたのは事実ですが、対象は「連絡しても応答しない業者」に限られ、実体のない会社名を刻印するだけの手口には届きにくいのが実情です。防ぐべきは個人の不注意ではなく、表示と実態のあいだにある溝そのものです。
今日、自分の枕元やベッドサイドに置いているモバイルバッテリーを思い浮かべてみてください。それがどこの会社の、どんな経緯で作られた製品か、あなたは説明できますか。説明できないなら、それは注意力の問題ではなく、確かめる手段がなかっただけかもしれません。
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