部活動の地域移行はなぜ進まない。指導者の正体は「先生」だった
「先生の働き方改革のために、部活動を地域へ移す」。この説明を、もう何年も聞いてきた人は多いはずです。ところが2026年度、実際に休日の部活動を学校から切り離す自治体が出てきた一方で、その指導の担い手を調べていくと、意外な事実にぶつかります。指導しているのは、結局いつもの先生だった、というケースが少なくないのです。
2026年度、部活動の地域移行が「実行段階」に入った
国は2023〜2025年度を、自治体が計画をつくるための「改革推進期間」と位置づけてきました。そして2025年5月、国の「地域スポーツ・文化芸術創造と部活動改革に関する実行会議」が最終とりまとめを公表し、呼び方そのものを「地域移行」から「地域展開」に改めています。2026年度(令和8年度)からは、いよいよ実際に休日の部活動を動かす「改革実行期間」の前期(〜2029年度)に入りました。
この動きは、単なる名称変更では終わっていません。奈良県は「令和8年度から休日における教員の指導による学校部活動を廃止する」という方針を県として示しており、奈良市も含め県内の複数の自治体が、2026年度から休日の学校部活動を原則廃止する動きを進めていると産経新聞奈良版が報じています。つまり今年度は、多くの家庭にとって「そのうち変わる話」から「もう変わった話」に切り替わる年です。
📌 出典: 奈良県公式サイト、 産経新聞奈良県専売会、 笹川スポーツ財団。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
ただし、これを全国一律の話だと思うと実態を見誤ります。笹川スポーツ財団が全国の市区町村を対象に行った調査では、地域展開・地域移行に実際に取り組んでいるのは33.0%にとどまります。検討中を含めれば8割に達しますが、逆に言えば「まだ何も動かせていない」自治体が、いまも過半数を占めているということです。
「指導者不足」の中身を見ると、そこにいるのは先生だった
なぜ多くの自治体が動けずにいるのか。同じ笹川スポーツ財団の調査で、自治体が挙げる課題の1位は「指導者確保」で67.5%にのぼります。ここまでは、これまでも各メディアが繰り返し報じてきた内容です。私たちが注目したいのは、その先です。指導者不足に対して自治体がどう手を打っているかを追うと、ある共通点が見えてきます。
茨城県神栖市の取り組みを伝えた自治体向けメディア「ジチタイワークスWEB」や教育専門紙「教育新聞」の報道によれば、同市では兼職兼業の制度理解を進めることに力を入れており、地域クラブの指導者の約半数を、兼業許可を得た教員が担っているとされています。つまり平日は学校の先生、休日は「地域クラブの指導員」という、同一人物による二重の顔です。
制度の看板は「地域」に変わったのに、グラウンドに立っているのは、結局いつもの先生だった。
これは神栖市に限った話ではありません。国が公表している兼職兼業に関するガイドラインそのものが、教員が兼業許可を得て地域クラブの指導員になることを前提とした制度設計になっています。つまり国の制度自体が、「地域に移す」と言いながら、実際には「同じ先生に、別の身分で指導を続けてもらう」ことを想定した設計になっているのです。
- 地域展開・地域移行の実施率は33.0%(市区町村単位、笹川スポーツ財団調査)
- 自治体が挙げる課題の1位は「指導者確保」67.5%
- 神栖市では地域クラブ指導者の約半数が兼業許可を得た教員(報道ベース)
- 2026年度の関連予算は約139億円(2026年度予算57億円+2025年度補正82億円)
指導者を「地域の民間人材」に置き換えることが本来の狙いだったはずなのに、担い手を探しても見つからず、結局いちばん確実に頼める人材、つまりすでにその競技を教えている教員本人に戻ってしまう。これが、統計上は「指導者確保」という一言で片づけられている現象の、より具体的な中身だと私たちは考えます。
進みが遅い理由は、担い手不足という供給側の事情だけではありません。教育専門紙が報じた保護者調査によれば、保護者の約3割は、部活動を地域ではなく学校で続けてほしいと答えているとされています。送迎の手間や費用負担が増えることへの不安に加え、「顔なじみの先生に見てもらえる安心感」を手放したくないという需要側のためらいも、移行のスピードを鈍らせている一因だと考えられます。担い手を用意しても、保護者や生徒の側に「本当に地域に任せて大丈夫か」という迷いが残っている限り、制度だけを急いで前に進めるのは難しいのです。
それでも地域移行が必要とされる本当の理由
ここまで読むと「だったら地域移行に意味はないのでは」と思うかもしれません。しかし、それでもこの改革が必要とされている理由は、指導者の顔ぶれとは別のところにあります。
第一に、少子化で単独の学校ではチームを組めない競技が増えているという現実です。部員がそろわず廃部になった部活動の受け皿として、複数校の生徒が合同で参加できる地域クラブという枠組みそのものが必要とされています。これは指導者が誰であっても解決できない、学校単体の限界です。
第二に、労働時間の「見える化」という意味があります。同じ先生が休日に指導する場合でも、学校の部活動として顧問を務めるか、兼業許可を得た地域クラブの指導員として指導するかでは、扱いが大きく変わります。前者は無報酬の校務としてなし崩しに時間外労働へ組み込まれがちですが、後者は労働時間として区分され、謝礼という形で対価が発生します。国のガイドラインが厚生労働省の副業・兼業ガイドラインの参照を求めているのも、この線引きを明確にするためです。
第三に、指導を望まない教員が断れる仕組みとしての意味です。国のガイドラインは、教員の意思を尊重し、指導を望まないのに参加を強いられないようにすることを明記しています。これまでの部活動顧問は、実質的に断りづらい校務として割り振られてきた面がありました。兼業という形に切り出すことで、初めて「引き受けるかどうか」を教員自身が選べる建前が成立します。
「結局先生がやるなら意味がない」という反論への回答
この記事に対して、いちばん強い反論を自分で書いておきます。「指導する人間が変わらないなら、看板を掛け替えただけで、教員の負担は何も減っていないのではないか」。実際、教育専門紙の報道でも、地域移行によって先生の負担が本当に減るのかを疑問視する声は根強くあります。休日に指導し、平日は通常の教員業務をこなす生活パターンそのものは、地域移行の前後で変わっていない教員も多いはずです。
この批判は、体感としての負担感に注目する限り正しいと考えます。それでも私たちは、「同じ人が同じ場所にいること」と「何も変わっていないこと」は違うと考えます。理由は、兼業という形に切り出したことで、休日の指導が初めて労働時間として記録・管理され、対価が発生する仕組みに乗った点にあります。これまで「熱意」や「顧問だから」という言葉で片づけられてきた無償労働に、金額と時間という数字がつく。この変化は、体感の負担感がすぐには変わらなくても、将来、労務管理や採用の議論をする際の土台になります。
もう一つ指摘しておきたいのは、この構造が過渡期特有のものである可能性です。地域クラブの運営が軌道に乗り、民間の指導人材が本当に育てば、教員が兼業で穴を埋める必要性は薄れていくはずです。いま起きているのは「制度が失敗した結果」というより、「制度の受け皿がまだ育っていない段階」を映した現象だと見るほうが、実態に近いでしょう。
ただし、この過渡期がいつまで続くのかは、誰も約束していません。改革実行期間の前期だけでも2029年度までの4年間が見込まれており、その間、教員が「兼業指導員」という肩書きで事実上の部活動顧問を続ける状態が常態化してしまえば、負担の所在をあいまいにしたまま制度だけが「完了」した形になりかねません。過渡期を口実にした先送りにならないかどうかは、今後の進捗を見ていく側の私たちが、数字で追い続けるしかありません。
部活動の地域移行、あなたの実感に近いのはどちらですか?
よくある質問
部活動の地域移行(地域展開)とは何ですか?
これまで学校の教員が担ってきた部活動の指導や大会引率を、地域のスポーツクラブや文化芸術団体、民間事業者に委ねていく国の改革です。少子化で単独の学校ではチームを組めない競技が増えたことと、教員の長時間労働を是正することが目的で、国は2025年5月の実行会議の最終とりまとめを機に、呼び方を「地域移行」から「地域展開」に改めています。
部活動の地域移行はなぜ進まないのですか?
笹川スポーツ財団の自治体調査では、実施済みの市区町村は33.0%にとどまり、課題の1位は「指導者確保」で67.5%の自治体が挙げています。指導を担える地域の人材が少ない地域では、結局その学校の教員が休日だけ兼業指導員として指導する形に落ち着くケースが報告されており、担い手そのものを増やす難しさが背景にあります。
部活動の地域移行はいつまでに完了しますか?
国は2023〜2025年度を計画づくりのための「改革推進期間」とし、2026年度(令和8年度)から2029年度までを「改革実行期間」の前期と位置づけています。全国一律の期限はなく、自治体ごとに進み方は大きく異なり、奈良県のように2026年度から休日の学校部活動を原則廃止する方針を示した自治体もあります。
まとめ
部活動の地域移行は、指導者の顔ぶれだけを見れば「変わっていない」ように映る場面が少なくありません。しかし休日の指導が労働時間として記録され、対価が発生する仕組みに乗ったことは、無償の熱意に頼ってきたこれまでの部活動とは、はっきり違う一歩です。
もし自分の子どもが通う学校で部活動の説明会があったら、「誰が教えるか」だけでなく「その人はどんな立場で教えているか」を聞いてみてください。そこに、この改革がどこまで実を結んでいるかの答えがあります。
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