暫定税率を廃止したのに、なぜガソリン補助金は終わらないのか
2026年8月25日、高市首相はガソリン価格を「引き続き170円程度に」抑える方針を表明しました。ニュースを見て「あれ、去年ガソリン税を廃止したはずでは」と思った人は少なくないはずです。減税は実際に実現しました。それなのに、なぜ8か月後の今も「補助金で170円を守る」という同じ構図が続いているのか。この矛盾には、税と補助金という2つの手段の、決定的な使い勝手の差が隠れています。
減税から8か月、また「170円」を守る話に戻った
日本経済新聞によれば、与野党6党は2025年10月31日、ガソリン税に上乗せされてきた旧暫定税率(1リットルあたり25.1円)を同年12月31日付で廃止することで合意し、減税法は11月28日の参院本会議で可決・成立しました。1974年から半世紀続いた道路財源のための上乗せ分が、ようやく消える形になりました。
ところがそれから8か月後の2026年8月25日、高市首相は記者会見で「中東情勢等の対応の予備費を活用して、ガソリン価格を引き続き全国平均リッター170円程度に抑制していく」と述べ、赤沢経済産業相と片山財務相に必要な基金規模を確保するよう指示したとFNNプライムオンライン(Yahoo!ニュース配信)やレスポンスが報じています。
減税したはずなのに、また「補助金で価格を抑える」という同じ話をしている。この違和感こそが、この記事で掘り下げたいテーマです。
📌 出典: 日本経済新聞、 FNNプライムオンライン(Yahoo!ニュース)、 レスポンス。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
なぜ「減税」の効果は消えたのか
実は、減税の恩恵をフルに感じた消費者はほとんどいませんでした。廃止までの移行措置として、政府は2週間ごとに補助金を5円ずつ引き上げ、12月11日には旧暫定税率と同額の25.1円まで到達させていたためです。12月31日に税がゼロになったのと入れ替わりで、それまでの補助金が役目を終えて縮小しました。第一生命経済研究所のコラムが指摘する通り、消費者から見れば「減税と補助金の入れ替え」が起きただけで、価格そのものは大きく動きませんでした。
そこに追い打ちをかけたのが、2026年2月末からのイラン情勢の緊迫化です。ホルムズ海峡の封鎖リスクが意識され、原油価格が急騰しました。ホルムズ海峡の緊張が日本の原油調達コストに直結する構図は本サイトでも取り上げましたが、その影響はガソリンスタンドの店頭価格にも及びました。3月9日時点のレギュラーガソリン全国平均は161.8円まで上昇し、4週連続の値上がり。一部のスタンドでは196円に達したとの報道もあります。
3月11日の会見で高市首相は「ガソリン価格が200円を超える水準となる可能性も否めない」と危機感をあらわにし、内閣官房の資料によれば政府は3月19日出荷分から「中東情勢を踏まえた緊急的な激変緩和措置」を再開し、全国平均を170円程度に抑える方針を打ち出しました。せっかくの減税分は、原油高という別の力によって帳消しにされたというのが実態です。
減税は一度きりの手柄で終わるが、補助金は原油が動くたびに何度でも「守った」と言える。
なぜ政府は「もう一度減税」ではなく「補助金」を選ぶのか
原油高で価格が上がるなら、素直にもう一段の減税をすればいいはずです。実際、ガソリン税をさらに下げられる「トリガー条項」という制度もすでに存在します。それでも政府が選び続けているのは、恒久的な減税ではなく機動的な補助金です。ここに、この記事でいちばん言いたい構造があります。
- 税率の変更には国会と法改正が要る。今回の暫定税率廃止も、与野党6党の合意(10月31日)から施行(12月31日)まで2か月かかりました
- 補助金は2週間ごとに単価を見直せる。実際に廃止までの移行期も、5円刻みで柔軟に金額を動かしていました
- 財源も予備費で機動的に賄える。日本経済新聞によれば、政府は2026年3月24日、2025年度予算の予備費からガソリン補助に約7948億円、タクシー用LPガス補助に58億円、計8007億円を充てることを閣議決定しました。国会の事前議決を経ずに、閣議決定だけで動かせる予算です
- 「170円を守った」という成果は、原油価格が動くたびに何度でも打ち出せる。減税は一度実行すると政治的な手柄としては「完了」してしまい、次の値上がり局面で再び効いてくれるわけではありません
トリガー条項という「もう一つの減税カード」が使われない理由も、同じ構造で説明できます。Wikipediaの記述によれば、トリガー条項は2011年4月、東日本大震災の復興財源確保を理由に凍結され、以来一度も発動されていません。弁護士JPニュースの解説では、凍結解除には国と地方で年1.5兆円規模の代替財源が必要になることや、価格が急変することへの混乱への懸念が、凍結が続く理由として挙げられています。税を動かす選択肢は、使うたびに巨大な調整コストが発生するため、政府は最初からその選択肢を温存したまま、補助金という裁量的な手段だけを繰り返し使っているのです。
実際、財源のやりくりは綱渡りに近づいています。西日本新聞(Yahoo!ニュース配信)によれば政府内試算で月間の補助金支出は約5000億円規模に膨らみ、経済産業省の発表を伝えたTBS(Infoseekニュース)によると、6月分の支出だけで財源が1700億円減り、7月末時点の残高は2100億円まで細っていました。2026年度補正予算にも追加のガソリン対策費が計上され、日本経済新聞は日本のガソリン価格が主要7か国(G7)で最も安い水準を維持していると伝える一方、財源のやりくりは自転車操業に近い状態が続いています。
「中東情勢のせいだから仕方ない」という反論への応答
ここまでの見立てに対して、当然出てくる反論があります。「原油高は中東情勢という外的要因であり、日本の政策の失敗ではない。どの国でも起こりうる資源価格の変動に、機動的な補助金で対応するのは合理的な判断ではないか」というものです。実際に日本経済新聞は、こうした補助金政策の効果もあって日本のガソリン価格がG7の中で最も安い水準にあると報じています。この点だけ見れば、政府の対応は一定の成果を上げているとも言えます。
それでも、私たちはこう考えます。問題は「補助金という手段を使うこと」自体ではなく、「いつまで、誰の負担で続けるのか」という出口が一度も示されないまま延長が繰り返されている点です。3月の閣議決定で確保したはずの8007億円は、わずか数か月で枯渇に近づき、補正予算での積み増しが必要になりました。しかもこの資金は、国会の事前審議を経ない予備費から支出されており、複数の報道で野党から「国会軽視だ」との批判が出ています。緊急対応として始まった措置が、いつの間にか半年以上にわたる常態運用になっている実態は、「外的要因だから仕方ない」という説明だけでは片づけられません。
加えて、日本総研の分析は、ガソリン補助金には公平性の課題もあると指摘しています。2024年時点でガソリンを購入した二人以上世帯は全体の約6割にとどまり、残る4割は補助金の恩恵をほとんど受けられません。車を持たない世帯やそもそも運転をしない世帯には届かない対策に、原油価格が動くたびに数千億円単位の税金が投じられ続けている構図は、物価高対策としての減税がなかなか国民に届いていないという構造とも重なります。「合理的な緊急対応」だったはずの措置が、出口を示さないまま恒常化していくこと自体が、この問題のいちばんの核心だと考えます。
今のガソリン価格対策、あなたはどちらを支持しますか?
よくある質問
なぜガソリン税を廃止したのに、また補助金が必要になったのですか?
廃止されたのは1リットルあたり25.1円分の上乗せ税率で、税負担を恒久的に減らす措置でした。ところが2026年に入り中東情勢の緊迫化で原油価格そのものが急騰し、減税分がほぼ相殺されてしまいました。政府は原油高そのものへの対応として、税制とは別に補助金による価格抑制を選びました。
トリガー条項とは何ですか?なぜ使われないのですか?
ガソリン価格が一定水準を超えたときに上乗せ税率を停止する制度ですが、2011年に東日本大震災の復興財源確保を理由に凍結されて以来、一度も発動されていません。発動すると国と地方で年1.5兆円規模の減収になることや、価格が急変することへの混乱懸念が、凍結が続く理由とされています。
ガソリン補助金の財源はどうなっていますか?
2026年3月に2025年度予算の予備費から約8007億円が充てられましたが、月間の支出規模が想定を上回って拡大したため資金は目減りし、2026年度補正予算でも追加の予算が計上されました。国会の事前審議を経ずに使える予備費に頼る手法について、野党からは審議が不十分だとする批判が出ています。
まとめ
減税と補助金は、どちらも「ガソリンを安くする」という同じ目的のための手段です。しかし実行のスピードと、政治的な使い勝手はまるで違います。税率を動かすには国会と法改正という重いプロセスが必要なのに対し、補助金は2週間ごとに単価を見直せる裁量的な措置です。
政府が繰り返し補助金に頼るのは、原油価格が動くたびに機動的に打てるカードが、実質的にそれしか用意されていないからだと考えられます。トリガー条項という恒久策のカードは、15年前に凍結されたまま今も温存されています。
次に「ガソリン170円を維持」というニュースを目にしたときは、「また補助金か」で終わらせず、「なぜ政府は補助金しか選べないのか」という視点で眺めてみてください。そこに、この国の財政と税制がどれだけ機動力を欠いているかという、もう一つの構造が透けて見えてきます。
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