住民税非課税世帯の給付金、なぜ資産家にも届くのか

住民税非課税世帯、資産8000万でも給付金の理由
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

貯金8000万円でFIREした53歳男性が、住民税非課税世帯として給付金を受け取っている——そんな相談がYahoo!ニュースに載り、「制度上は問題ない」という結論に、かえって多くの人がモヤモヤを募らせました。年金だけで暮らす高齢者を支えるための制度が、なぜ資産家の懐にも届いてしまうのか。答えは、この制度が最初から「何」を見て「何」を見ていないかという、設計の話に尽きます。

8000万円貯金でも「非課税世帯」という現実

きっかけは、Yahoo!ニュースに掲載されたファイナンシャルフィールドの相談記事でした。53歳の兄が貯金8000万円を持ちながらFIRE(早期退職)し、住民税非課税世帯として給付金を受け取っている。相談を寄せた弟は「資産があるのに不正ではないか」と疑問を投げかけていました。

記事の結論はこうです。住民税非課税世帯の優遇措置や給付金には資産や貯金額の条件がなく、制度上は問題なく不正でもない。法的にはその通りです。ですが、この「問題ない」という一言が、逆に多くの読者の違和感を強めました。困っている人を支えるはずの制度が、なぜ資産家にも同じ扉を開けてしまうのか。ここに答えていない結論だからです。

📌 出典: Yahoo!ニュース(ファイナンシャルフィールド)第一生命経済研究所 熊野英生氏レポート。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

この相談は、Yahoo!ニュースのアクセスランキングでも上位に入るほど読まれました。多くの人が引っかかったのは、金額そのものよりも「制度上は問題ない」という結び方だったはずです。違法でも不正でもないのに、なぜこんなに落ち着かない気持ちになるのか。その答えは、次に見る制度の設計にあります。

判定基準は「資産」ではなく「前年の所得」

住民税非課税世帯の目安は、単身世帯で前年の合計所得がおおむね年収110万円以下、夫婦二人世帯で156万円以下とされています。ここで押さえるべきは、この判定が資産の残高ではなく、前年1年間の「所得」だけを見て行われるという点です。預金通帳にいくら残っているか、保有株式の時価がいくらかは、制度上まったく問われません。

さらに見落とされがちなのが、株式運用の扱いです。NISA口座での運用益はそもそも非課税で申告の対象外ですし、源泉徴収ありの特定口座で得た利益も、確定申告をしない選択ができます。つまり株で利益を得ていても、申告さえしなければ「所得」としてカウントされないことがあります。資産を切り崩しながら生活していても、切り崩した元本そのものは所得ではないので、同じことが起こります。

  • 全世帯の24.2%、約1381万世帯が住民税非課税世帯(第一生命経済研究所調べ)
  • そのうち74.7%が65歳以上で、大半が年金生活世帯
  • 無職の高齢者世帯の年間収入は307万円、勤労者世帯の656万円の半分以下
  • 2020年以降、10万円給付(2020〜22年)、3万円(23年夏)、7万円(23年末〜24年始)、3万円(24年11月)と、給付がほぼ毎年繰り返されている

そもそも年金生活者に非課税世帯が多いのは偶然ではありません。65歳以上には「公的年金等控除」として年間110万円の控除枠があり、年金収入がこの範囲に収まる人は自動的に所得がゼロに近くなります。制度は、年金だけで暮らす高齢者を非課税にするために作られた枠です。ところが、この枠の入り口には「年金以外の収入や資産をどれだけ持っているか」を確認する仕組みが付いていません。年金収入で作られた入り口を、株式や貯金で作った低所得も同じように通れてしまうのです。

この数字が示す通り、非課税世帯の主役は本当に生活が苦しい年金生活者です。しかし「所得だけを見る」という同じ入口から、資産形成に成功した少数のFIRE層も入ってこられてしまう。ここが今回の相談が突いた構造です。本当に所得が少なく苦しい人と、所得だけを小さく見せられる人が、制度の外からは区別できません。

本当にずるいのは「人」ではなく「入り口」

ここで立ち止まって考えたいのは、責める矛先です。8000万円を貯めた本人は、法律で決められた仕組みを利用しただけで、何も違反していません。NISAを使うことも、確定申告をしない選択も、国が用意した制度です。個人のモラルを疑っても、次に同じ立場に置かれた別の人が同じ行動を取る確率は変わりません。

ずるいのは資産を隠した個人ではない。資産を測らない制度の入り口だ。

問題は、この制度が「フロー(その年に得た所得)」しか見ておらず、「ストック(積み上がった資産の総量)」を一切見ていないという設計そのものにあります。年金以外に収入がない高齢者と、金融資産で悠々自適に暮らす人が、同じ「所得ゼロに近い人」として同じ扱いを受ける。これは制度が悪意を持って優遇しているのではなく、単に資産という物差しを持っていないだけです。

この構造は、これから縮まるどころか広がっていく可能性があります。2024年に始まった新NISAは、生涯にわたって非課税で運用できる枠が1800万円まで拡大しました。この枠の中で得た利益は、金額がいくら大きくなっても申告の対象になりません。つまり制度が「資産を測らない」だけでなく、「資産を非課税のまま増やす手段」まで用意している状態です。新NISAの利用者が年々増えるほど、所得は低いのに資産は厚いという層は、今回のケースより増えることはあっても減ることはないはずです。

同じように所得を基準に線引きする制度のひずみは、106万円の壁のような「働き方の壁」問題とも根っこが同じです。基準線の内側と外側で扱いが急に変わる制度は、線のすぐ外側にいる人に不公平感を生みやすいという点が共通しています。違うのは、106万円の壁が「働くほど損をする」という形で表面化するのに対し、非課税世帯の判定は「資産を持つほど得をする」という、逆向きのひずみを生んでいる点です。

実際、2026年度の給付はすでに国による全国一律の実施を終え、各自治体が財源を工夫しながら独自に金額と時期を決める形に変わっています。判定基準そのものも、給与収入の目安を100万円以下から110万円以下へ引き上げる自治体が出てきており、対象になる世帯は今後もじわじわと広がる方向にあります。基準を動かすたびに、この記事で見てきた「入り口のひずみ」も一緒に広がっていくことになります。

「制度上問題ないなら批判は筋違い」という反論

ここまでの主張に対して、当然強い反論があります。自分で書いておきます。

「非課税世帯の4分の3は65歳以上の年金生活者で、本当に生活が苦しい人たちだ。ごく一部の例外を取り上げて『ずるい』と騒ぐのは、その大多数の困窮者にまで疑いの目を向けさせる逆効果ではないか」。この指摘は正しいと思います。実際、無職高齢者世帯の年間収入307万円という数字は、決して余裕のある暮らしではありません。声高に「非課税世帯はずるい」と言い立てることが、本当に支援を必要としている人への偏見を強めるリスクは現実にあります。

補足: 記事で紹介した8000万円の事例は、相談者から寄せられた匿名の個別ケースとして報じられたものです。実在の人物を特定する情報ではなく、金額や状況はメディアの報道内容に基づいています。

それでも、私たちはこう考えます。この反論は「批判するな」の理由にはなっても、「制度を変えなくていい」の理由にはならないということです。むしろ逆です。資産を測らない入り口を放置し続ければ、「非課税世帯=ずるい人がいる」というイメージが広がり、本当に困っている年金生活者への視線まで厳しくなります。つまり少数の抜け穴を放置することは、大多数の困窮者を守ることにも逆行します。

責めるべきは「非課税世帯という立場の人」ではなく、20年以上ほぼ手つかずのまま残ってきた「所得だけを見て、資産を見ない」という判定方法そのものです。ここを直さない限り、給付のたびに同じ違和感が繰り返されます。

もちろん、資産を正確に把握する仕組みを一から作るのは簡単ではありません。銀行口座や証券口座は複数の金融機関に分散しており、行政が全体像を捕捉するには相応のコストとマイナンバーとの連携が要ります。ただし、2026年度の給付が国の一律実施から自治体ごとの独自運用に変わったことは、見方を変えれば基準を作り直す機会が生まれたとも言えます。所得だけを見る全国一律の物差しに、簡易な資産の申告を一段加えるだけでも、今回のような違和感の多くは解消に向かうはずです。

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出典: 脱・税理士スガワラくん(YouTube)

給付金の判定に、所得だけでなく資産(貯金・株式)も加えるべきだと思いますか?

よくある質問

住民税非課税世帯とはどんな世帯ですか?

住民税の所得割・均等割がともに非課税になる世帯のことです。目安は単身世帯で前年の合計所得が概ね年収110万円以下、夫婦二人世帯で156万円以下とされ、判定は資産ではなく前年の所得で行われます。

貯金や株式などの資産があっても住民税非課税世帯になれるのはなぜですか?

住民税非課税世帯の判定は前年の合計所得だけを基準にしており、預金残高や保有株式の時価といった資産の総量は考慮されないためです。所得が基準以下であれば、資産の多寡にかかわらず対象になり得ます。

NISAで得た利益はなぜ非課税世帯の判定に影響しないのですか?

NISA口座での運用益はもともと非課税で、確定申告の対象になりません。源泉徴収ありの特定口座で得た利益も申告不要を選べるため、実際に利益があっても住民税の計算上の所得には算入されないことがあります。

まとめ

住民税非課税世帯の給付金は、資産ではなく所得だけを見て配られています。この設計自体は、年収307万円で暮らす年金生活者を支えるために必要なものです。ただし同じ入口から、資産形成に成功した少数の人も入ってこられる。今日から変えるべきは、8000万円を貯めた個人への視線ではなく、資産をまったく測ろうとしない判定方法のほうです。

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