第3号被保険者はなぜ40年も廃止できないのか、繰り返される「先送り」の本当の理由
「専業主婦はずるい」。そう言われ続けてきた第3号被保険者制度の見直しが、2026年9月4日、また動き出した。厚生労働省が有識者検討会の初会合を開き、約604万人の対象者について実態調査を始めるという。だが、この制度が見直しの俎上に載ったのは、実は今回が初めてではない。20年以上前から同じ議論が繰り返され、そのたびに結論は先送りされてきた。これほど「不公平」だと分かっている制度が、なぜいつまでも変わらないのか。
いま、この議論が再燃している
2026年9月4日、厚生労働省は「第3号被保険者制度」の見直しを検討する有識者検討会の初会合を開いた。時事通信によれば、検討会はまず約2万人を対象に、収入や働き方の実態調査を行うところから始めるという。今年度中に論点を整理し、2030年に予定される次期年金制度改正への反映を目指す方針だ。
第3号被保険者とは、厚生年金に加入する会社員や公務員に扶養される配偶者のことだ。年収が原則130万円未満などの要件を満たせば、自分では保険料を1円も納めずに老齢基礎年金を受け取る権利を得られる。財源は、配偶者が加入する厚生年金制度全体で賄われている。時事通信の報道では、対象者は2025年度末時点で約604万人。制度がもっとも多くの人を抱えていた1995年度末と比べると、共働き世帯の増加を背景にほぼ半減した。しかも98%が女性で、そのうち約半数がパートなど短時間労働者だという。
この制度をめぐっては、社会保険に加入する年収の壁である「106万円の壁」の議論とも地続きだ。106万円の壁が2026年10月に撤廃されるのと同じ流れの中で、第3号被保険者そのものをどうするかが、次の焦点になっている。
「専業主婦がずるい」論の限界
ネット上でこの制度を語るとき、もっとも頻繁に出てくる言葉が「ずるい」だ。共働き世帯は夫婦そろって保険料を払い続けているのに、専業主婦(第3号被保険者)は保険料を1円も納めず、同じように老齢基礎年金を受け取れる。単身世帯や、個人事業主に扶養される配偶者(第1号被保険者)にはこの優遇がない。負担と給付のバランスだけを見れば、この指摘には筋が通っている。
ただし、この制度は最初から「専業主婦を優遇するため」に作られたわけではない。1986年の創設時に掲げられていたのは、「婦人の年金権の確立」という理念だった。それ以前、専業主婦の国民年金加入は任意で、加入しなかった妻が離婚すると、老後の年金保障を何も持たないまま放り出されるケースが少なくなかった。第3号被保険者制度は、稼得所得を持たない妻にも自分名義の年金権を保障する仕組みとして生まれたのだ。
この制度が変わらないのは、誰かが得をしているからではなく、誰も「損をする側」を引き受けたがらないからだ。
つまり、この制度は「専業主婦への優遇」と「女性の年金権の保障」という、性格の異なる2つの顔を同時に持っている。「ずるいか、ずるくないか」という二項対立だけでは、この制度がなぜ40年近く変えられずにきたのかを説明しきれない。共働き世帯が増え、対象者がすでに半分に減っている今も見直しが進まない理由は、もっと構造的なところにある。
40年、なぜ「廃止」ではなく「先送り」なのか
第3号被保険者制度の見直しは、実は2000年代から繰り返し議論されてきたテーマだ。第一生命経済研究所のレポートによれば、2001年の「女性の年金検討会」報告書で複数の見直し案が示された後、厚生労働省は2002年12月に4つの改革案を提示した。しかし2003年9月の社会保障審議会年金部会では、結局「結論は出ず、当面は現状維持で進める」との意見にとどまった。
その後も見直しの機運は何度か高まった。
- 2012年の社会保障・税一体改革では、第3号被保険者制度が「残された課題」として指摘されたが、結論には至らなかった
- 2015年前後からの社会保障審議会年金部会では、共働き世帯の増加と女性の就業促進を踏まえ、「将来的に縮小していく方向性」を共有するにとどまった
- 2025年6月に成立した年金制度改正法でも、第3号被保険者制度そのものの廃止は見送られた。かわりに、2026年10月から短時間労働者が社会保険に加入する際の企業規模要件と月収8.8万円の賃金要件を撤廃し、加入対象を広げることで、第3号被保険者を実質的に減らす方式が採られた
- そして2026年9月、新たな有識者検討会が発足し、議論は再び2030年の次期改正へと持ち越された
並べてみると分かるのは、この制度が一度も「廃止」という決着を迎えたことがなく、そのたびに「もう少し様子を見る」という判断が積み重ねられてきたという事実だ。理由は3つ考えられる。
第一に、制度を今すぐ壊すコストが、変えないコストより見えやすいことだ。廃止すれば、現に第3号被保険者である604万人の保険料負担や年金額が即座に変わる。一方、「変えない」ことで生じる不公平は、共働き世帯の中でじわじわと蓄積するだけで、政治的な決断を迫る形にはなりにくい。第二に、財源の構造が複雑なことだ。第3号被保険者の給付は厚生年金全体で支えられており、廃止すればその分を誰が肩代わりするのかという新しい対立が生まれる。第三に、対象者がすでに自然に半減していることだ。共働き世帯の増加という社会の変化が、制度そのものを縮小させてくれている以上、あえて政治的摩擦の大きい「廃止」を選ばなくても、放っておけば制度は縮んでいく、という判断が働きやすい。
2026年10月からの適用拡大も、この延長線上にある。「廃止する」のではなく「対象になる人を減らす」という手法は、2003年の年金部会以来、この制度が繰り返し選んできたやり方そのものだ。
「今すぐ廃止すべきだ」という反論への回答
ここまでの整理に対しては、当然強い反論がある。自分で書いておく。
「先送りを構造として説明したところで、不公平が今も続いている事実は変わらない。共働き世帯は保険料を払い続けている間に、専業主婦は無償で年金権を積み増している。悠長に構造論を語っている場合ではなく、さっさと廃止すべきだ」。この批判は正しい。実際、対象者が半減してもなお制度が残っているという事実は、先送りの言い訳がもう通用しないところまで来ていることを示している。
それでも、私たちは「今すぐ全廃」には慎重であるべきだと考える。理由は、第3号被保険者604万人の中には、これから働き方を変えられる人だけでなく、すでに高齢で就労が難しい専業主婦や、介護・育児でフルタイム就労が困難な人も含まれているからだ。制度を急に廃止すれば、こうした人たちが無年金・低年金のリスクに一気にさらされる。年金のような長期の制度変更には、必ず経過措置と移行期間が必要になる。
本気で不公平を是正したいなら、必要なのは「廃止か存続か」という単純な二択ではなく、誰にどれだけの移行期間を与え、その間の年金権をどう保障するかという設計だ。2026年9月に始まった検討会が、2003年の年金部会と同じ「結論は出ず」で終わるのか、それとも今度こそ具体的な移行プランを示せるのか。40年続いた先送りの歴史が、初めて動くかどうかの分岐点は、ここにある。
第3号被保険者(主婦年金)制度、あなたはどちらだと思いますか?
よくある質問
第3号被保険者とは何ですか?
会社員や公務員に扶養される配偶者が、自分で保険料を納めなくても老齢基礎年金を受け取れる仕組みです。1986年、専業主婦の年金権を確立する目的で創設されました。対象者の98%が女性で、2025年度末時点で約604万人います(時事通信)。
第3号被保険者はいつ廃止されますか?
2026年9月時点で、廃止の時期は決まっていません。厚生労働省は同年9月4日に有識者検討会の初会合を開き、約2万人を対象に収入や働き方の実態調査を行ったうえで、2030年の次期年金制度改正への反映を目指すとしています(時事通信)。
制度は今後どうなる見込みですか?
制度そのものの廃止よりも、対象者を減らす形での縮小が続く見通しです。2025年に成立した年金制度改正法により、2026年10月からは短時間労働者が社会保険に加入する際の企業規模要件と月収8.8万円の賃金要件が撤廃され、対象者はさらに絞られます。
まとめ
第3号被保険者制度は、「専業主婦がずるいか、ずるくないか」という感情的な対立で語られがちだ。しかし実際にこの制度を40年近く動かせずにきたのは、廃止のコストが見えやすく、変えないコストが見えにくいという、日本の制度改革によくある力学だった。
2026年9月に始まった検討会が、2003年の年金部会の二の舞になるのか、それとも今度こそ具体的な移行プランへとたどり着くのか。「先送り」という選択そのものが、実はいちばん政治的に楽な選択だったという事実を踏まえたうえで、この議論の続報を見ていく必要がある。年金額が実質目減りし続けている現状とあわせて考えると、この制度の見直しが先送りされるたびに割を食うのが誰なのかが、いっそう見えてくるはずだ。
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