保育園でのいじめが「いじめ防止対策推進法」の対象外とされる本当の理由

【解説】保育園のいじめが「対象外」の理由、法の穴の正体
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

「しね ばか だいきらい」。折り紙にそう書かれた手紙を、横浜市の保育園に通っていた5歳の男の子が受け取っていました。第三者委員会はこれを「いじめに相当する行為」と結論づけましたが、「いじめ」そのものとは呼びませんでした。同じ言葉を、同じ年齢の子が小学校で受け取っていたら、扱いはまったく違っていたはずです。この差はどこから来るのでしょうか。

横浜と渋谷、二つの「いじめに相当する行為」

2026年9月8日、横浜市は市内の認可保育園で起きた問題について、専門家や弁護士でつくる第三者委員会の検証結果を公表しました。毎日新聞によれば、当時5歳だった男児は2024年度、体形をからかわれたり「ママ消えればいい」と言われたりしたのに続き、卒園間近の2025年3月には「しね ばか だいきらい」と書かれた折り紙の手紙を渡され、「ゴキブリをつけてやる」と言われていました。

第三者委員会は、この行為について「年齢を除けば、いじめ防止対策推進法が定めるいじめの要件を満たす」としたうえで、「いじめに相当すると考えられる行為」と位置づけました。園については、ネグレクト(放置)とまでは認定しなかったものの、手紙の存在を把握してから約2週間も保護者に報告しなかった点を「事案の重大性の認識に欠けていた」と指摘しています。

実は同じ構図は、横浜市が初めてではありません。東京新聞の報道によれば、渋谷区の私立幼稚園でも、当時6歳の男児が複数の同級生から殴る蹴るの被害を受け、対応を求めた父親に対して園が退園を促すという事案がありました。窓口担当者から出た説明は「幼稚園は、いじめの法律の対象外ですから」という一言だったといいます。父親が起こした請願は2024年3月、渋谷区議会で全会一致で採択されました。

📌 出典: Yahoo!ニュース(毎日新聞配信)東京新聞デジタルこども家庭庁文部科学省。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

こども家庭庁によれば、小・中・高等学校及び特別支援学校で確認されているいじめの認知件数は年間約77万件にのぼります。これは学校が「把握し、報告する」義務を法律で負っているからこそ集計できる数字です。一方、保育園や幼稚園には同種の集計義務がありません。全国で今この瞬間、同じような手紙や言葉が何件やり取りされているのか、行政側もそもそも数える手段を持っていないのです。

法律が「学校」しか見ていない理由

いじめ防止対策推進法の第2条は、「いじめ」の対象となる「児童等」を「学校に在籍する児童又は生徒」と定義しています。保育園や幼稚園に通う子は、この定義の外にいます。ここだけを見ると、単なる立法ミスや配慮不足のように思えます。しかし、成立の経緯をたどると、話は少し違って見えてきます。

同法は、2011年に滋賀県大津市で中学2年の男子生徒がいじめを苦に自殺した事件をきっかけに、与野党6党が共同で提出し、2013年に成立しました。この法律が持つ最大の武器は、心構えを説くことではなく、学校という組織に義務を課すことにあります。学校いじめ防止基本方針の策定義務、重大な被害が疑われる際の調査義務、教育委員会への報告ルート。これらはすべて、「学校」という、全国どこでも同じ形で存在する制度的な器があって初めて機能する仕組みです。

具体的には、第28条が「重大事態」を2種類定めています。いじめによって生命・心身・財産に重大な被害が生じた疑いがある場合と、いじめによって年間30日程度を目安に学校を欠席することを余儀なくされている疑いがある場合です。文部科学省の運用指針では、連続して欠席が続くような深刻なケースは、30日を待たずに調査へ着手すべきだとされています。この「日数」という物差し自体、毎日決まった時間に登校する学校という制度があって初めて成立します。保育園に週3日だけ通う子、時短で早退する子には、そもそも同じ物差しを当てはめられません。

「対象外」は見落としではない。学校という組織を名指しで縛るために作られた法律だからだ。

裏を返せば、この法律は子ども同士のトラブル一般を扱う法律ではなく、学校という組織に説明責任を果たさせるための法律として設計されています。保育園・幼稚園を書き忘れたのではなく、そもそも「学校教育法上の学校」を名宛人にする形でしか、この法律は組み立てられていないのです。

保育園を管轄する法律は、そもそも設計思想が違う

横浜市が今回、いじめ防止対策推進法ではなく児童福祉法に基づいて第三者委員会を設置したのは、この違いを象徴しています。児童福祉法は本来、虐待やネグレクトなど、大人から子どもへの加害を想定して作られてきた枠組みです。子ども同士のトラブルをどう調査し、どう再発防止につなげるかという手続きは、学校向けの法律ほど整理されていません。

だからこそ、横浜市の第三者委員会は「いじめ」ではなく「いじめに相当すると考えられる行為」という、聞き慣れない言い回しを使うしかありませんでした。呼び方に困るというのは、実務上の手続きがそこに用意されていないことの表れでもあります。

  • 学校向けには重大事態調査の義務があるが、保育園・幼稚園には法律上の義務がない
  • 対応するかどうか、どこまで調査するかは自治体や園の判断に委ねられている
  • 渋谷区のケースでは、当初「じゃれあいの延長」として扱われかけた
  • 結果として、同じような被害でも、園や自治体によって対応の重さが変わる

子どもの発達段階は、5歳と13歳でまったく違います。法律を単純にコピーして年齢を引き下げれば済む話ではありません。それでも、「誰が」「いつまでに」「何を調査し」「誰に報告するか」という手続きの骨組みが存在しない状態のままでは、今回のように「把握してから報告まで2週間」というような対応の遅れが、繰り返し起きてしまいます。

保育所の運営指針である「保育所保育指針」は、子ども同士の関わりを「健康」「人間関係」「環境」「言葉」「表現」という5つの発達領域の一つとして位置づけています。これは、いじめのような問題行為をどう認知し、誰にいつまでに報告するかという手続き的な文書ではなく、子どもの育ちをどう支えるかという発達支援の文書です。目の前で起きていることを「発達の一過程」として見守るべきか、「問題行為」として記録し上に報告すべきかの線引きは、指針の外側、つまり個々の保育士や園長の裁量に委ねられています。同じような手紙が渡されても、ある園ではその日のうちに保護者へ連絡が行き、別の園では「よくあること」として流れてしまう。これは現場の善意や能力の差というより、拠り所となる手続きが用意されていないことの帰結だと考えます。

「5歳児の喧嘩を法律で縛るな」という反論

ここで、当然出てくる反論を先に書いておきます。「5歳児同士のけんかや意地悪は、成長過程で自然に起きるもの。それを『いじめ』として法律で縛り、記録に残すことは、子どもの育ちに対する大人の過剰反応ではないか」という見方です。何かトラブルが起きるたびに「いじめ認定」を求める空気は、園や保育士を萎縮させ、かえって現場を委縮させるという指摘には一理あります。

それでも、私たちはこう考えます。法律が縛るべきなのは、子どもの行動そのものではなく、それを把握した大人がどう動くかという部分です。実際、横浜市の第三者委員会が問題視したのは、5歳児が手紙を書いたこと自体ではなく、園がその手紙を把握してから保護者へ報告するまでに約2週間かかったという、大人側の初動の遅さでした。法整備が必要なのは子どもを罰するためではなく、気づいた大人が動くまでの時間を、園や自治体の裁量任せにしないためだと考えます。

学校向けの法律がすべて正解というわけでもありません。文書化・調査義務・第三者委員会という仕組みは、時に学校現場を萎縮させ、些細なけんかまで大がかりな「重大事態」として扱ってしまう副作用も指摘されています。保育園・幼稚園にそのまま同じ重さの手続きを持ち込めば、今度は保育士が子どもを見る時間より書類を書く時間の方が長くなりかねません。必要なのは学校向けの重い手続きの丸ごとの移植ではなく、「誰が」「何日以内に」「誰に伝えるか」という最小限の初動ルールを、保育・幼児教育の現場に合わせて別途つくることだと考えます。

補足: 横浜市のケースは主に言葉による心理的な被害、渋谷区のケースは身体的な被害と、内容には幅があります。「未就学児のいじめ」とひとくくりにできる問題ではなく、対応のあり方も一律には語れない点には注意が必要です。

保育園・幼稚園のいじめ、今の「対象外」のままでいいと思いますか?

よくある質問

いじめ防止対策推進法はなぜ保育園や幼稚園を対象外にしているのですか?

同法第2条が定める「いじめ」の対象は「学校に在籍する児童又は生徒」に限られているためです。同法は2011年の大津市中学生いじめ自殺事件をきっかけに2013年に成立し、学校の重大事態調査義務など、学校教育法上の仕組みを前提に設計されました。保育所や幼稚園は児童福祉法など別の枠組みに属するため、対象に含まれていません。

保育園でいじめのようなことがあった場合、どこに相談すればいいですか?

法律上の統一した相談窓口はまだありません。まずは園に事実確認と記録を求め、対応に納得できない場合は市区町村の子ども家庭支援担当窓口や児童相談所に相談する方法があります。横浜市のケースでは、市が児童福祉法に基づく第三者委員会を設置して調査しました。

未就学児のいじめを法律の対象にする動きはありますか?

渋谷区では2024年3月、未就学児のいじめ実態調査などを求める請願が区議会で全会一致で採択されました。国レベルでの法改正は実現していませんが、自治体単位の動きやオンライン署名活動が広がりつつあります。

まとめ

「いじめに相当する行為」という回りくどい言葉は、便利な逃げ道ではありません。今の法律がどこまでを見ていて、どこを見ていないかを、いちばん正直に映した表現です。保育園や幼稚園でこの言葉が使われるたび、私たちは同じ構造の欠落を思い出すことになります。子ども同士の関係が変わったのではなく、法律が追いついていないだけです。今日もどこかの園で、同じような手紙が書かれているかもしれません。それに気づいた大人が2週間迷わずに動けるかどうかは、今のところ現場の裁量にかかっています。

いじめや嫌がらせを「法律がどう線引きするか」という論点は、職場のパワハラにも共通します。あわせてパワハラの定義と6類型、厚労省の基準もご覧ください。法律が制度の隙間を埋めきれずに問題化した例としては、Meta和解2.8兆円はなぜ日本で起きない、法律の穴の正体も参考になります。

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