自作フィギュアの著作権論争、なぜ絵なら許されて立体だと叩かれるのか
「欲しいのに、どこも売り切れだったから作った」。そんな理由で3Dプリンターが生んだフィギュアが、SNSで思わぬ議論を呼んでいます。投稿者は「販売も配布も、もちろんしません」とはっきり書いていました。それでも批判は止まりませんでした。同じキャラクターを描いたイラストなら、ここまで燃えることはまずありません。絵なら許されて、立体だと叩かれる。この境界線の正体を追うと、著作権法の条文だけでは説明がつかない場所にたどり着きます。
売り切れグッズを自作したら、何が起きたか
発端は、映画『ちいかわ 人魚の島のひみつ』に登場するキャラクター「セイレーン」のグッズが人気で品薄になったことでした。あるファンが「セイレーンのグッズが欲しかったけれど、どこも売り切れだった」として、3Dプリンターでキャラクターを立体化し、パテやヤスリで一部を整え、塗装まで仕上げたマグネット型のフィギュアをSNSに投稿しました。
投稿には「販売も配布も、もちろんしません」という一文が添えられていました。個人で楽しむための工作だと、投稿者自身が最初から線を引いていたわけです。
それでも反応は割れました。批判側からは「こういうものを公開すると、公式が後から商品化しづらくなるのでは」「SNSに載せた時点で著作権の問題が生じるのでは」という声が上がりました。一方で擁護側は「個人で楽しむために作っただけ」「これがダメなら、キャラクターを描いたファンアートも全部ダメになってしまう」と反論しています。この件は弁護士ドットコムニュースが取材し、著作権やコンテンツIPを専門とする齋藤理央弁護士のコメントとともにYahoo!ニュースにも配信されました。
二次創作の絵が黙認されてきた本当の理由
そもそも、権利者の許諾なくキャラクターの特徴をとらえて描いたファンアートは、著作権法の建前でいえば侵害にあたるケースが少なくありません。それでもインターネット上には無数のファンアートが公開され、日常的に黙認されています。理由は大きく二つです。
ひとつは、原作側にとってもファンアートには広告としての効果があり、双方にとって得になる「win-win」の関係が成立していること。もうひとつは、日本の著作権侵害の多くが親告罪であり、権利者自身が訴えを起こさない限り事件化しないという制度上の事情です。つまり二次創作の自由は、法律が積極的に認めているのではなく、権利者が黙って見逃しているという状態の積み重ねで成り立っています。
今回のフィギュア騒動でも、この構図は変わりません。齋藤弁護士は、ファンの造形物に著作権が発生するとしても、それは原作キャラクターにはない独自の立体表現、つまり平面のイラストを立体としてどう解釈したかという部分に限られると説明しています。そのうえで、公式商品は通常、独自に3Dデータを新しく起こして作られるため、ファンが先にフィギュアを作ったこと自体が公式の商品化を法的に妨げるわけではない、という見解も示しました。
二次創作を支えてきたのは著作権法ではない。「訴えない」という業界の沈黙の合意だ。
ここまでの説明は、多くの解説記事が触れるところです。しかし、これだけでは「絵は平気なのに、なぜ立体だけがここまで燃えるのか」という一番の疑問には答えていません。
業界が「立体」だけに特別ルールを作った理由
実は、フィギュア業界には二次創作の絵にはない、独自の許諾の仕組みが昔からあります。「当日版権システム」です。ガレージキット(組み立て式の樹脂フィギュア)を扱う即売会で、アマチュアの作家が版権キャラクターのフィギュアを展示・販売できるようにする制度で、模型メーカーのゼネラルプロダクツが各版権元と個別に交渉して作り上げたと伝えられています。ワンダーフェスティバルなど複数の即売会で今も採用されています。
この仕組みには、はっきりとした制限があります。認められるのはイベント当日・会場内での展示と販売のみ。前金を取って予約を受けることも、後日あらためて発送することも禁止です。許諾を受けていないガレージキットは、そもそも展示すら許されません。
- 絵の二次創作には、これほど厳格な許諾制度は基本的に存在しない
- フィギュアだけは、業界側がわざわざ交渉して専用の許諾の枠を作った
- その枠は「当日」「会場内」という、時間と場所の両方を区切っている
なぜ絵ではなく、立体物にだけこれほど面倒な制度が必要だったのか。答えは、代替可能性の高さにあります。ファンが描いたイラストは、どれだけ上手でも「公式グッズの代わり」にはなりません。ファンアートを見た人が、公式のぬいぐるみやフィギュアを買わなくなるとは考えにくいからです。ところが精巧な立体物は違います。「これで十分」と思わせてしまえば、その分だけ公式商品の売り上げを直接に奪います。権利者が本当に警戒しているのは、複製という行為そのものよりも、市場で公式商品と競合することなのです。
そして当日版権システムが「当日・会場内」という境界を引けたのは、それが物理的なイベントだったからです。会期が終われば展示も販売も終わる。参加できる人数にも上限がある。範囲を区切れるからこそ、権利者側も安心して許諾を出せました。
SNSへの投稿は、この前提をそのまま壊してしまいます。一度アップロードされたフィギュアの写真は、検索にも残り続け、閲覧できる人数にも上限がありません。しかも今回のように制作過程まで公開されていれば、「作り方」自体が拡散し、同じものを作れる人が理論上いくらでも増えていきます。当日版権が守ってきた「範囲を区切る」という前提そのものが、SNSという舞台の上では最初から成立しないのです。批判の声が意識的にせよ無意識にせよ突いていたのは、まさにこの一点だったと考えられます。
「売っていないから問題ない」への反論
ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。
「販売していない。営利目的でもない。個人の趣味の範囲でしかないものを、そこまで叩くのは行き過ぎではないか」。この反論は筋が通っています。実際、齋藤弁護士も指摘するとおり、法的に見れば公式の商品化を妨げる話ではありません。刑事・民事どちらの観点でも、権利者が実害を訴えて動く可能性は、営利目的で大量に売りさばく場合と比べればはるかに低いはずです。
それでも、私たちはこう考えます。論点は「売ったか売っていないか」ではなく、「どれだけ正確に、どれだけ広く複製可能な形で世界に置かれたか」だという点です。当日版権が「会場限定」で範囲を区切ったのと同じ発想で言えば、検索に残り続けるSNS投稿は、事実上「無制限配布」に近い状態を作り出します。写真だけの投稿と、立体データや作り方まで示された投稿とでは、模倣のハードルもまったく違います。
だからこそ、法的にはセーフに見える行為でも、慣習の面では絵とは別枠で受け止められます。「訴えられるかどうか」と「業界の暗黙のルールに触れているかどうか」は、そもそも別の物差しなのです。今回の騒動が収まりにくかったのは、この二つの物差しを、当事者も批判者も擁護者も、それぞれ違うものを使って測っていたからだと考えられます。
「売っていないなら自作フィギュアのSNS投稿は問題ない」と思いますか?
よくある質問
自作フィギュアをSNSに投稿するだけでも著作権侵害になりますか?
著作権法上は、無許諾でキャラクターを立体化する行為自体が複製や翻案にあたりうるため、理屈のうえでは侵害になり得ます。ただし日本の著作権侵害の多くは親告罪で、権利者が訴えない限り事件化しません。今回のケースでも、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、著作権に詳しい弁護士は「販売していないこと」がリスクを下げる要素になるとの見方を示しています。
当日版権システムとは何ですか?
ガレージキット即売会でアマチュア作家が版権キャラクターのフィギュアを展示・販売できるようにする許諾制度です。ゼネラルプロダクツが各版権元と個別に交渉して作った仕組みで、ワンダーフェスティバルなどで採用されています。認められるのはイベント当日・会場内の展示販売のみで、前金予約や後日発送は禁止されています。
自作フィギュアを作ると、公式の商品化を妨げることになりますか?
基本的にはなりません。著作権に詳しい弁護士は、ファンの造形物に発生する著作権は原作にない独自の立体表現の部分に限られ、公式商品は通常、別に3Dデータを起こして作られるため、ファンが先に作ったこと自体が公式の商品化を法的に妨げるわけではないとの見解を示しています。
まとめ
「売っていないから問題ない」という理屈は、法律の建前としては間違っていません。それでも議論が収まらないのは、私たちが本当に恐れているのが「著作権侵害」という言葉そのものではなく、誰でも同じものを寸分違わず作れてしまう再現性の高さだからです。
二次創作を長年支えてきたのは、絵という媒体が持つ「公式の代わりにはならなさ」と、当日版権システムが引いてきた「会場と当日」という境界線でした。3Dプリンターとインターネットは、その両方を静かに壊しつつあります。
次に似たような議論が起きたとき、論点にすべきなのはおそらく「売ったか売っていないか」ではありません。その投稿が、どれだけ広く、どれだけ正確に、複製可能な形で世界に置かれてしまったか。そこにこそ、次の炎上を防ぐための本当の分かれ目があります。
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