コメの高温障害はなぜ毎年繰り返されるのか、対策があるのに進まない本当の理由
米が安くなった。多くの家庭にとって、これは素直な朗報のはずでした。ところが同じ夏、産地では収穫が始まったばかりの新米が「高温障害」に苦しんでいます。白く濁った米粒、ひび割れた米粒。そしてもう一つの数字が、この問題をより深刻にしています。安くなった米の価格そのものが、この被害を止める力を農家から奪っているという事実です。
いま、コメの産地で何が起きているか
2026年7月、気象庁は西日本を中心に統計開始以来もっとも高い気温を観測したと発表しました。7月下旬には全国で酷暑日が5日連続で観測され、これは過去最長の記録です。23日には静岡県佐久間で41.1度を観測し、今年全国で初めて41度を超えました。27日には九州地方で観測史上初めて7月の酷暑日を記録しています。
この暑さが直撃したのが、ちょうど登熟期を迎えていた稲でした。CBCテレビが8月12日に伝えたところによると、三重県木曽岬町では新米の収穫が始まった一方、米粒が白く濁ったりひび割れたりする高温障害が例年より深刻だという証言が現地から出ています。取材に応じた農業関係者は、暑さと水不足で穂先まで水分が十分に届いていないと説明しました。
これは一地域だけの話ではありません。日本経済新聞によれば、2025年産米の1等米比率は8月末時点で66.5%。前年産をわずかに上回ったものの、過去10年では2番目に低い水準でした。原因として猛暑とカメムシの影響が挙げられています。そして2026年、記録的な猛暑が再びこの数字を押し下げようとしています。
さらに厄介なのは、この高温障害が「米あまり」のさなかに起きていることです。倉庫には前年からの古米が積み上がったままで、新米の販売先を確保できていない状況が現地から報じられています。品質が落ちた新米が、値崩れした古米よりさらに安く扱われかねないという、生産者にとって二重の苦境が生まれています。
📌 出典: 気象庁、 日本経済新聞、 CBCテレビ(Yahoo!ニュース配信)。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
もともと農林水産省は、2025年産の生産量を前年比8%増の735万トンと見込んでいました。ところが天候不順の影響で、実際の出来高は700万トン前後にとどまる見通しに下方修正されています。増産できるはずだった年に、量も質も伸び悩む。これが、いま産地で起きていることの全体像です。
高温障害はなぜ起きるのか、なぜ毎年揺れ動くのか
高温障害は、稲が花を咲かせたあとに実を太らせる「登熟期」に、気温が高すぎることで起きます。日中の気温がおおむね35度、夜の気温が30度を超える状態が続くと、米粒にでんぷんを蓄える酵素の働きが低下します。この酵素の働きは、あとで気温が下がっても元には戻らないとされています。
夜の気温が高いことも見過ごせません。稲は夜間も呼吸をしていて、そのときに日中の光合成で作ったでんぷんを消費します。夜が涼しければ消費は少なくて済みますが、熱帯夜が続くと消費量が増え、米粒に送られる養分がそのぶん減ってしまいます。結果として粒の中心や周辺が白く濁る「白未熟粒」ができ、これが検査で等級を下げる最大の要因になります。
ここ数年の1等米比率を並べると、この問題が一度きりの事故ではないことが分かります。2023年産は9月末時点で59.6%と、2004年以降で最も低い水準まで落ち込みました。新潟県産コシヒカリでは平年75.3%のところ、4.9%まで急落した地域もあったと報じられています。2024年産は高温対策が進んだこともあり、10月末時点で77.1%まで回復し、平年並みに戻りました。ところが2025年産は8月末時点で再び66.5%まで下がり、そして2026年産も、収穫序盤から高温障害の報告が出ています。
「今年は特別な猛暑だった」が3年続けて繰り返されるなら、それはもう特別ではない。
気象庁は今年の猛暑の背景に地球温暖化の寄与を挙げています。つまり「今年だけ運が悪かった」という説明は、少しずつ成立しにくくなっているのが実情です。
対策はあるのに、なぜ追いつかないのか
高温に強い品種そのものは、すでに存在します。各都道府県の農業試験場が高温下でも品質を保ちやすい品種を開発し、実際に栽培面積を広げている地域もあります。2024年産の急回復は、こうした対策が一定の効果を発揮した結果でもあります。「対策がない」わけではありません。問題は、その対策が全国の田んぼに行き渡るまでの速度にあります。
- 新しい品種の開発には8~10年、そこから種もみを増やして実際の生産に使えるようになるまでにさらに数年かかります。今年決めても、今年の田んぼには間に合いません
- 多くの高温耐性品種は開発した都道府県が「県単品種」として管理しており、他県で栽培することが認められていない場合があります。新潟県が開発した「新之助」や山形県が開発した「雪若丸」も、種もみの供給は基本的に自県内向けで、ある県で効果が出た対策が、隣の県にはそのまま使えません
- 品種を変えると、水管理や肥料のやり方まで見直す必要が出てきます。長年慣れた栽培方法を変えることには、収量が読めなくなるリスクが伴います
- 消費者側にも「コシヒカリ」のような特定の銘柄への根強い支持があり、生産者が品種を切り替えると販路に影響しかねません
これらはどれも、農家一軒の努力でどうにかなる話ではありません。品種の供給、都道府県の制度、消費者の選好という、農家の外側にある壁です。
そしてここに、もう一つの壁が重なります。お金の壁です。当サイトは以前、コメ価格暴落で在庫が積み上がり、農家が悲鳴を上げている状況を伝えました。米が安くなったことは消費者にとって朗報ですが、外食の値段はほとんど下がらず、恩恵は農家より川下に集まりやすいという指摘もあります。値下がりで収益が細った農家に、8~10年かけて新品種に切り替える体力を求めるのは簡単ではありません。
実際、2025年の農林業センサスでは、農業経営体の数が2020年の前回調査から23.0%減り、統計を取り始めて以来もっとも大きな減少幅を記録しました。担い手そのものが急速に減っているなかで、時間もお金もかかる対策への投資判断は、どうしても後回しにされやすくなります。
整理すると、こうなります。高温障害で品質が落ちる、米価が安く買い叩かれやすくなる、農家の収益が減る、新品種や設備への投資余力がなくなる、翌年も同じ高温障害が起きる。この輪は、天候だけを変えても切れません。しかも品種の切り替えには数年単位の準備期間が要るため、今年の輪を断ち切る判断は、実質的に来年や再来年のための投資になります。目先の収益が細っている農家ほど、その先送りの判断を選びにくくなるという逆説がここにあります。
「単なる猛暑のせい」という反論にどう答えるか
ここまでの説明に対しては、当然こう思う人もいるはずです。「結局は異常気象のせいであって、農家の経営やお金の問題にすり替えるのは違うのではないか」。今年の暑さが特別だったのは事実であり、これを経済構造の話に一般化しすぎるのは早計だ、という指摘には筋が通っています。
それでも私たちは、両方が同時に本当だと考えます。気候が主な原因であることは間違いありません。同時に、その気候変化への「適応力」を、価格の構造が奪っているのも事実です。もし米価が安定して農家の収益に余裕があれば、高温耐性品種への切り替えはもっと速く進んだはずです。2024年産の回復が示すように、対策そのものは効きます。天候は人間には止められませんが、対策への投資余力を保つ仕組みは、人間が設計できます。この記事が問いたいのは「暑さのせいか、経営のせいか」ではなく、「暑さに対応する力を、私たちがどう支えるか」です。
今年、高温障害の影響を受けた新米でも、あなたは去年と同じ値段で買いますか?
よくある質問
コメの高温障害とは何ですか?
稲が実を太らせる登熟期に気温が高すぎることで、でんぷんを十分に蓄えられず、米粒が白く濁ったりひび割れたりする現象です。日中35度、夜間30度を超える状態が続くと起きやすいとされ、農産物検査での等級低下(1等米比率の低下)につながります。
なぜ高温に強い品種への切り替えが進まないのですか?
新しい品種の開発に8~10年、生産に使える量の種もみを確保するまでにさらに数年かかるためです。加えて、多くの品種が開発した都道府県だけで栽培が認められる「県単品種」であること、消費者に特定の銘柄への支持が根強いこと、そして米価下落で農家に投資する余力が乏しいことが重なり、切り替えの速度が気候変化に追いついていません。
2026年産の新米は値段が下がるのですか?
断定はできません。品質が落ちた新米が、在庫の積み上がった古米よりも安く扱われかねないと現地から報じられていますが、最終的な価格は検査結果や需給の状況によって変わります。確定的な数字は、検査が進む秋以降にならないと分かりません。
まとめ
「今年は記録的な猛暑だった」という説明は、毎年繰り返されるうちに説明ではなくなります。3年続けて「特別」だったものは、もう通常の一部です。高温耐性品種という対策はすでに存在し、2024年産のように効果を上げた年もあるのに、それが全国の田んぼに行き渡る速さは、気候が変わる速さに追いついていません。そこには品種供給や制度の壁だけでなく、安すぎる米価が農家から投資余力を奪うという、消費者である私たち自身につながる壁もあります。来年の夏、また同じニュースを読まないために、変える必要があるのは天気ではなく、この仕組みのほうかもしれません。
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