内部告発の報復はなぜ消えないのか、法が裁けない「孤立」という罰

内部告発の報復が消えない理由、最高裁勝訴でも続いた
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

2026年12月、内部告発者を守るための法律が改正され、報復した会社の担当者には刑事罰まで科されるようになります。これで内部告発者はようやく守られる——そう思いたいところですが、実はこの法律には最初から届かない場所があります。その場所こそが、これまで告発者を最も長く苦しめてきた場所です。

法律が変わっても、なくならないと言われる理由

日刊SPA!が報じたところによれば、ある職場では、不正を内部告発した従業員が仕事を干され、勤務時間が「1日37分」にまで削られたうえ、退職金の9割を返納させられたという証言が出ています。このケースの詳細な事実関係を当編集部は一次資料で確認できていませんが、こうした「仕事を取り上げる」「居場所をなくす」という形の報復は、内部告発をめぐる報道の中で繰り返し語られてきた光景です。

一方で、公益通報者保護制度そのものは、2006年の施行からすでに20年近くが経ちます。2026年12月には改正法が施行され、通報を理由にした解雇や懲戒には刑事罰が科されることになりました。制度としては、確実に強化されています。

それなのに、内部告発者への報復は「なくならない」と言われ続けています。この記事では、その理由を「法律が弱いから」という単純な話ではなく、法律という道具そのものが、原理的に触れられない場所があるという角度から説明します。

改正法が罰するのは「解雇」と「懲戒」だけ

2025年6月に公布され、2026年12月1日に施行される改正公益通報者保護法の柱は、大きく4つです。①通報窓口の周知や調査の独立性確保といった体制整備の徹底、②フリーランス(特定受託業務従事者)を保護対象に加える範囲拡大、③通報者を特定しようとする「探索行為」の禁止、④不利益な取り扱いへの刑事罰の新設です。

このうち最も注目されているのが④の刑事罰です。公益通報を理由に解雇や懲戒をした個人には6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金刑が科されます。「クビにする」「処分を出す」という報復には、明確に刑事罰という牙が生えました。

ところがここに、あまり報じられていない条件がついています。刑事罰の対象になるのは、解雇と懲戒処分に限られるという条件です。不当な配置転換や、仕事を取り上げる、周囲が距離を置くといった「嫌がらせ」は、刑事罰の対象から外れました。行為の範囲をどこまでと定めるかが不明確になりすぎるため、線引きが難しいという理由で見送られたと報じられています。

法律が裁けるのは「解雇」と「懲戒」だけだ。「誰も口をきかなくなること」は、最後まで法の外側にある。

残る3つの柱にも触れておきます。体制整備の徹底では、通報窓口の周知や、調査を担当する人の独立性の確保が義務化されます。フリーランス(特定受託業務従事者)は、これまで保護の対象外でしたが、改正後は正社員と同じように保護されます。そして「探索行為」の禁止は、誰が通報したのかを会社側が特定しようとする行為そのものを止める狙いがあり、地味に見えて実は今回の改正でいちばん現場感覚に近い項目です。犯人捜しが始まった時点で、告発者は孤立への入口に立たされるからです。

もちろん、配置転換にも歯止めはあります。通報から1年以内に不利益な人事があった場合、通報との因果関係を推定する「推定規定」が新設され、民事上の争いでは会社側が反証しない限り不利に扱われます。しかし、これはあくまで民事の話です。訴訟を起こす体力と時間がある人だけが使える手段であり、刑事罰のように会社の担当者を直接的に萎縮させる力はありません。

最高裁で勝っても、報復は4年続いた

この「法が届かない場所」の存在を、最もはっきり示しているのがオリンパスの内部通報事件です。2007年6月、当時オリンパス社員だった濱田正晴さんは、社内のコンプライアンス窓口に上司の行為を通報しました。その約4か月後の2007年10月、濱田さんは営業チームリーダーの役職を外され、部下も持たず、どのチームにもグループにも属さない新設の孤立ポストへ異動になりました。

2010年1月の一審は会社側の勝訴でしたが、2011年8月の東京高裁では逆転し、配転は無効、会社と上司に220万円の賠償を命じる判決が出ました。2012年6月、最高裁は会社側の上告を退け、濱田さんの勝訴が確定しました。ここまでで、通報から実に5年です。

ここで話が終わっていれば、「法律は最後に告発者を守った」という美談になります。しかし現実はそうなりませんでした。最高裁で勝訴が確定したあとも、会社側は濱田さんへの人事上の扱いを変えず、濱田さんは名誉回復や追加の配転をめぐって、さらに複数回の訴訟を起こすことになります。決着したのは2016年2月、通報からじつに8年半以上が経ってからでした。

  • 2007年6月:社内コンプライアンス窓口へ通報
  • 2007年10月:孤立ポストへ配置転換(報復人事)
  • 2010年1月:一審敗訴
  • 2011年8月:東京高裁で逆転勝訴、配転無効・賠償命令
  • 2012年6月:最高裁で勝訴確定
  • 2016年2月:追加提訴を経て和解

労働政策研究・研修機構(JILPT)は、内部告発者が置かれる状況について、告発後も組織側からの追及や報復に加え、周辺社会の無関心や冷淡さによって、告発者が不安定な状況に置かれ続けると指摘しています。給料を減らされることや、役職を外されることは、書類の上で確認できます。しかし「周りが冷淡になる」ことは、書類には残りません。証拠にならないものは、法律の対象にもならないのです。

「そこまで法で縛るのは無理筋」という反論

ここまでの主張には、当然強い反論があります。「同僚が距離を置くかどうかまで、法律や会社が強制できるわけがない。人間関係は感情の問題であり、命令で作れるものではない」という反論です。これは筋が通っています。実際、無視や孤立を刑事罰の対象にしてしまえば、今度は「誰が誰を無視したか」を会社が監視する社会になりかねません。それは息苦しく、別の種類の弊害を生みます。

それでも私たちは、この反論をそのまま受け入れるべきではないと考えます。理由は、「法で縛れないもの」と「対策できないもの」は、同じではないからです。法律に人間関係を強制させることはできなくても、会社が「その人を孤立させない仕組み」を意図的に設計することはできます。

心理学でいう同調性バイアスは、周りが距離を置いているのを見ると、自分も距離を置いたほうが安全だと感じてしまう働きを指します。誰も「あの人を無視しよう」と決めたわけではないのに、一人が距離を置き、それを見た二人目がさらに距離を置く。気づけば、告発者の周りにだけ人がいなくなっている。悪意のある報復ではなく、悪意のない同調の連鎖こそが、いちばん止めにくいのはこのためです。だからこそ、犯人捜しに当たる「探索行為」を早い段階で禁止することが効いてきます。誰が通報したかが分からなければ、そもそも距離を置く対象が生まれません。

  • 通報者を、通報内容と無関係な業務にすぐ戻し、「何もさせない」状態を作らない
  • 通報の経緯を知る人数を絞り、周囲が「なぜ距離を置くべきか」を推測できる状態を作らない
  • 人事評価や異動の決定に、通報を知る立場の人間を関与させない
  • 会社として通報者を守る姿勢を、経営層が言葉で明示する

刑事罰は、悪意を持って報復する人間を止める最後の手段です。しかし現場で告発者を実際に孤立させるのは、悪意を持った特定の誰かではなく、「何となく距離を置く」という、大多数の同僚の小さな判断の積み重ねであることが多いのです。法律が届かない部分こそ、会社の設計と、周囲一人ひとりの振る舞いにしか埋められません。

補足: 本稿の「1日37分」「退職金9割返納」というケースは、日刊SPA!の報道で伝えられている内容であり、当編集部が独自に一次資料を確認したものではありません。オリンパス事件については、複数の報道機関・弁護士会資料をもとに、確定した裁判の経過部分のみを記述しています。

もし職場で重大な不正を見つけたら、あなたは通報しますか?

よくある質問

内部告発者への報復はなぜ違法なのに続くのですか?

2026年12月に改正公益通報者保護法が施行されますが、刑事罰の対象は解雇と懲戒に限られ、不当な配置転換や職場での嫌がらせ、孤立は対象から外れているためです。刑事罰にするには行為の範囲を明確にする必要があり、配置転換や人間関係の悪化は「不利益かどうか」の線引きが難しいという理由で見送られました。

オリンパスの内部通報事件とはどんな事件ですか?

2007年、オリンパス社員だった濱田正晴さんが社内の不正疑惑を通報したところ、部下もチームも持たない孤立したポストへ配置転換されました。裁判で最高裁まで争い2012年に勝訴が確定しましたが、その後も会社側の人事上の対応は続き、濱田さんは複数回の追加提訴を経て2016年に和解しています。

内部告発を考えている場合、何に気をつければいいですか?

通報前に、公益通報者保護法で保護される要件(通報先や内容)を確認し、可能であれば弁護士や労働組合など第三者に相談することが重要です。2026年12月の改正では通報者を特定しようとする「探索行為」も禁止されるため、通報の秘匿性を求める権利も強化されます。ただし法律は万能ではなく、社内の人間関係にまで及ばないことは理解しておく必要があります。

まとめ

2026年12月の法改正は、内部告発者を守る仕組みとして確かに前進です。解雇や懲戒という、目に見える形の報復には、これまでよりはっきりとした牙が生えます。

ただし、オリンパス事件が教えてくれるのは、人を最も長く苦しめる報復は、書類に残らない形でやってくるということです。孤立したポスト、誰も話しかけてこない席、何をしていいか分からない8年間。そこに刑事罰は届きません。

法律が変わったというニュースを見たら、次に問うべきは「何が罰せられるようになったか」だけでなく、「何が、まだ罰せられないままなのか」です。その空白を埋められるのは、結局のところ、隣の席にいる一人ひとりの振る舞いだけです。

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