バレンタインと同じ手口?お盆玉が「発明された伝統」に見える理由

お盆玉はなぜ広まる?発明された伝統の正体
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

「お盆玉、知らない風習なんだけど」「なんか嫌」。この夏もSNSにはそんな声が並びました。お盆に子どもや孫へお小遣いを渡す「お盆玉」が、じわじわ広まっているとニュースになっています。しかし調べていくと、この行事にはひとつの奇妙な事実があります。「お盆玉」という言葉そのものが、まだ16年しか存在していないのです。

いま、この「知らない風習」に違和感が広がっている

オトナンサー(Yahoo!ニュース配信)が伝えたところによると、お盆に子どもへお小遣いを渡す「お盆玉」が広まりつつあることに対し、SNSでは戸惑いの声が相次いでいます。「そもそも知らない風習。なんで広げようとするのか」「これ以上お金をあげるイベントは増やさなくていいでしょ。お年玉があるんだし」「風習みたいにするのが何か変だよね」「子どもが『何でお盆玉くれないの?』って言い始めたらなんか嫌だな」。「風習」という言葉そのものに対して違和感を表明しているのが特徴的です。

実態はどうなのか。文具・祝儀メーカーのマルアイが実施した「2026年お盆玉に関する実態調査」では、お盆玉という言葉の認知率は26.2%、知っている人のうち今年あげる予定と答えた人は30.6%でした。年代別では30代が29.7%、20代が27.8%と若い世代の認知が目立ち、男女別では女性28.1%、男性24.4%と女性のほうがやや高くなっています。

一方、ソニー損害保険が行った帰省に関する調査では、お盆玉を用意する人の割合は2019年32.3%→2020年33.4%→2026年38.6%と増加傾向にあり、子ども1人あたりの平均額は約9,977円でした。調査の対象や質問の立て方が違うため単純に並べることはできませんが、どちらの調査でも「社会の半分以上が当たり前にやっている」と言えるほどの水準には届いていません。まだ広がっている途中の行事だということが、数字からも見えます。

この投稿がすべてを物語っています。「お盆玉」と名付けたのは、この投稿主である会社自身だと、会社自身が説明しているのです。「じわりと広がっています」という言葉づかいも、古くからの風習の紹介というより、自社が育てている商品の成長を報告する響きに近いことに気づきます。

「お盆玉」を作ったのは山梨の紙製品メーカーだった

お盆玉には確かに古い下敷きがあります。江戸時代の山形県を中心とした東北地方で、商家に奉公していた子どもたちが、お盆と正月の年2回だけ実家に帰ることを許され、その際に雇い主から着物や下駄などの物品を渡された「お盆小遣い」という風習です。これは間違いなく史実として存在します。

しかし、その風習と、いま私たちが目にしている「お盆玉」は別のものです。昭和初期に物品から現金へ形を変えたあとも、この慣習は一部地域に点在するだけで、名前も専用の袋もありませんでした。全国区の言葉になったのは、2010年に山梨県市川三郷町の紙製品メーカー・マルアイが、この行為に「お盆玉」という名前をつけて商標登録し、専用のポチ袋を発売してからです。

「お盆玉」は伝統ではなく、2010年に生まれた商品名だった。

発売当初の売れ行きは芳しくなかったといいます。転機になったのが2014年、日本郵便がお盆玉用のポチ袋の販売に加わったことでした。郵便局という生活インフラが扱う商品になったことで、メディアが「夏の新習慣」として取り上げるようになり、認知が一気に押し上げられました。マルアイは商標を持つ当事者でありながら、毎年みずから「お盆玉に関する実態調査」を実施し、認知率や実施率を発表し続けています。これは、この行事がまだ自然発生的に定着したとは言い切れず、名付け親が広報活動を継続する必要がある段階にあることを示しています。

この投稿の言い回しに注目してください。「起源は江戸時代の風習」という一文だけを取り出せば正しいのですが、いま企業が使っている「お盆玉」という名称と現金授受の形式そのものが江戸時代からあったかのように読めてしまいます。商標を持つ企業ではない別の企業が、この行事をキャンペーンの景品付けに使い、しかも「昔からの風習」として紹介している。名付け親から一歩離れた場所で、行事の由来がより古く、より自然なものへと語り直されていく過程が、この一投稿の中に凝縮されています。

バレンタインもホワイトデーも、最初は同じ手口だった

ここで意地悪な言い方をすれば、こう返されるかもしれません。「たかが16年前にできた行事に目くじらを立てなくても」。しかし、この手口自体は目新しいものではありません。むしろ日本の年中行事の多くが、たどっていくとよく似た起点にたどり着きます。

  • バレンタインのチョコレート:1932年、神戸の洋菓子店モロゾフが欧米の風習を紹介する形で「バレンタインにチョコを贈る」提案を始めた。1950年代以降、各社の販促活動によって本命チョコの文化として定着
  • ホワイトデー:1978年、全国飴菓子工業協同組合が3月14日を「お返しの日」として提唱。1980年に第一回キャンペーンを実施し、以後全国に広まった
  • 恵方巻き:大阪の一部の風習が、1990年代以降のコンビニチェーンの全国展開キャンペーンによって全国区の行事になった

いずれも、企業や業界団体が名前をつけ、販促活動を重ね、メディアが取り上げ、数十年かけて「昔からある行事」という顔をするようになりました。お盆玉がやっていることは、これらの先輩たちとほとんど同じです。違うのは、その手口が今回はSNS時代に進行していて、私たちがその途中経過をリアルタイムで見てしまっているという点だけです。

バレンタインが定着していく1950年代、あるいはホワイトデーが広まっていく1980年代には、個人が「これは業界の仕掛けだ」と気づいても、それを不特定多数に向けて発信する手段がほとんどありませんでした。批判の声は各家庭や職場の中で消えていき、記録に残りません。数十年後には「昔からある行事」として次の世代に受け継がれます。ところがお盆玉の場合、マルアイの公式アカウントが「じわりと広がっています」と発信したその瞬間に、同じタイムライン上で「知らない風習、なんか嫌」という反応が可視化されます。行事が定着していく生々しい過程を、私たちは初めて同時代的に観察できているのです。

あなたは今年、お盆玉を渡す(もらう)予定はありますか?

「伝統なんて全部誰かが作ったものだろう」という反論

ここまでの主張に対して、当然もっとも強い反論を自分で書いておきます。「年賀状もクリスマスケーキも節分の恵方巻きも、たどれば誰かが最初に始めたものだ。すべての行事は最初は誰かの発明であり、お盆玉だけを『発明された伝統』と呼んで叩くのは筋違いではないか」。この指摘は正しい。行事に「元祖の商業性」があること自体は、お盆玉に特有の欠陥ではありません。

それでも私たちは、こう考えます。問題は「発明されたこと」そのものではなく、「発明であることが、まだ見えている段階にあること」です。バレンタインやホワイトデーへの違和感は、すでに時間の経過によって覆い隠されました。何十年も前の販促キャンペーンの記憶を持つ人は少なく、多くの人にとってそれらは物心ついたときからある行事です。だからこそ「もう受け入れている」と言えます。

お盆玉はまだそこまで時間が経っていません。「発明された」という事実がまだ剥き出しのまま見えている、いわば行事としての未成熟期にある。そしてこの未成熟期にこそ、私たちは本来なら選べたはずの選択をまだ選べる状態にいます。「この行事を自分の家庭の慣習として取り入れるか、取り入れないか」という判断を、由来を知ったうえで下せるということです。バレンタインを受け入れるかどうかを、モロゾフの1930年代の販促戦略を知ったうえで選んだ人はほとんどいないでしょう。お盆玉については、それができます。

つまり「知らない風習、なんか嫌」というSNSの声は、行事に対する拒絶反応ではなく、むしろ健全な吟味の過程だと見ることができます。由来がまだ見えているうちに立ち止まって考えられる行事は、実はそう多くありません。

補足: 本稿で挙げた認知率・実施率の数字は、マルアイおよびソニー損害保険がそれぞれ独自に実施した調査の公表値に基づく参考値です。調査対象や設問が異なるため、両者を直接比較することはできません。また、江戸時代の「お盆小遣い」と現在の「お盆玉」の連続性については諸説あり、本稿は現時点で確認できた報道・企業発表に基づいて整理しています。

お盆玉の商標を持たない決済サービス会社までもが、キャンペーンの文脈でこの言葉を使っています。行事として定着しているかどうかにかかわらず、「お盆玉」という言葉自体が、8月に使うと注目を集めやすいマーケティング上の便利な道具になっていることがうかがえます。名付け親のマルアイから、銀行、決済サービスへと、使う主体が広がっていくこと自体が、行事が定着していく過程そのものです。

よくある質問

お盆玉とはいつからある風習ですか?

現在のように現金を渡す「お盆玉」という言葉と専用のポチ袋が生まれたのは2010年です。山梨県市川三郷町の紙製品メーカー、マルアイが商標登録し、2014年に日本郵便がお盆玉袋の販売を始めたことで全国に知られるようになりました。江戸時代の東北地方には、奉公していた子どもに衣類などを渡す「お盆小遣い」という風習があり、これが下敷きになっています。

お盆玉は実際どれくらいの人がやっているのですか?

マルアイが実施した「2026年お盆玉に関する実態調査」では、お盆玉という言葉を知っている人は26.2%、知っている人のうち今年あげる予定と答えた人は30.6%でした。一方、ソニー損害保険の帰省調査では、お盆玉を用意する人は2019年32.3%から2026年38.6%へ増加傾向にあります。調査母集団が異なるため単純比較はできませんが、どちらも社会全体に定着したと言い切れる水準ではなく、広がっている途中の段階です。

バレンタインのチョコやホワイトデーも同じように企業が作った行事なのですか?

はい。日本のバレンタインは1930年代に神戸の洋菓子店モロゾフが提案し、1950年代以降の各社の販促活動で本命チョコの文化が定着しました。ホワイトデーは1978年に全国飴菓子工業協同組合が3月14日を「お返しの日」として提唱し、1980年からのキャンペーンで広まりました。どちらも最初は業界の仕掛けでしたが、数十年をかけて「昔からある年中行事」として受け入れられています。

まとめ

「お盆玉、知らない風習なんだけど」という違和感は、間違った反応ではありません。むしろ、まだ発明の痕跡が消えていない行事に対する、まっとうな観察です。

バレンタインもホワイトデーも恵方巻きも、最初は業界の仕掛けから始まり、時間をかけて「昔からある行事」の顔を手に入れました。お盆玉はまだその途中にいて、しかもSNS時代に育っているぶん、発明の過程そのものが誰の目にも見える形で進行しています。

この行事を受け入れるかどうかは、結局のところ好みの問題です。ただ、2010年に生まれた商品名だと知ったうえで選ぶのと、知らずに「そういうものだから」と受け入れるのとでは、同じ千円札を渡す行為でも意味が変わってきます。今年、あなたが渡すかどうかを決める前に、その名付け親が誰だったかを知っておいて損はありません。

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