台風の発生数は60年ぶりの記録なのに、上陸数はなぜ増えないのか
9月1日は「防災の日」です。ところが今年ほど、身構えづらい防災の日はないかもしれません。気象各社は「2026年8月、台風発生数10個は60年ぶり」と伝えました。数字だけ見れば、明らかな異常事態です。それなのに、その台風23号は日本に近づく気配すらないと報じられています。「多いのに来ない」というこのねじれの正体を、大気の仕組みと数字の伝わり方の両面から読み解きます。
記録づくめの2026年8月、それでも「来ない」台風
2026年8月28日、ウェザーニュースは台風23号(バンラン)の発生を伝えました。同社の記事によれば、これで8月の台風発生数は10個に達し、1966年8月以来60年ぶり、統計を取り始めた1951年以降で歴代最多タイの記録になったといいます。
Yahoo!ニュースに配信されたFNNプライムオンラインの記事は、台風23号が統計史上2番目の早さで到達した「23号」であり、8月末までに23号まで発生したのは統計史上2回目だったと伝えています。同じ記事は、隣り合う台風22号(アータウ)と互いの進路に影響し合う「藤原の効果」が起きていることに触れつつ、この台風23号については「日本接近はない見込み」と明記しています。NHKニュースも、8月の台風10個発生が60年ぶりであることを速報で伝えました。
「藤原の効果」とは、接近した二つの台風が互いの周囲を反時計回りに回り込むように進路を乱し合う現象です。ウェザーニュースの報道では、台風23号は先行する22号を追い越すように北上する見通しだと伝えられており、進路の予測はふだん以上に複雑になっています。名前だけ聞くと物々しい現象ですが、これ自体は台風どうしの力学の話であって、日本への接近可能性を高める要因ではありません。
📌 出典: ウェザーニュース、 Yahoo!ニュース(FNNプライムオンライン)、 日本気象協会 tenki.jp。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
つまり、統計としては歴代級に「多い」年でありながら、その台風自体は日本に来ない。記録的な発生数を伝えるニュースと、実際に私たちが受ける影響のあいだには、はっきりとしたずれが生まれています。このずれは偶然ではなく、台風という現象の仕組みから説明できます。
台風はなぜ、生まれても日本に来ないのか
台風は自力で目的地へ進んでいるわけではありません。周囲の大きな風の流れに運ばれて動きます。主な影響源は、日本の南に張り出す太平洋高気圧と、その上空を吹く偏西風です。台風は、自身の力ではわずかに北西へ進む程度で、進路の大部分はこの二つのスケールの大きな流れが決めています。
気象庁の統計でも、台風の発生数がもっとも多いのは8月(平年5.7個)ですが、日本への上陸数がもっとも多いのは9月(平年1.0個)とされています。夏の間は太平洋高気圧が本州付近まで大きく張り出しているため、台風はその縁をなぞるように進み、日本の東の海上や中国大陸方面へ流されがちです。秋が近づいて高気圧が弱まり後退すると、ようやく日本へ向かう「道」が開きます。発生数が最も多い月と、上陸数が最も多い月は、そもそも一致しないのが平年の姿なのです。
日本気象協会(tenki.jp)の気象予報士による解説によれば、2026年はエルニーニョ現象に関連した海面水温の状況を背景に、平成以降で最多ペースの台風発生が続いていると指摘されています。台風の発生位置が平年より南東側にずれやすく、日本へたどり着くまでの海上の距離が長くなる傾向も報じられています。台風23号がウェーク島近海という、日本から遠く離れた海域で生まれたことも、この傾向と無縁ではなさそうです。
ただし、発生数の多さが上陸の多さにそのまま直結した年もあります。統計開始以来もっとも上陸数が多かったのは2004年で、国土交通省の資料によれば、この年は台風の年間発生数29個・日本への接近数19個・上陸数10個のいずれもが1951年の統計開始以来の最多記録でした。太平洋高気圧の張り出し方が例年と違い、台風が次々と日本へ向かいやすい配置になっていたためです。つまり「発生数が多い年」が「上陸も多い年」になるかどうかは、個数そのものではなく、そのときどきの高気圧と偏西風の配置で決まります。2026年がどちらの年になるかは、まだ結論が出ていません。
台風の「個数」は、報道しやすい数字であって、あなたの街の危険度ではない。
もう一つ見落とされがちなのが「上陸」という言葉そのものの定義です。気象庁は、台風の中心が北海道・本州・四国・九州の海岸線に到達した場合だけを「上陸」と呼びます。沖縄本島や奄美地方を直撃しても、定義上は「通過」であり上陸にはカウントされません。台風が「来た」という肌感覚と、統計上の「上陸数」という数字が一致しないケースは、実はめずらしくないのです。
「発生数」がニュースになるほど、警戒はずれていく
ここまでは気象の仕組みの話です。ここから先は、私たちの側の受け取り方の話をします。
台風の「発生数」は、気象各社にとって毎日更新できる、比較しやすい数字です。「60年ぶり」「歴代最多タイ」という言葉は、それだけで見出しになります。一方、ある台風が実際に日本のどこかへ影響するかどうかは、進路予報が数日ごとに更新されていく、はるかに込み入った話です。速報性を優先すれば、扱いやすい「個数」のほうがニュースの見出しに乗りやすくなるのは、報道の仕組み上ごく自然なことです。
問題は、その「個数」だけが独り歩きしたときに起きます。当サイトは以前、台風22号・23号のような複数同時発生について、トリプル台風はなぜ頻発するのかという記事で取り上げました。そこで指摘したのは、台風が同時にいくつも発生すると、かえって一つひとつへの警戒心が薄れやすいという現象です。「数が多い」というニュースに接する回数が増え、そのたびに「今回も特に何も起きなかった」という経験が積み重なるほど、次に本当に日本へ向かう台風が現れたときの初動が遅れる恐れがあります。
- 2026年8月の台風発生数:10個(60年ぶり・歴代最多タイ/ウェザーニュース)
- 台風23号の到達の早さ:統計史上2番目(FNNプライムオンライン)
- 台風23号の日本への接近:見込みなしと報道(同上)
- 気象庁統計の平年値:発生数最多は8月(5.7個)、上陸数最多は9月(1.0個)
数字だけを並べれば「今年はすごい年だ」で話が終わってしまいますが、実際に備えを左右するのは、個々の台風がどの海域で生まれ、どちらの高気圧の縁をなぞって進むのかという、一件ごとの進路予報のほうです。台風のたまごの段階からSNSで話題になりやすい理由についても、台風のたまご、気象庁より先に広まる理由で整理していますので、あわせて参考にしてください。
「台風が◯個発生」というニュースを見たとき、あなたは進路予報まで確認しますか?
「それでも多いのだから備えを」という反論への応答
ここまでの主張に対して、当然強い反論があります。「発生数が記録的なら、それだけ台風の当たり年ということだ。個数を騒ぐことに意味がないと言うのは危険だ」というものです。この指摘は正しいと考えます。
実際、ウェザーニュースの報道によれば、2026年の年間台風発生数は28個前後(平年25個)、日本への接近数も14個程度で平年より多いと予想されています。8月に日本へ接近した台風も、6月の3個(平年0.8個を大きく上回るペース)を含め、平年をやや上回るペースで推移してきたと報じられています。「発生数が多い年は、日本への接近数も結果的に増えやすい」という大づかみの傾向自体は、間違っていません。
それでも私たちは、こう考えます。「今年は多い年だ」という認識と、「だから次の台風も危ない」という個別の判断は、分けて持つべきです。前者はシーズン全体の心構えとして有効ですが、後者は台風ごとの進路予報を見なければ答えが出ません。個数のニュースに安心してしまうのも、個数のニュースに怯えすぎるのも、どちらも進路予報という一次情報を見ていないという点で、同じ落とし穴にはまっています。
防災の日にできることは、身構えることそのものではなく、情報を見る場所を切り替えることだと考えます。「今年は台風が多い」という大づかみの認識はシーズンの心構えとして持っておきつつ、自分の住む地域に台風が近づく兆候が出たときだけ、気象庁や気象会社が発表する進路予報円を確認する。この二段構えのほうが、発生数のニュースが流れるたびに一喜一憂するよりも、日々の負担は小さく済みます。
よくある質問
台風の「発生数」と「上陸数」は何が違うのですか?
発生数は熱帯低気圧が台風の強さまで発達した回数、上陸数は台風の中心が北海道・本州・四国・九州の海岸線に到達した回数です。気象庁の定義では、沖縄本島などを直撃しても「上陸」ではなく「通過」として扱われます。台風がいくつ生まれても、進路が日本本土に向かわなければ上陸数には反映されません。
2026年8月に台風が10個も発生したのはなぜですか?
ウェザーニュースの報道によれば、2026年8月に発生した台風は10個に達し、1966年8月以来60年ぶり、統計開始以来歴代最多タイとなりました。日本気象協会(tenki.jp)は、平成以降で最多ペースの発生が続いており、エルニーニョ現象に関連した海面水温の状況が背景にあると解説しています。
台風の発生数が多い年は、日本への被害も大きくなりますか?
発生数の多さがそのまま被害の大きさに直結するとは限りません。台風の進路は太平洋高気圧の張り出し方や偏西風の位置に左右されるためです。2026年8月は台風の発生数こそ記録的でしたが、台風23号は日本への接近が見込まれておらず、発生数と実際の脅威は分けて考える必要があります。
まとめ
2026年8月の台風発生数は、60年ぶりという記録的な数字でした。しかし、その記録がそのまま日本への危険度を意味するわけではありません。台風を動かしているのは個数ではなく、太平洋高気圧と偏西風という大気の流れです。
防災の日にあらためて確認したいのは、「今年は多いか少ないか」ではなく、「次の台風がどこへ向かっているか」という一件ごとの情報です。個数のニュースに一喜一憂する前に、進路予報を見る習慣を、今日から一つ増やしてみてください。
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