緊急地震速報の「あの音」に慣れてしまうのはなぜか、ゴジラ作曲家の甥が込めた設計

緊急地震速報に慣れる理由、ゴジラ作曲家の甥が仕込んだ設計
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

9月1日は防災の日。大阪府ではスマホが一斉に鳴る「880万人訓練」が実施され、政府も日本海溝・千島海溝巨大地震などを想定した総合防災訓練を行いました。あの独特の警報音を、今日だけで何度も耳にした人は多いはずです。ところで、この音を最初に聞いたときほど心臓が跳ねなくなっていると感じたことはないでしょうか。それは慣れではなく、設計と現実のあいだにもともと開いていた溝かもしれません。

今日、この音が何度も鳴った理由

大阪府は2012年度から、南海トラフ巨大地震を想定した「大阪880万人訓練」を毎年実施しており、2026年度で15回目を迎えます。大阪府の公式発表によれば、この日は府内のスマホに大津波警報を伝える訓練用のエリアメールが一斉配信され、マナーモードでも鳴動する仕様になっています。

同じ9月1日には、政府の総合防災訓練も行われました。今年は日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震と首都直下地震を想定したもので、報道によれば全国各地で自治体や企業を巻き込んだ訓練が実施されています。防災の日に合わせて、日本中のスマホがほぼ同時にあの音を鳴らした一日だったといえます。

ここで多くの人が抱くのは「もう何度も聞いた音」という感覚です。実際、気象庁のデータでは緊急地震速報(警報)は運用開始からの10年間だけで、予報を含めて11,343回発表されています。訓練も加えれば、私たちがこの音に接する回数は年々積み上がっています。

📌 出典: 大阪府「令和8年度大阪880万人訓練について」気象庁「緊急地震速報(警報)及び(予報)について」地震本部「緊急地震速報の精度向上に向けた気象庁の取組について」。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

「叫び声」に似せた設計、作ったのはゴジラ作曲家の甥

緊急地震速報のチャイム音は、2007年10月の一般提供開始に合わせて作られました。監修したのは、当時東京大学教授だった工学者の伊福部達氏です。福祉工学を専門とする研究者で、単なる思いつきで音を選んだわけではありません。

面白いのはここからです。伊福部達氏は、映画「ゴジラ」の音楽で知られる作曲家・伊福部昭氏の甥にあたります。埼玉新聞の取材(Yahoo!ニュース配信)によれば、チャイム音の検討段階ではゴジラのテーマの一部を使う案も一度は挙がったといいます。しかし恐怖を煽りすぎるとして退けられ、代わりに叔父の交響曲「シンフォニア・タプカーラ」第3楽章にある和音が採用されました。

選ばれた理由は、伊福部昭氏の他の作品にはない「適度な緊張感」と「インパクト」を持っていたからだと報じられています。ホラー映画のモンスターを生んだ作曲家の血筋が、人を怖がらせすぎない音を選ぶ側に回った。この逆転自体が、すでに一つの答えを示しています。

文春オンラインの取材によれば、チャイムに課せられた条件は「緊急性は感じさせるが、不安感は与えすぎない」「周囲の騒音の中でも聞き取れる」「難聴の人にも聞こえる」という三つでした。ITmediaの解説記事も、子守歌のように心地よい音では逃げようとせず、逆に猛獣が襲いかかるような音では恐怖で体がすくむ、その中間を狙った設計だったと伝えています。

  • 音型は5音のアルペジオ。遠くまで届き注意を引きやすい、叫び声に近い響きを狙った
  • 同じ音を繰り返す「オスティナート」は恐怖感を強めるため避け、2回だけで切り上げる設計にした
  • 難聴者でも聞き取りやすい音色を、複数の被験者による聞き取り実験で選定した

制作の過程では、20〜30種類の候補音が作られ、いったん7個まで絞り込まれたと伝えられています。そこから先は、難聴の人、子ども、お年寄りなど条件の異なる協力者を集め、台風や電車の走行音といった環境雑音の中でも聞き取れるかどうかまで確かめたうえで、現在の音に決まりました。感覚的に選んだ一音ではなく、絞り込みと検証を重ねた末に残った一音だったわけです。

あの音は、恐怖ではなく警戒をつくるために設計されている。

つまり、あの音を「怖い」と感じるのは失敗作だからではありません。むしろ、危険信号として脳に強く働きかけるよう意図的に不協和音と急激な音程変化を組み込んだ、いわば成功の証拠です。東日本大震災の記憶と結びついて苦手意識を持つ人が多いのも、この設計が実際に脳へ届いているからだといえます。

📌 出典: Yahoo!ニュース(埼玉新聞)「『ゴジラ』のテーマの一部利用も考えたが…」文春オンライン「“ゴジラ音楽の父”と『NHK緊急地震速報チャイム』の不思議な縁」ITmedia Mobile「スマホから流れる緊急地震速報の音色は不安をあおる?」。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

なぜ「慣れ」が起きるのか、設計と心理のズレ

ここまでの説明で一つ疑問が残ります。これほど緻密に「怖がらせすぎない範囲で警戒させる」ように作られた音なのに、なぜ何度も聞くうちに心臓の跳ね方が小さくなっていくのでしょうか。

手がかりになるのが「オオカミ少年効果」と呼ばれる現象です。防災の専門家がYahoo!ニュース(エキスパート)で解説しているように、これはイソップ寓話の羊飼いの少年になぞらえた心理学の用語で、警報や注意喚起が繰り返されるほど、人はその情報に対する警戒を弱めていくことを指します。

緊急地震速報そのものにも、この構造は存在します。気象庁と地震本部の資料によれば、震度4以上の地震について震度予測が実際の観測とおおむね1階級以内で一致した割合は約80%です。裏を返せば、5回に1回近くは体感とずれます。ノイズや複数地震の同時処理を原因とする誤報や過大予測も過去に報告されており、この「外れることもある」という経験の蓄積が、警戒心を目減りさせる一因になります。

この目減りを後押しする具体的な事例もあります。日経新聞やJ-CASTニュースの報道によれば、2020年7月30日、気象庁は鳥島近海(M5.8、震度1未満で有感なし)の地震を、震源が約450キロ離れた千葉県南方沖のM7.3・予想最大震度5強と誤って発表し、関東や甲信、東海に緊急地震速報を出したうえで謝罪しました。実際には揺れをまったく感じなかった人が大半だったこの一件のような経験が積み重なるほど、次に鳴った音への身構え方は薄くなっていきます。

📌 出典: J-CASTニュース「緊急地震速報『空振り』で気象庁謝罪」日本経済新聞「緊急地震速報が誤報 規模を過大評価」

訓練の存在自体も、二面性を持っています。訓練は本番での行動を体に覚え込ませるために不可欠です。しかし同時に、あの音を「訓練かもしれない」という前提つきで聞く回数を増やすことにもなります。設計者が音そのものに込めた緊張感は変わらなくても、受け手側の解釈のレイヤーが年々厚くなっているというのが実態に近いはずです。

2020年にはこのチャイム音自体がグッドデザイン賞を受けています。音のデザインとしての完成度は外部からも評価されている一方で、防災心理の観点からは「同じ音を出し続けることの限界」がすでに研究テーマになっています。筑波大学のリスク・レジリエンス工学分野が公開している検討資料でも、現行の報知音に加えてフェードイン・フェードアウトなど複数の改善案を用意し、聞き取りやすさや行動喚起の効果を定量的に比較する試みが行われています。

📌 出典: Yahoo!ニュース エキスパート(中澤幸介氏)「オオカミ少年効果を克服できるか」筑波大学リスク・レジリエンス工学分野「緊急地震速報 報知音とアナウンスの改善提案」

補足: チャイム音そのものの周波数構成や、伊福部達氏が具体的にどの数値を根拠に「適度な緊張感」を判断したかについては、専門誌や書籍でのみ詳述されており、本稿では一般に報じられた範囲の事実にとどめています。

「慣れるのは仕方ない」という反論への応答

ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。自分で書いておきます。

「毎年何十回も鳴る音に、いつまでも心臓が跳ねているほうが不自然ではないか」。人間の脳が繰り返す刺激に慣れていくのはごく自然な防衛反応であり、それ自体を問題視するのは無理がある、という考え方です。実際、慣れがなければ日常生活は警戒だけで消耗してしまいます。この批判は筋が通っています。

それでも、私たちはこう考えます。「慣れは自然だから仕方ない」で止めてしまうと、対策はいつまでも個人の心構えの問題にされたままになります。

理由は単純です。慣れそのものは止められなくても、慣れても行動が止まらない仕組みは作れるからです。たとえば訓練の告知に「今日は本番と区別がつかない音量・タイミングで鳴らす」という要素を毎回変えて盛り込む、震度予測の誤差幅を音の直後に併記する、家庭や職場ごとに「音が鳴ったら最初にやる一つの行動」だけを決めておく、といった工夫は、慣れを前提にしたうえでも効果を保てます。

音のデザインだけで人の緊張を保ち続けようとするのは、そもそも設計者自身が想定していなかった要求です。伊福部達氏が目指したのは「最初の一音で危険信号を送ること」であり、「何百回聞いても同じ緊張感を保つこと」ではありません。慣れの解決を音のデザインだけに背負わせるのをやめることが、次の一歩だと考えます。

緊急地震速報の音、最近は鳴っても驚かなくなりましたか?

よくある質問

緊急地震速報の音は誰が作ったのですか?

東京大学名誉教授だった工学者・伊福部達氏が、2007年10月の一般提供開始に合わせて設計しました。伊福部氏は映画「ゴジラ」の音楽で知られる作曲家・伊福部昭氏の甥にあたり、叔父の交響曲「シンフォニア・タプカーラ」の一部の和音を採用しています。

なぜ緊急地震速報の音は「怖い」と感じるのですか?

設計自体は「不安を与えすぎない」ことを目指していますが、短時間で音程が大きく変わる不協和音を使っているため、聞く人の脳が「危険信号」として強く反応します。ゴジラのテーマも候補にありましたが、恐怖を煽りすぎるとして採用されませんでした。

訓練で聞き慣れると、本番でも反応が遅れませんか?

その可能性は指摘されています。繰り返し警報に接すると警戒心が薄れる「オオカミ少年効果」と呼ばれる心理現象があり、防災の専門家も、訓練と本番を区別しない意識づけの重要性を呼びかけています。

まとめ

緊急地震速報の音は、ゴジラの音楽を生んだ一族の一人が、恐怖ではなく警戒だけを残すように削り込んで作った音です。それでも慣れが起きるのは、設計の失敗ではなく、繰り返し接するほど警戒が薄れるという、もっと大きな心理の法則のほうが強いからです。

次にあの音を聞いたとき、心臓が跳ねなかった自分を責める必要はありません。音のデザインにできることには、もともと限界があると知ったうえで、鳴ったら最初にやる一つの行動だけを、今日のうちに家族と決めておいてください。それだけで、慣れが行動の遅れに変わるのを防げます。

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