避難しない20代が3割超え。同調性バイアスの矛先は、隣人からSNSのタイムラインに変わったのではないか
「災害が起きても避難しない人が、4人に1人いる。しかも20代・30代に限ると、その割合は3割を超える」。クロス・マーケティングが2026年7月に実施した調査が、こんな数字を出しました。調査が行われたのは、7人が犠牲になった熊本地震の爆発事故の直前です。「若い世代は危機感が薄い」で片づけていいのでしょうか。当サイトは、この数字の裏にはもっと具体的な理由があると考えています。
4人に1人が避難しない、20代・30代で3割を超えた数字
クロス・マーケティングは2026年7月、全国の20〜79歳の男女3,000人を対象に「防災に関する調査(2026年)意識編」を実施しました。結果は日本経済新聞でも取り上げられています。
警戒レベルにかかわらず「避難しない」と答えた人は、全体で24%でした。単純化すると4人に1人です。年代別に見ると、20代・30代ではこの割合が3割を超えています。避難場所と避難所の違いを正しく説明できる人はわずか20%にとどまり、38%は「わからない」と答えました。用語の理解不足も、行動をためらわせる一因と見られます。
別の調査でも、若年層の傾向は裏付けられています。J:COMが実施した「若年層の防災に関する意識調査」では、防災に関する行動について5人に1人以上が「特に何もしたことはない」と回答しました。備えの薄さは、意識の問題だけでなく、行動として数字に出ています。
さらに気になる数字があります。避難にかかる時間・体力・手間を減らす支援(介助・移動手段・宿泊・訓練など)を用意しても、30代以上の4割以上、20歳未満の4割近くが「それでも避難しない」と答えました。一方で、金銭的な補償があれば動くと答えた人は全体で65.7%にのぼり、若い世代ほどこの割合は高い傾向にあります。お金を積んでも動かない層が一定数いる一方で、お金なら動くという層も同時に存在する。単純な「面倒くさいから」では説明がつきません。
この調査結果が公表されたのは2026年8月。その1か月足らず前、7月28日に熊本地震で被災した商業施設で爆発が起き、7人が犠牲になりました。報道によれば、亡くなった方はいずれも、いったん避難したあとに建物へ戻っていたとされています。今回の調査自体はその前に実施されたものですが、「避難しない」「一度避難しても戻ってしまう」という同じ根っこの問題が、時期を近くして立て続けに数字と現実の両方に現れたことになります。
📌 出典: 日本経済新聞、 クロス・マーケティング「防災に関する調査(2026年)意識編」、 J:COM「若年層の防災に関する意識調査」。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
正常性バイアスと同調性バイアスという定番の説明
災害心理学では、避難しない理由として正常性バイアスと同調性バイアスがよく挙げられます。正常性バイアスは、異常な事態を「まだ日常の範囲だ」と処理してしまう心の働きです。同調性バイアスは、周囲が動かなければ自分も動かない、逆に周囲が動けば自分も動くという心理です。日本赤十字社も、この二つを避難の妨げになる心理として並べて注意を呼びかけています。
国や自治体の調査でも、避難しなかった理由の上位は「自宅は大丈夫だと思った」「自分は被害に遭わないと思った」でした。いずれも、正常性バイアスで説明できる回答です。ここまでは、どの防災解説記事でも語られる内容です。
しかし、この説明には抜け落ちている前提があります。同調性バイアスという概念が作られたのは、隣近所の様子を目で見て確認できた時代の話だということです。「周囲」が誰を指すのかは、時代によって変わります。
「避難しない」を若さのせいにすると、対策は「気をつけましょう」で止まる。
当サイトが以前取り上げた、避難した人が建物に戻ってしまう理由も、根っこにあるのは同じ「周囲を見て判断する」構造でした(正常性バイアスだけではない、避難した人が建物に戻る本当の理由)。ただしあの記事で扱ったのは、目の前に見える職場の同僚や店の状況でした。20代・30代の避難率の低さを見ると、いまはその「目の前」の中身そのものが変わってきているのではないかと考えています。
同調の相手が、隣人からSNSのタイムラインに変わった
20代・30代だけが突出して避難しない理由を、私たちは「同調の対象が変わったから」だと考えます。
かつて同調性バイアスが働く「周囲」は、物理的に見える隣人でした。玄関先に出て、隣の家の様子をうかがう。近所の人が避難していなければ、自分も動かない。逆に近所が慌てて避難を始めれば、自分も釣られて動く。これは、誰の目にも同じように見える情報でした。
総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」によれば、「信頼できる情報を得る」ために最も利用するメディアは、全年代ではテレビが51.6%で最多である一方、20代・30代ではインターネットが最も多く選ばれています。つまり同じ警報が出ても、上の世代はテレビの緊急速報テロップで受け取り、20代・30代はスマホの画面越しに受け取る割合が高い、という構造上の差があります。
ここに、旧来の同調性バイアスとは違う仕組みが生まれます。SNSのタイムラインに流れてくる情報は、位置情報順でもリアルタイムの並びでもなく、アルゴリズムが選んだものです。自分の住む地域に本当に危険が迫っていても、フォローしているアカウントがその地域と無関係なら、タイムラインは平常運転のままです。テレビをつければ画面いっぱいに緊急速報のテロップが出ますが、SNSは「誰も騒いでいない」という誤った安心を運んでくることがあります。
当サイトが以前取り上げた、緊急地震速報のチャイム音があえて注意を引く設計にされている理由も、根っこは同じです(緊急地震速報に慣れる理由、ゴジラ作曲家の甥が仕込んだ設計)。公式の警報は、人が慣れて聞き流すことを前提に、それでも届くよう作られています。ところがSNSという経路は、警報そのものを薄めてしまう可能性があります。「隣が逃げていないから大丈夫」ではなく、「タイムラインが騒いでいないから大丈夫」。確認する相手だけが変わって、同じ構造の判断ミスが起きているのではないでしょうか。
これはあくまで当編集部の見立てであり、今回の調査自体がSNS利用と避難行動の因果関係を直接示したものではありません。ただし、SNSへの接触時間が他の年代より明確に長い20代・30代でだけ避難率が落ちるという事実は、「経験不足」だけでは説明しにくい偏り方をしています。
- 全体の避難しない割合は24%、20代・30代は3割超(クロス・マーケティング調査)
- 「信頼できる情報」の入手先は、20代・30代だけインターネットがテレビを上回る(総務省調査)
- 金銭補償があっても、30代以上の4割超が「それでも避難しない」と回答
「結局は危機感の欠如では」という反論への回答
ここまでの見立てに対して、当然強い反論があります。いちばん強いものを、自分で挙げておきます。
「結局それは、SNSのせいにした言い訳ではないか。単に若い世代は災害の経験が少なく、危機感そのものが薄いだけだろう」。この批判にも理があります。実際、大きな災害を経験した人ほど早く避難する傾向は、複数の調査で確認されています。経験の差が行動の差を生むのは事実です。
それでも私たちは、経験不足だけでは今回の数字を説明しきれないと考えます。理由は、金銭補償という強いインセンティブを用意しても、30代以上の4割以上が動かなかったという結果があるからです。経験不足が主因なら、補償という後押しでもっと多くの人が動いてもよいはずです。動かない理由の一部には、危険を知らせる情報がその人のところに実感を伴って届いていない、という受け取り方の問題が混じっていると見るほうが、この数字にはよく合います。
もうひとつ付け加えるなら、この反論が正しいとしても、対策の中身はほとんど変わりません。「経験がないから」であれば訓練や体験の機会を増やす必要がありますし、「情報が実感を伴って届かないから」であれば情報源そのものを見直す必要があります。どちらの原因であっても、「気をつけましょう」という呼びかけだけでは足りないという結論は共通しています。むしろ両方の要因が重なって、今回のような数字になっていると考えるのが自然でしょう。
避難情報が出たとき、あなたはまずどこを確認しますか?
よくある質問
なぜ20代・30代は災害時に避難しない割合が高いのですか?
クロス・マーケティングが2026年7月に実施した「防災に関する調査」によると、警戒レベルに関わらず避難しないと答えた人は全体で24%、20代・30代では3割を超えました。金銭的な補償があっても避難しないと答えた人が30代以上で4割を超えており、費用や手間の問題だけでは説明できません。当編集部は、同調のよりどころが物理的な隣人からSNSのタイムラインへ移ったことが一因だと考えています。
正常性バイアスと同調性バイアスはどう違うのですか?
正常性バイアスは、異常な事態を「まだ日常の範囲だ」と処理してしまう心理です。同調性バイアスは、周囲の人が避難していないのを見て自分も動かなくなる心理です。日本赤十字社は、この二つを避難の妨げになる心理として並べて紹介しています。
避難情報が出たとき、何を目安に避難を判断すればいいですか?
SNSのタイムラインで誰も騒いでいないことは、安全の証拠にはなりません。周囲の反応を待たず、警戒レベル4の避難指示が出た時点で行動を始めることが基本です。自治体の公式アカウントや防災アプリなど、アルゴリズムに左右されない情報源を事前に決めておくことも有効です。
まとめ
「20代は危機感が薄い」という結論で終わらせると、対策は「意識を高めましょう」という精神論にしかなりません。今回の数字が示しているのは、同調のよりどころが変わったという、もっと具体的な話です。
もしタイムラインが「周囲」の代わりになっているなら、打つ手も具体的に決まります。自治体の公式アカウントや防災アプリを、日頃からフォローしておく。警戒レベル4が出たら、SNSの反応を待たずに動く。この二つを今日決めておくだけで、次の警報のときの判断は変わります。
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