賃上げ倒産が過去最多を更新、正体は最低賃金だけではない「淘汰」の設計

【物議】賃上げ倒産はなぜ増えた、国も織り込み済みの理由
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

最低賃金が2026年度、全国加重平均で1176円に決まりました。前年度から55円、4.9%の引き上げで、2年連続の記録的な上げ幅です。喜ばしいニュースのはずなのに、同じタイミングで「人件費高騰」を理由にした倒産が過去最多のペースで増えています。この矛盾を、多くの記事は「中小企業がかわいそう」で終わらせます。しかし、この増加は本当に想定外の副作用なのでしょうか。

賃上げ倒産が、過去最多のペースで増えている

帝国データバンクの集計によれば、2026年上半期(1〜6月)の「人手不足倒産」は227件で、上半期としては5年連続で過去最多を更新しました。物価高が要因となった倒産は556件で、前年同期比23.8%増。2018年の調査開始以来、半期ベースで最多です。このうち人件費の上昇そのものが原因とされたものが145件を占めています。

東京商工リサーチの月次集計を見ると、変化はさらに生々しくなります。2026年1月の「人手不足倒産」36件のうち、「人件費高騰」を主因とするものは19件。前年同月の3.1倍(216.6%増)という急増ぶりです。同じ帝国データバンクの2026年7月調査では、正社員が不足していると答えた企業が51.3%にのぼり、4年連続で5割を超えました。人が足りないまま、それでも賃金だけは上げ続けなければならないという状況が、いま多くの中小企業を追い詰めています。

この数字が重いのは、2026年10月からさらに最低賃金が上がるタイミングと重なっているからです。今回過去最多を更新した倒産の多くは、まだ2025年度(1121円)の水準での話です。ここに、55円・4.9%という2年連続の記録的な引き上げが上乗せされます。いま苦しんでいる企業の体力は、この秋にもう一段削られることになります。

📌 出典: 帝国データバンク「倒産集計 2026年上半期報」帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」東京商工リサーチ「2026年1月の『人手不足』倒産」日本経済新聞「最低賃金の全国平均1176円に」。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

なぜ「良い政策」が会社を潰すのか

最低賃金の引き上げそのものは、多くの人にとって歓迎すべき話です。問題は、最低賃金だけを上げて終わりにはならない、という点にあります。最低賃金が上がると、その少し上で働いていた人との差が縮まり、「自分の給料も上げてくれないと割に合わない」という不満が起きます。これを避けるには、最低賃金より上の層の賃金も連動して引き上げる必要があり、結果として人件費全体は最低賃金の上げ幅以上に膨らみます。

さらに、給与が上がれば会社が負担する社会保険料も連動して増えます。賃上げのコストは、目に見える時給の差以上に重いということです。ここに、原材料や物流費の高騰が重なります。体力のある大企業は値上げを商品価格に転嫁できますが、下請けの立場が弱い中小企業ほど、価格交渉の余地がありません。コストだけが積み上がり、売上には反映されない。この落差が、資金繰りを直撃します。

賃上げが悪いのではない。価格に転嫁できない企業だけが、先に倒れていく。

具体的に考えてみます。時給1121円で働くパート従業員が10人いる会社があるとします。最低賃金が1176円になれば、10人分の時給差だけなら月数万円の負担増で済みます。ところが実際には、いまその会社で時給1200円や1250円で働いている準社員やベテランパートも、新人とほとんど差がなくなってしまいます。彼らの待遇も引き上げないと、辞めてしまうか、士気が落ちます。人手不足の会社ほど、辞められることが一番怖い。結果として、最低賃金の引き上げ幅よりも大きい負担が、賃金表全体に波及していきます。

つまり「賃上げ倒産」という言葉は、賃上げそのものが企業を殺しているように聞こえますが、実態はもう少し複雑です。賃上げに耐えられる収益構造を持っているかどうかで、生死が分かれているのです。そして、この選別が起きること自体を、実は日本政府はかなり前から知っていました。

賃上げ倒産は失敗ではない、「淘汰」を望んだ人がいた

2020年、当時の菅政権が主導した成長戦略会議で、経済学者のデービッド・アトキンソン氏がある主張を展開しました。「日本は中小企業の数が多すぎ、そのぶん一社あたりの生産性が低い。最低賃金を段階的に引き上げれば、体力のない企業は再編・統合され、結果として日本全体の生産性が上がる」というものです。この提言は当時、賛否を巻き起こしながらも、政府の経済政策の議論に組み込まれていきました。

実際、政府が掲げる「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」の施策パッケージには、価格転嫁の徹底や生産性向上支援と並んで、「事業承継・M&Aを通じた経営基盤の強化」が明記されています。倒産を完全に防ぐための計画ではなく、体力のない企業が単独で潰れる前に、他社に引き取られる道を用意しておく計画です。ここに、賃上げについていけない企業が一定数出ることを、政策があらかじめ織り込んでいた形跡が見えます。

  • 2026年度の最低賃金目安は全国加重平均1176円。前年度から55円(4.9%)引き上げで、2年連続の記録的な上げ幅
  • 賃上げ倒産の多くは、資本金1000万円未満の小規模企業に集中している
  • 政府の5か年計画には、価格転嫁の徹底とあわせてM&A・事業承継の支援策が明記されている

「潰れる会社が出るのは仕方ない」と言い切っているわけではありません。ただ、無風で賃上げだけが進んでいるのではなく、その先で一定数の企業が退出することを前提に、受け皿(M&A支援)を用意しているという設計そのものは、あまり報じられていません。

アトキンソン氏の議論の出発点は、日本の企業のうち従業員数が20人以下の小規模事業者が全体の8割以上を占め、そのなかで極端に生産性の低い層が全体の平均を大きく引き下げているという分析でした。中小企業をひとまとめに擁護するのではなく、「規模の経済が働かない小さすぎる会社が多すぎること」自体が、日本人の給料が上がらない一因だという主張です。この視点に立てば、最低賃金の引き上げは単なる労働者保護策ではなく、企業の側に再編を迫る産業政策としての側面を持つことになります。

「それでも淘汰でいい」という主張への反論

ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。

アトキンソン氏の提言に対し、日本商工会議所の三村明夫会頭(当時)は「小規模企業の減少は、雇用の都市への流出を招き、地方の衰退を加速させる」と反論しました。中小企業は、地方において雇用の受け皿そのものです。統合や再編がスムーズに進むのは、買い手企業がある都市部の話であり、買い手のいない地方では、退出は単なる消滅にしかなりません。M&Aという言葉は聞こえがよくても、実際に譲渡先が見つかる中小企業はごく一部というのが現実です。

補足: 最低賃金の引き上げが本当に生産性向上につながるかどうかは、経済学者の間でも意見が分かれており、確立した結論ではありません。因果関係については、賃金を上げれば企業が省力化投資を進めるという見立てと、体力のない企業から順に消えるだけだという見立ての両方が存在し、本稿はどちらか一方を断定するものではありません。

M&Aによる事業承継の支援策自体も、まだ十分な実績を伴っているとは言えません。国が用意した事業承継・引継ぎ支援センターの相談窓口は各都道府県に設置されていますが、後継者不在の企業すべてに買い手が見つかるわけではなく、特に飲食・小売・建設といった労働集約型の業種では、譲渡候補そのものが見つからずに廃業を選ぶケースが少なくありません。制度としての「受け皿」は用意されていても、それが実際に機能するかどうかは、業種と地域によって大きな差があります。

それでも、私たちはこう考えます。問題は「淘汰するかどうか」ではなく、「どう軟着陸させるか」です。賃上げを止めれば、日本の実質賃金はいつまでも上がらず、人手不足はさらに悪化します。かといって、価格転嫁の環境が整わないまま賃上げだけを進めれば、地方から順に企業と雇用が消えていきます。政府の計画に受け皿が書かれていること自体は前進ですが、その受け皿が実際に機能しているかを検証する視点が、いまの報道には抜け落ちています

賃上げ倒産の増加を、あなたはどう受け止めますか?

よくある質問

賃上げ倒産とは何ですか?

最低賃金の引き上げなど人件費の高騰が原因で、資金繰りが悪化して倒産することです。東京商工リサーチや帝国データバンクが「人手不足倒産」の一因として集計しており、2026年に入って急増しています。

なぜ最低賃金を上げると倒産が増えるのですか?

最低賃金だけでなく、その上の賃金層も一緒に引き上げないと従業員の不満(賃金の圧縮)が起きるため、人件費全体が想定以上に膨らみます。社会保険料の会社負担分も連動して増え、価格に転嫁できない中小企業ほど資金繰りが厳しくなるためです。

賃上げ倒産を防ぐにはどうすればいいですか?

政府は価格転嫁の徹底、生産性向上の支援、事業承継・M&Aによる経営基盤の強化を柱とする5か年計画を掲げています。個々の企業にとっては値上げ交渉力を持つことと、早い段階で第三者への譲渡を選択肢に入れることが、無秩序な倒産という最悪の結末を避ける手段になります。

まとめ

賃上げ倒産の急増は、突然変異のように起きたニュースではありません。最低賃金を段階的に上げていけば、体力のない企業から順に苦しくなることは、政策を設計した側もある程度分かっていたことです。問題は「淘汰するかどうか」を議論することではなく、淘汰される側の企業で働いていた人たちの受け皿が、実際にどれだけ用意されているかです。

賃上げのニュースを見るとき、「良いことだ」で終わらせず、その裏で誰が価格転嫁の交渉力を持ち、誰が持たないのかまで想像してみてください。倒産の数字の向こうには、いつも、次の仕事を探すことになる誰かがいます。

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