クレジットカード不正利用の9割は「番号盗用」、それでも盗撮に注意すべき理由
2026年3月、クレジットカードの不正利用被害額が8年ぶりに前年を下回ったと発表されました。番号盗用対策がようやく効き始めた、明るい話のはずです。ところが同じ年の8月、テレビの情報番組は「クレカの券面を盗撮されている」という、いかにも一昔前の手口への注意を呼びかけました。被害総額は減ったのに、なぜ今さら盗撮なのでしょうか。
「被害は8%減った」の裏で今も鳴る警報
一般社団法人日本クレジット協会は2026年3月6日、2025年通年のクレジットカード不正利用被害額を発表しました。総額は510.5億円で、前年より8.0%少なくなっています。ここ数年、右肩上がりを続けていた被害額が減少に転じたのは久しぶりのことです。
内訳を見ると、カード番号や有効期限、セキュリティコードだけを盗まれる「番号盗用被害」が475.4億円で、構成比は93.1%。カードそのものを偽造して使う「偽造被害」は7.2億円で、構成比はわずか1.4%にとどまりました。偽造被害は前年より22.0%増えていますが、額そのものは番号盗用の60分の1程度にすぎません。
この8.0%減という数字は、それ単体ではとても大きな意味を持ちます。過去10年近く、クレジットカード不正利用被害額は毎年のように過去最多を更新し続けてきました。2024年通期は555.0億円で、これも当時の過去最多でした。減少に転じたのは、その流れが止まった最初の年だということです。
安心していいはずの数字が出た5カ月後、テレビ朝日系の情報番組「グッド!モーニング」は8月7日、まったく別の警戒信号を伝えました。「クレカの券面盗撮に注意」。YSコンサルティング代表取締役の瀬田陽介氏は、会計時などにクレジットカードの表と裏を動画で撮影されるリスクを指摘し、「3秒あれば両方撮影できる」と説明しています。番組が挙げた対策は、券面に番号を印字しないナンバーレスカードへの切り替えや、スマホ決済への一本化、利用のたびに通知が届くサービスの利用でした。
なお、不正利用と分かって速やかに届け出た場合、原則としてカード会員本人が損害を負うことはありません。カード会社の規約に基づき、被害額はカード会社側が補償する仕組みになっています。つまりこの被害額は、個人の財布から直接消えているわけではなく、カード会社や加盟店が負担する社会全体のコストとして積み上がっているという見方もできます。
📌 出典: ネットショップ担当者フォーラム(日本クレジット協会 集計)、 Yahoo!ニュース(テレビ朝日系ANN)、 BUSINESS LAWYERS(経済産業省ガイドライン解説)。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
「番号盗用」が9割を占める理由
なぜ被害の9割が「番号盗用」で、「偽造」はわずかなのでしょうか。答えは、カード業界がここ数年で偽造を潰してきたからです。
以前は、店舗の決済端末やATMでカードの磁気情報を読み取る「スキミング」から偽造カードを作る手口が主流でした。日本では加盟店のカード情報保護対策とIC対応端末への切り替えが原則義務化され、磁気ストライプだけで完了する決済はほぼ姿を消しています。ICチップは複製がきわめて難しく、偽造カードを作る手口は割に合わなくなりました。
犯罪者にとって重要なのは、犯罪の「割に合う場所」を探すことです。物理的なカードを偽造するコストが跳ね上がった以上、次に狙われるのは、チップも暗証番号も要らない場所——つまりインターネット上の決済(EC・非対面取引)です。番号と有効期限、セキュリティコードの3つが分かれば、多くのECサイトで買い物が完了してしまう。カードの現物はどこにあってもかまいません。
この構図には、犯罪の「効率」という側面もあります。フィッシングサイトや、通販事業者からの情報漏えいは、一度成功すれば数百から数万件のカード情報をまとめて手に入れられます。ひとりずつ券面を覗き見る手口とは比較にならない量です。番号盗用被害が偽造被害の60倍を超えているのは、犯罪者が「1件ずつ手間をかける」より「まとめて盗んで、まとめて使う」ほうを選んできたことの結果でもあります。
セキュリティが強くなるほど、犯罪はセキュリティが強くない場所に移動する。カードが安全になった代償として、番号そのものが狙われるようになった。
3Dセキュア義務化が生んだ「揺り戻し」
番号さえあれば通ってしまうECの決済に、待ったをかけたのが「EMV 3-Dセキュア」です。経済産業省は2023年3月に改訂した「クレジットカード・セキュリティガイドライン」で、2025年3月末までに、原則すべてのEC加盟店にこの仕組みの導入を求めると明記しました。
3-Dセキュアは、カード番号を入力しただけでは決済が完了しない仕組みです。スマホアプリでの本人認証や、事前登録したワンタイムパスワードなど、番号の「外側」にある情報を追加で要求します。番号だけを盗んでも、決済という「出口」で止められる可能性が高くなったわけです。
2025年の被害総額が8年ぶりに減り、番号盗用被害も7.4%減ったという数字は、この義務化がはじめて丸1年動いた結果と重なります。ここまでは、めでたい話として終わってよいはずです。
ところが、犯罪者から見れば、EC決済という「出口」が固くなった分、そこにたどり着くための「入口」の価値がむしろ上がります。3-Dセキュアの追加認証を突破するには、番号だけでなく、氏名や生年月日、本人になりすませるだけの情報がまとめて必要になる場合があります。フィッシングやデータ漏えいのように、時間と手間をかけて一部の情報を盗む手口は、この「まとめて」を満たすのに向いていません。一方、券面を1回、3秒間撮影するだけで、番号・有効期限・セキュリティコード・氏名という「まとめて」がその場で丸ごと手に入ります。
- 磁気ストライプ決済 → IC義務化で偽造カードのコストが上昇
- ECの番号だけの決済 → 3-Dセキュア義務化で番号だけでは突破しづらくなった
- 残った「割に合う」場所 → 券面を直接、目やカメラで盗み見ること
もちろん、3-Dセキュアが無敵の壁というわけではありません。本人認証用のワンタイムパスワードそのものを、偽サイトに入力させて盗む「リアルタイム型フィッシング」の手口も報告されています。ただし、この手口は被害者ごとに、そのつど偽サイトへ誘導して入力させる必要があり、番号を1回盗めば何度でも使い回せた時代に比べると、1件あたりの手間は明らかに増えています。壁は破られることがあっても、以前より高くなったこと自体は動きません。
つまり券面盗撮は、目新しい技術ではなく、他の入口がふさがれた結果として相対的な価値が上がった、古い手口の「再評価」だと考えられます。店員に手渡す、レジ台の上に置く、スマホのカメラを近くで構える——そのわずかな数秒が、いまいちばん割に合う「情報の入口」になっているという構図です。
「今更騒ぐ話ではない」という反論への回答
ここまでの説明に対して、もっとも強い反論はこうです。「券面を盗み見る、盗撮するという手口は、クレジットカードが生まれた頃からある。今回だけ特別に警戒する理由はないのではないか」。
この指摘は正しい部分があります。券面盗撮そのものの発生件数を示す公的統計は存在せず、今回の報道が「増えている」ことを数字で証明したわけではありません。専門家の注意喚起が出たという事実と、被害の構造が変わったという事実は、本来は別のものです。
それでも、この記事はタイミングの一致を軽視すべきではないと考えます。3-Dセキュア義務化から丸1年が経ち、はじめて被害総額が減少に転じたその年に、これまで大きく報じられてこなかった券面盗撮のリスクが、テレビの全国放送で扱われました。これは偶然かもしれませんが、犯罪者が入口を変える経済合理性を踏まえれば、十分に筋の通った偶然です。
大事なのは、盗撮が「新しい脅威」かどうかを議論することではありません。どの手口にどれだけの数字がついているかを、公式統計で継続的に確認し続けることです。次に日本クレジット協会が2026年通年の数字を発表するとき、「その他不正利用被害」や偽造被害の内訳がどう動くかが、この考察の答え合わせになります。
会計のとき、クレジットカードの券面を店員や周囲の視線から隠すようにしていますか?
よくある質問
「番号盗用被害」とはどんな被害ですか?
カードの現物を盗まれたり偽造されたりせず、カード番号・有効期限・セキュリティコードといった情報だけを盗まれて、インターネット上の決済などに使われる被害です。日本クレジット協会の集計では、2025年通年の不正利用被害額510.5億円のうち93.1%(475.4億円)がこの番号盗用被害でした。
3-Dセキュアを導入すれば、クレジットカードの被害はなくなりますか?
なくなりません。3-Dセキュアはインターネット上の決済で番号だけでは突破しにくくする仕組みですが、券面を直接撮影されるなど、番号そのものが最初から漏れてしまう手口には効果が及びません。経済産業省は2025年3月末までに原則すべてのEC加盟店への導入を求めましたが、被害をゼロにする対策としては設計されていません。
券面盗撮を防ぐには何をすればいいですか?
会計時にカードを他人の目やスマートフォンのカメラにさらす時間を減らすことが基本です。券面に番号が印字されていないナンバーレスカードへの切り替えや、スマホ決済への一本化、利用のたびに通知が届くサービスの利用が、テレビ朝日の報道でも対策として挙げられていました。
まとめ
クレジットカードの不正利用被害が8年ぶりに減ったというニュースは、間違いなく良い知らせです。ただしそれは「安全になった」ことの証明ではなく、「入口が一つ塞がれた」ことの証明にすぎません。犯罪者は、塞がれていない入口を探して移動します。
次にどの入口が使われるのかを言い当てることはできませんが、少なくとも今のところ、その一つは会計の場で見せているカードの表と裏です。今日の買い物で、自分がカードをどれだけ人目にさらしているか、一度確認してみてください。
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