日経平均6万9000円台でも生活が苦しいのはなぜか。NISA格差の正体は「やる気」ではなく「6割弱」の壁だった

【物議】NISA格差の正体、株高でも実感がない理由
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

2026年8月17日、日経平均株価は5日続伸で6万9000円台を回復した。ニュースが流れるたびにSNSでは「株高なのに生活は苦しい」という声と、「NISAをやってないから恩恵がないだけ」という声がぶつかる。この対立は、たいてい「投資する勇気があるかないか」の話にすり替えられて終わる。だが公的調査の数字を見ていくと、そこには意志の差では説明できない、もっと構造的な壁がある。

いま起きていること――5日続伸で見えた「別世界」の株高

8月17日の東京市場で、日経平均株価は前日比506円45銭高の6万9220円25銭で取引を終えた。5営業日連続の上昇で、終値ベースで6万9000円台に乗せるのは7月6日以来およそ1カ月半ぶりとなる。アドバンテスト、キオクシアホールディングス、ソフトバンクグループ、東京エレクトロンなど、AI・半導体関連の主力株が上昇をけん引したと株探や日本経済新聞が報じている。

株価が最高値圏を更新するたびに、ネット上では同じ構図の議論が繰り返される。「株を持っている人は今日も資産が増えた」という書き込みに対し、「自分には関係ない世界の話」という反応が返る。両者はどちらも間違っていない。問題は、その差がどこから生まれているのかという説明のほうだ。

実はこの構図、今回に限った話ではない。日経平均が節目の水準を更新するたび、同じ言い合いが繰り返されてきた。「株高不況」という言葉が何度もメディアに登場していること自体が、指数の高さと生活実感のズレが、もはや一時的な現象ではなく定着した構造であることを示している。だとすれば、そのたびに「勇気を出して投資しよう」という結論に着地させるだけでは、根本の説明にならない。

📌 出典: 株探ニュース日本経済新聞財経新聞。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

NISA格差の実際の数字――2,826万口座、利用率3割の現実

この「別世界」を象徴するのが、NISA(少額投資非課税制度)の普及データだ。日本証券業協会によると、2025年12月末時点のNISA口座数は約2,826万口座。新NISAが始まる前の2023年12月末(約2,125万口座)と比べて、この2年で約701万口座増えた計算になる。数字だけ見れば、投資は確かに広がっている。

  • NISA口座数(2025年12月末):約2,826万口座
  • 新NISA開始前(2023年12月末)からの増加:約701万口座
  • 民間の集計では、利用率はおおむね3割前後、年代別では30代の利用が比較的高いとされる

裏を返せば、日本の成人人口のうちまだ7割前後が新NISAの恩恵を受ける立場にすらいないということでもある。ここで多くの解説記事は「今からでも遅くない、始めよう」で締めくくる。しかし、それで終わらせると、いちばん大事な問いが残ったままになる。その7割は、なぜ始めていないのか。

日銀の資金循環統計をもとにした比較では、日本の家計金融資産に占める「現金・預金」の割合はおよそ54%、「株式・投資信託」はおよそ15%にとどまる。一方でアメリカの家計金融資産は「現金・預金」が約13%にすぎず、「株式・投資信託」が約51%を占める。日米で構成比がほぼ逆転している格好だ。もっとも、日本の現預金比率は2025年9月末時点で49.1%まで下がり、統計上は18年ぶりに50%を割り込んだとも報じられている。変化は起きているが、その速度はまだ緩やかだ。

「やらない」ではなく「やれない」という壁

「投資をしない理由」と聞くと、多くの人が「損をするのが怖いから」を思い浮かべる。実際、そう答える人もいる。だが金融経済教育推進機構(J-FLEC)などが継続的に実施している「家計の金融行動に関する世論調査」を見ると、順位は違う。資産運用をしない理由としていちばん多いのは「余裕資金がないから」で、6割弱を占めている。元本割れへの不安や、預金の安心感を挙げる人は、それより少ない割合にとどまる。

投資をしない理由の1位は「怖いから」ではなく「余裕がないから」だ。

この順位が意味することは大きい。NISA格差の主因は、リスクへの態度の差ではなく、そもそも投資に回せる可処分所得があるかどうかの差だということだ。労働政策研究・研修機構(JILPT)によると、日本の実質賃金指数は2025年まで前年比マイナスが4年連続で続いた。2026年に入りようやくプラス圏へ戻りつつあるが、直近まで積み上がった目減り分を取り戻したわけではない。物価高で家計の余白がすり減っている家庭にとって、月1万円を株式に振り向けるという選択肢は、そもそも手元にない。

年代別のNISA利用データが30代で高くなる傾向も、この見方と矛盾しない。共働きで世帯収入が相対的に安定しやすく、老後や教育費への意識も高まりやすい層だからこそ、少額でも投資に回す余地が生まれやすい。逆に言えば、NISAの利用率は「投資への理解度」以上に「その月に余らせられるお金があるかどうか」の分布と重なって見える

それでも「株高なのに生活が苦しい」という言葉は、しばしば「投資をしなかった自己責任」として語られる。この語り方が広まりやすいのには理由がある。賃金が上がらない構造そのものを論じるより、個人の選択の問題として片づけるほうが、話としてはるかに簡単だからだ。NISA格差の議論は、気づかないうちに「なぜ賃金が上がらないのか」という本来の論点から目をそらす役割を果たしてしまっている。

もうひとつ見落とせないのが、世代の記憶だ。1990年代のバブル崩壊とその後の「失われた数十年」を働き盛りの時期に経験した世代にとって、株式投資は「儲かるもの」より先に「痛い目を見るもの」として刷り込まれている。余裕資金が多少あっても、その記憶が背中を押さないケースは少なくない。金融庁の調査でも「資産運用に関する知識がないから」という回答は決して少数派ではなく、余裕資金の不足と並ぶ大きな壁として繰り返し挙がっている。お金の余白と、投資を怖がらせてきた時代の記憶。この二つが重なったところに、NISA格差は生まれている。

補足: 本稿は特定の金融商品への投資を勧めるものではありません。株価は将来的に下落する可能性もあり、NISAを利用するかどうかは各自の家計状況に応じた判断が必要です。ここで扱うのは「なぜ利用に差が生まれるのか」という構造の話です。

「言い訳だ、100円から始められる」という反論への回答

ここまでの主張に対して、当然強い反論がある。自分で書いておく。「余裕資金がないというのは言い訳だ。今のNISAは月100円からでも積み立てられる。本当にやる気があるなら、金額の大小にかかわらず始められるはずだ」という指摘だ。これは事実として正しい。制度上、少額からの積立は誰にでも開かれている。

それでも私たちはこう考える。複利の効果は、時間だけでなく元手の大きさにも左右される。月100円の積立と月5万円の積立では、同じ年数・同じ利回りでも、30年後の資産額の差は数百万円から一千万円単位に広がる。つまり「やる気があれば少額でも始められる」という正論は、格差そのものを縮める力としては小さい。むしろ、月5万円を回せる家計と、月100円しか回せない家計の差――すなわち賃金と可処分所得の差――が、そのまま将来の資産差に置き換わっていくだけになる。

「100円からでも始められる」という善意のアドバイスは、個人の行動としては正しい。しかし社会全体の格差を語る文脈でこれだけを強調すると、本当の原因である賃金の伸び悩みから議論をそらしてしまうという副作用がある。この記事が言いたいのは「投資するな」ではなく、「NISA格差を語るときは、賃金の話を素通りしない」という一点だ。

もう一つ想定される反論は、「知識不足のほうが本質的な問題で、金融教育を広げれば解決する」というものだ。これも一理ある。実際、学校教育での金融リテラシー講座は年々拡充されている。ただし知識だけを積んでも、それを実践に移すための元手がなければ、学んだ知識は使い道のないまま止まってしまう。知識と資金は、どちらか一方では機能しない両輪であり、資金のほうだけを「本人の努力不足」として片づける論調に、私たちは違和感を持っている。

あなたはNISA(少額投資非課税制度)を利用していますか?

よくある質問

NISA口座数はどれくらいまで増えていますか?

日本証券業協会によると、2025年12月末時点のNISA口座数は約2,826万口座です。新NISAが始まる前の2023年12月末と比べて約701万口座増え、直近1年間だけでも約267万口座増加しました。ただし口座を開いても実際に積み立てているとは限らない点には注意が必要です。

投資をしない一番の理由は何ですか?

「損をするのが怖いから」だと思われがちですが、金融経済教育推進機構(J-FLEC)などが実施する「家計の金融行動に関する世論調査」では、資産運用をしない理由の最大要因は「余裕資金がないから」で、6割弱を占めています。元本割れへの不安を挙げる人は、それより少ない割合にとどまっています。

株高なのに生活が苦しいと感じるのはなぜですか?

日本の個人金融資産のうち、株式など値上がりの恩恵を直接受ける資産の割合は限られており、株高の効果がもともと資産を持つ層に偏って及ぶためです。あわせて実質賃金の伸び悩みが続いていることも、株価の高さと生活実感がかみ合わない体感を生んでいます。

まとめ

日経平均6万9000円台という数字は、事実として日本経済の一部が確かに強くなっていることを示している。だが、その強さを実感できる人とできない人の線引きは、「投資をする勇気」の有無ではなく、「月々いくら投資に回せるか」という、もっと手前の家計の問題で決まっている。

NISA格差を「意志の差」として語り続ける限り、この溝は埋まらない。埋めるべきなのは投資への心理的なハードルではなく、月100円と月5万円を隔てている、実質賃金という土台のほうだ。日本と米国の家計資産構成が長年逆転したままなのも、国民性の違いという言葉だけでは説明しきれない。そこには4年連続で目減りしてきた実質賃金と、投資を怖がらせてきた時代の記憶が、静かに積み重なっている。

株高のニュースを見て何も感じない自分に気づいたら、それは怠けているのではなく、原資が足りていないだけかもしれない。次に「NISA格差」という言葉を目にしたときは、その裏側にある「なぜ余裕資金が生まれないのか」という、もう一段深い問いまで立ち止まって考えてみてほしい。

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