高齢者はなぜエアコンを嫌うのか。理由の正体は「電気代」だけではなかった
「もったいないからエアコンはつけない」。夏になるたびに、実家の親や祖父母から一度は聞く言葉ではないでしょうか。多くの解説記事は、この一言を「昔の価値観」「節約癖」として片づけます。しかし総務省消防庁と東京大学の調査データを重ねていくと、そこにはもっと構造的な理由が見えてきます。ケチだからではなく、そうせざるを得ない事情がある高齢者が一定数いるという話です。
いま、この問いが命に関わる季節になっている
総務省消防庁の速報値によれば、2026年7月27日〜8月2日の1週間で、熱中症による救急搬送は全国で9,180人にのぼりました。このうち65歳以上の高齢者が占める割合は59.6%です。翌週の8月3日〜9日も7,611人が搬送されており、依然として高い水準が続いています。
搬送先が病院で済むならまだ軽いほうです。発生場所別の集計では、熱中症は屋外よりも住居内での発生が最も多いという傾向が例年続いています。炎天下の甲子園やスポーツの現場ではなく、静かな自宅の中で、それも冷房のある部屋で、事態は起きています。
2025年は5〜9月の全国搬送人員が10万510人と、2008年の統計開始以来はじめて10万人を超えました。年齢区分別では65歳以上が全体の約57%を占め、8月単月では住居内での発生が発生場所別で最多、年齢別でも高齢者が55%に達しています。数字の中心には、いつも高齢者と「家の中」がいます。
📌 出典: 厚生政策情報センター(消防庁速報値)、 共同通信PRワイヤー、 新建ハウジング(2025年搬送実績)、 日本スポーツ栄養協会(発生場所・年齢別内訳)。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
「電気代がもったいない」だけでは説明できない
高齢者がエアコンを使わない理由として、家電メーカーのアンケートで必ず上位に来るのが「電気代がかかるから」です。三菱電機の調査でも、節電・電気代を理由に挙げた回答が最も多く報告されています。パナソニックの調査でも同様に「電気代がかかるから」が最多で、「エアコンを使うほど暑くないから」「エアコンの風は寒いから」「風が体に当たるのが苦手」といった声が続きます。
ここに、加齢による体の変化が重なります。年齢を重ねると、皮膚の温度センサーの感度が鈍くなり、暑さそのものを感じにくくなることが知られています。発汗の働きも弱まり、体に含まれる水分量も若い頃より少なくなるため、のどの渇きを自覚しにくくなります。「暑いと思っていないから、つけない」という、本人にとっては合理的な判断が、結果として危険を招きます。介護や家電の現場では、この二つ(節約意識と体感の鈍化)が対策の説明の中心になってきました。
高齢者がエアコンを使わないのは、我慢強いからでも頑固だからでもない。危険を感じる仕組み自体が、静かに壊れているからだ。
ここまでは、家電メーカーや介護系メディアが繰り返し説明してきた内容です。「声をかけましょう」「リモコンを分かりやすい場所に置きましょう」といった対策も、このレベルの理由に対応するものとしては正しい。実際、検索すればこの手の解説記事はいくらでも出てきますし、内容もほぼ同じです。
ただし、ここで立ち止まって考えたいことがあります。これだけ同じ注意喚起が毎年繰り返されているのに、なぜ熱中症による死者・搬送者は減るどころか、記録を更新し続けているのでしょうか。「知っているのに実行できない」という現象の裏には、声かけやリモコンの置き場所を変えるだけでは届かない層が存在すると考えるほうが自然です。
数字が示す、もう一つの理由
東京大学と東京都監察医務院が2025年に公表した研究が、そのことを明らかにしています。2013〜23年の11年間に東京23区で検案された熱中症死亡例のうち、室内で亡くなった1295例を詳しく調べたところ、次のような内訳が分かりました。
- エアコンが「オフ」だった例:581例
- エアコンが「設置されていなかった」例:381例
- エアコンが「故障していた」例:129例
合わせると、室内で亡くなった熱中症死亡例の8割を超える人が、エアコンが動いていない部屋で最期を迎えていたことになります。研究チームはこのうち213例(全体の16.4%)について、エアコンを適切に使えていれば防げた可能性があると分析しています。
ここで注目すべきは、これらの事例のおよそ8割が、一人暮らしか、高齢者だけの世帯だったという点です。生活保護を受けている人や、年金・預貯金だけで暮らしている人が大半を占めていました。つまり多くのケースで、「もったいないから使わない」という選択の背景には、本当に電気代を払う余裕が乏しい生活と、その様子に気づいて声をかけてくれる人がそばにいない孤立という、二つの条件が同時に揃っていたと考えられます。
この「そばに人がいない」という条件は、決して例外的なものではありません。内閣府の高齢社会白書によれば、65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は、2020年時点で男性15.0%、女性22.1%。昭和55年(1980年)の男性4.3%、女性11.2%と比べると3〜4倍に増えています。声をかけてくれる家族が近くにいない高齢者は、この40年でむしろ標準的な存在になったということです。
2026年は食品や日用品の値上げが相次ぎ、年金だけで暮らす世帯の実質的な購買力はさらに目減りしています。「電気代がもったいない」という言葉を、単なる価値観の古さとして処理してしまうと、その奥にある生活の逼迫と、それに気づく人がいないという孤立の両方を見落とすことになります。
📌 出典: 東京大学大学院医学系研究科・東京都監察医務院 プレスリリース、 ダイヤモンド・オンライン、 内閣府 令和7年版高齢社会白書。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
「本人の意識の問題」という見方への反論
ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。
「大多数の高齢者は、ちゃんとエアコンを使えている。使わない一部の人は、本人が頑固で言うことを聞かないだけではないか。家族が説得すれば済む話を、貧困や孤立という社会問題に大きく見せすぎているのではないか」。この指摘はもっともです。実際、多くの高齢者は家族の声かけでエアコンを使うようになりますし、本人の意固地さが要因になっているケースも確かにあります。
それでも、私たちはこう考えます。声かけが効くのは、そもそも声をかけてくれる相手がいる高齢者だけです。東大の研究が示した「一人暮らしか高齢者だけの世帯が8割」という数字は、まさに声をかける相手がいない層に危険が集中していることを意味しています。本人の意識の問題として片づけると、対策は「もっと注意喚起しましょう」で止まってしまいます。しかし注意喚起の声は、それを届ける相手がいない家には届きません。
本気で減らしたいなら、家族の説得に加えて、声をかける人がいなくても機能する仕組みが要ります。電気代の負担を軽くする自治体の補助制度、離れて暮らす家族にも作動状況が分かる見守り家電、独居高齢者を定期的に訪ねる地域の見守りサービス。いずれも、本人の性格を変える必要がない対策です。
実際、多くの自治体はすでに低所得の高齢者世帯向けにエアコン購入・設置費用の助成制度を設けています。しかし、こうした制度は本人か家族が申請しなければ動きません。声をかける人がいない世帯ほど、この「申請」という最初の一歩でつまずきやすいという矛盾があります。啓発と制度をセットで届ける仕組みがなければ、せっかくの補助も届くべき人に届きません。
具体的に、家族や周囲ができることを整理すると次のようになります。
- 年に一度でも、電気・ガス料金の請求書を一緒に確認する(節約が「命がけの節約」になっていないか)
- 自治体のエアコン購入・設置助成、扇風機との併用助成の有無を代わりに調べる
- エアコンの設定温度・故障の有無をリモートで確認できる家電への切り替えを検討する
- 近くに家族がいない場合は、民生委員や地域包括支援センターへの相談を選択肢に入れる
あなたの家族の高齢者は、夏にエアコンをきちんと使えていますか?
よくある質問
高齢者はなぜエアコンを使いたがらないのですか?
最も多い回答は「電気代がもったいない」という節約意識です。三菱電機の調査では節電・電気代を理由に挙げた回答が最も多く、そこに加齢による体温調節機能の低下や、暑さを感知しにくくなる生理的な変化が重なっています。
エアコンを使わないと熱中症のリスクはどれくらい上がりますか?
東京大学と東京都監察医務院の研究では、2013〜23年に東京23区で室内で亡くなった熱中症死亡者1295例のうち、エアコンがオフだった例が581、設置されていなかった例が381、故障していた例が129あり、合わせて8割を超えていました。命に直結するリスクだと分かります。
高齢者にエアコンを使ってもらうには、家族は何をすればいいですか?
声かけや説得も有効ですが、それだけに頼らない備えが必要です。電気代の負担を減らす制度の確認、離れていても作動状況が分かる見守り家電の活用、一人暮らしの高齢者については地域の見守りサービスとの連携が挙げられます。
まとめ
高齢者がエアコンを使わない理由を「もったいない」の一言で終わらせると、対策も「声をかけましょう」で止まります。しかし数字を追っていくと、その奥には、電気代を本当に払えない生活と、それに気づいてくれる人がいない孤立という、もっと重い事情が横たわっているケースが少なくありません。
一人暮らしの高齢者はこの40年で3〜4倍に増え、これからも増え続けます。「家族が声をかければ解決する」という前提そのものが、すでに社会の実態と合わなくなりつつあるのが今の日本です。
今日、実家や祖父母の家に電話をかけるとしたら、聞くべきは「エアコンつけてる?」の一言だけでは足りません。「電気代、今の家計で本当に大丈夫?」まで踏み込んで初めて、この問題の入り口に立てます。
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