食品値上げが止まらない本当の理由、犯人は中東のナフサだった
2026年8月、食品の値上げがまた2,311品目に達した。ニュースを見た人の多くは「また原材料が上がったのか」と受け止めただろう。しかし帝国データバンクの調査を仔細に読むと、値上げの主犯は原材料そのものではなく、聞き慣れない「ナフサ」という石油製品だと見えてくる。中身のレシピは何も変えていないのに、なぜ値段だけが上がるのか。その配線をたどる。
2026年8月、また2,311品目が値上げされた
この記事のいちばんの手がかりは、2025年11月に帝国データバンクが出していた「見通し」です。当時の発表では、2026年の食品値上げはわずか1,044品目。前年に示した2025年の見通し(4,417品目)を大幅に下回り、「値上げラッシュは来春にかけて一時収束へ」という穏やかな見出しでニュースになりました。
ところが蓋を開けてみると、その見通しは大きく外れました。2026年6月には帝国データバンク自身が「2万品目を超える可能性」へと予測を上方修正し、8月には単月だけで2,311品目、通年の累計はすでに1万8千品目を突破しています。「収束する」と予告されていたはずの年に、なぜここまでの逆転が起きたのか。この問いの答えが、この記事の本題です。
帝国データバンクが2026年7月31日に発表した最新の「食品主要195社」価格改定動向調査によると、2026年8月の値上げは2,311品目にのぼりました。前年同月の1,262品目から、およそ8割の増加です。平均の値上げ率は15%で、決して小幅とは言えない水準です。
📌 出典: Yahoo!ニュース(2025年11月時点の2026年見通し)、 ライブドアニュース(2026年6月の上方修正)。
内訳を見ると、ハムやソーセージ、カップ麺、缶詰などの加工食品が1,419品目でもっとも多く、調味料が589品目、小麦粉などの原材料が276品目と続きます。9月にはさらに対象が広がり、4,531品目が値上げされる見通しです。2026年の累計はすでに1万8千品目を超え、2022年から5年連続で年間1万品目を超えるペースになっています。
📌 出典: 帝国データバンク「食品主要195社」価格改定動向調査(2026年8月)、 マイナビニュース。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
多くの報道は、ここで「原材料高や人件費の上昇が続いている」とまとめて終わります。間違いではありません。しかし、それでは「なぜ、値上げされた商品の“中身”は何も変わっていないのに、値段だけが上がるのか」という素朴な疑問には答えられません。
主犯は「原材料」ではなく「ナフサ」だった
帝国データバンクが値上げ企業に尋ねた値上げ要因の内訳を見ると、答えが透けて見えます。
- 原材料費を理由に挙げた企業:90.9%(3月ごろをピークに緩やかに下降中)
- 物流費を理由に挙げた企業:65.8%
- 包装・資材を理由に挙げた企業:64.0%(唯一、高止まりが続く)
原材料費を挙げる企業の比率は、2026年3月ごろをピークに徐々に下がってきています。ところが「包装・資材」を挙げる企業の比率はほとんど下がらず、高止まりを続けています。つまり今回の値上げの中で、いちばん新しく、いちばん勢いが衰えていない要因が「包装・資材」なのです。
その正体が、ナフサです。ナフサは原油を蒸留して最初に取り出される石油製品で、プラスチックや合成繊維の原料になります。ガソリンになる前の「粗製ガソリン」とも呼ばれ、食品包装に使うフィルムやトレー、レジ袋の原料でもあります。
日本経済新聞は2026年4月16日、中東情勢の悪化を受けてナフサが急騰し、汎用プラスチックの取引価格が3月比で3割上昇したと報じました。TOPPANホールディングスは同年4月21日以降、包装材の値上げを取引先に打診しています。仕入れ値が2〜3割増えたためだと説明しています。5月には食品包装用フィルムの取引価格が春先に比べて約2割上昇し、過去最高値を更新しました。
レシピは1グラムも変えていない。それでも値段が上がるのは、具材ではなく、それを包む透明なフィルムの向こうにいる"ナフサ"のせいだ。
加工食品が1,419品目ともっとも多く値上げされている理由も、この文脈で見るとつながります。生鮮食品と違って、ハムやソーセージ、カップ麺、冷凍食品は、真空パック・多層フィルム・発泡トレーといった、原油由来のプラスチック包装を何重にも使う商品です。包装コストの比率が高い商品ほど、ナフサ高の影響を受けやすいという単純な理由で、加工食品が値上げ品目の上位を占めています。
ここに、他の記事があまり触れていない伏線があります。帝国データバンクは2026年5月時点の発表で、その月の値上げ品目が70品目まで落ち込み、4カ月ぶりに月100品目を下回ったと明かしていました。値上げが一段落したように見えた瞬間です。ところが同じ発表の中で、帝国データバンクは「ナフサ供給不安で値上げラッシュが再燃する兆しがある」とわざわざ注意を促していました。3カ月後の8月、その予告どおりに2,311品目という大きな波が到来しています。値上げの波は一直線に増え続けてきたのではなく、いったん引いてから、予告どおりに戻ってきた波でした。
📌 出典: 日本経済新聞(ナフサ高の影響、プラ3割高騰)、 帝国データバンク プレスリリース(5月調査)。
なぜ中東の情勢が、あなたの食卓に届くのか
なぜ中東の情勢が、遠く離れた日本のコンビニの棚にまで届くのか。答えは、ナフサが原油からできているという、ただそれだけの理由です。
日本は原油のほとんどを中東からの輸入に頼っています。中東情勢が緊迫すると、原油の調達に不安が生じ、原油から作られるあらゆる製品の価格が連鎖的に動きます。ガソリンや電気代への影響は分かりやすいのでニュースになりやすい一方、ナフサからプラスチックへ、プラスチックから食品包装へという流れは、一段ロジックが遠いぶん見えにくくなっています。
ガソリンや電気代への影響は、当サイトの別記事「ホルムズ海峡で日本に届く『50日』の請求書」で詳しく整理しています。電気代の値上げについても再エネ賦課金値上げの記事で扱いました。今回の食品値上げは、その同じ震源から伸びた、もう一本の見えにくい配線だと考えると分かりやすいでしょう。
包装コストの上昇分は、必ずしも“容器代”として単独で値札に上乗せされるわけではありません。多くの場合、メーカーは内容量を減らして価格を据え置く「実質値上げ」という形で吸収しようとします。当サイトで扱ったとんがりコーンの内容量減量も、表面上は値上げに見えないぶん、原因がナフサだと気づかれにくい典型例です。
家計への影響を考えるうえで大事なのは、この値上げが「メーカーの都合」だけでは終わらないという点です。原材料費であれば、天候や作柄の回復で落ち着く余地があります。しかし包装・資材の高騰は、中東情勢という日本の家計から最も遠い場所にある要因に連動しているため、いつ収まるかを国内の努力だけで見通すことができません。値上げのニュースを「またか」で読み流さず、原因のありかを分けて見ることが、次にどの商品が値上がりしそうかを予測する手がかりになります。
「結局は便乗値上げでは」という疑いへの反論
ここまでの説明に対しては、当然強い反論があります。自分で書いておきます。
「結局それは、企業が値上げを正当化するための言い訳ではないか。原材料費を理由に挙げた企業が90.9%という圧倒的多数なのに、包装・資材の64.0%だけを取り出して“主犯”と呼ぶのは、話を単純化しすぎではないか」。この批判は筋が通っています。値上げ理由を尋ねるアンケートは、あくまで企業側の自己申告であり、実際のコスト構造を第三者が検証したものではありません。
それでも、私たちは包装・資材を主因とみなす根拠があると考えます。理由は、原材料費と包装・資材が同じ動き方をしていないからです。原材料費を理由に挙げる企業の比率は、2026年3月ごろをピークに緩やかに下がっています。人件費や物流費も、ここ数年ずっと上昇が続いてきた慢性的な要因です。ところが包装・資材だけは、中東情勢が悪化した2026年春を境に急上昇し、そのまま高止まりしています。原因が急に立ち上がり、しかも特定の出来事(中東情勢の悪化)と時期がぴったり重なっているのは、包装・資材だけです。
さらに、日本経済新聞の取材、TOPPANホールディングスという当事者企業の発表、帝国データバンクの独立した集計という、立場も動機も異なる3つの情報源が、同じ時期に同じ方向の数字(3割高、2〜3割増、2割高)を示しています。企業の自己申告だけに頼っているわけではありません。「便乗値上げ」を疑うこと自体は健全な態度ですが、少なくとも包装・資材については、疑いより先に、独立した複数の裏付けがすでに存在しています。
食品の値上げ理由が「プラスチック(ナフサ)」だと知っていましたか?
よくある質問
ナフサとは何ですか?
原油を蒸留する過程でもっとも早く取り出される石油製品で、プラスチックや合成繊維、食品包装用フィルムなどの原料になります。ガソリンになる前段階の製品であることから「粗製ガソリン」とも呼ばれます。
なぜ食品の値上げなのに、中東情勢が関係するのですか?
食品の中身ではなく、それを包む容器やフィルムの原料であるナフサが原油からできているためです。日本は原油の多くを中東からの輸入に頼っており、中東情勢が悪化するとナフサの調達コストが上がり、食品のレシピを変えていなくても包装コストの上昇分が価格に転嫁されます。
食品の値上げはいつまで続きますか?
帝国データバンクの調査では、2026年9月には値上げ対象が4,531品目に増える見通しで、2026年通年の累計はすでに1万8千品目を超えています。中東情勢が落ち着かない限り、包装資材に由来する値上げ圧力は当面続くとみられます。
まとめ
食品の値上げは「原材料高や人件費の上昇」という使い古された言葉でひとまとめにされがちです。しかし2026年8月の値上げの実態を数字で追うと、いちばん新しく、いちばん勢いが衰えていない要因は、食べ物そのものとは無関係に見える「ナフサ」という石油製品でした。
中東の情勢という遠い出来事が、パッケージという誰も気にしない部分を通って、静かに値札に反映されています。次に値上げのニュースを見たとき、「また何かの原料が上がったのか」で終わらせず、その値札の裏に、中東からつながる一本の配線があることを思い出してみてください。
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