マルチタスク自慢は「注意力が低い自慢」だった ── 2009年Ophir論文の中身

【衝撃】マルチタスクが得意な人ほど集中力が低い|Ophir論文
🔬 オドロキ論文 / 図版:タネアカシ編集部

⚡ 30秒でわかるまとめ

  • 2009年、スタンフォード大学のOphirらが「メディアマルチタスクを頻繁にする人ほど、注意力の切り替えテストで負ける」ことを示す論文をPNASに発表した。
  • 研究者自身は「マルチタスクが多い人=切り替え上手」を予想していたが、結果はまったく逆。いらない情報を無視するのが下手だった。
  • ただし後続のメタ分析では、効果は非常に小さいと報告されている。原論文の含意は残るが、「マルチタスクをやめれば集中力が戻る」とまでは言えない。

「動画を流しながらメッセージ返信して、しかも仕事もこなせる自分は要領がいい」──こう思っている人には、少し不都合な論文があります。2009年にスタンフォード大学が発表した研究で、メディアマルチタスクをよくする人ほど、いざ「集中して選ぶ」テストをやらせると成績が悪い、という結果が出ました。原論文まで降りて、どこまでが本当なのかを整理します。

🔬 今回読む論文

Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)・2009年9月

Cognitive control in media multitaskers

著者Eyal Ophir(スタンフォード大学)/Clifford Nass(同)/Anthony D. Wagner(同)
参加者スタンフォード大学の学生262人にメディア利用のアンケート。うち上位・下位の合計41人前後を各認知テストの実測に使用
デザインMedia Multitasking Index(MMI)を12種類のメディアで算出→上位25%(HMM)と下位25%(LMM)を比較→フィルター課題・記憶課題・切替課題の3実験で成績を測る
予想HMMのほうが注意の切り替えが上手いはず(著者らの仮説)
結果3つのテストのすべてでHMMが敗北。特に「いらない情報の無視」で差が大きかった

DOI: 10.1073/pnas.0903620106(PNAS 106(37): 15583-15587)

前提: 研究者らは「マルチタスクをする人=情報を並列にさばくのが得意」というありがちな仮説から出発しました。予想を裏切る結果だったからこそ、PNASという格上の雑誌に採用されたという背景があります。

① MMIとは何か ── 「同時に何を使っているか」を数字にする

この論文の主役はMedia Multitasking Index(MMI)という指標です。まずここが理解できないと、あとの結果も読めません。

Ophirらは学生に対して、次の12種類のメディアについて「1週間あたりの利用時間」を答えてもらいました。テレビ、PCで見る動画、音楽、非音楽の音声(ラジオ・ポッドキャスト)、活字メディア、PCゲーム、電話の通話、電話やインスタントメッセンジャーでのチャット、SMS、メール、Web閲覧、その他のPCアプリ。そのうえで、各メディアを使っているあいだにほかのメディアを同時に使っている割合を、それぞれ0〜4段階で答えてもらいます。

🧮 MMIの計算のイメージ(概念図)

  • STEP 112種類のメディアを列挙テレビ・動画・音楽・音声・活字・ゲーム・通話・チャット・SMS・メール・Web・その他アプリ。
  • STEP 2各メディアの利用時間を答える1週間あたり何時間か。
  • STEP 3他のメディアとの同時利用度も答える音楽を聴きながらSMSも見ている、など。
  • STEP 4全部を掛け合わせて合計「同時に何メディア使っているか」の重み付き合計がMMI。動画を流しながらチャット+メール+Webなら、MMIは大きく跳ね上がる。

ここが分かれ目: MMIは「時間の長さ」ではなく「同時に何を混ぜているか」を測る指標です。よくいう「1日中スマホを見ている」だけではハイスコアにならず、『複数の画面を並行して切り替える人』が高くなります。

262人の学生からアンケートを回収したあと、Ophirらは上位25%(Heavy Media Multitaskers, HMM)下位25%(Light Media Multitaskers, LMM)を選び出しました。数字で言うとHMMのMMIは5.75以上、LMMは1.5以下。この極端な2つのグループを、各認知テストに呼び出して直接比較したのが本論文の柱です。

② 結果① いらない色を無視できない ── フィルターテスト

1つ目のテストは「フィルター課題」。画面に赤い長方形2つと、その周りに青い妨害物(0個・2個・4個・6個)を並べて一瞬だけ表示します。少し間をあけてもう一度同じ画面を出し、赤い長方形の向きが変わったかを答えるだけのテストです。

ルールは「青は無視して、赤だけ見ろ」。単純に見えますが、青の数が増えるほど、赤の情報を保持するのが難しくなります。この「無視の力」で、HMMとLMMに大きな差が出ました。

📊 妨害物の数と成績の落ち方(HMM vs LMM のイメージ)

LMM 妨害0高得点
LMM 妨害6ほぼ変わらず
HMM 妨害0高得点
HMM 妨害6大きく低下

図の見方: Ophirらの論文Figure 1の結果を当編集部が概念的に並べ直した参考図です。妨害物が0個のときは両群同じでも、青の数が増えるほどHMMのほうが赤を見失うという差が観察されました。

ここで著者らが強調しているのは、「HMMが赤を見つけるのが遅い」のではなく、「青に注意を持っていかれる」という点です。LMMは青を最初から視界の外に置ける。HMMは青にも意識を割いてしまう。日常のことばで言えば、「関係ないものにも注意が持っていかれる人ほど、マルチタスクをしている」という関係が見えたことになります。

③ 結果② 記憶と切り替え ── 得意なはずの土俵でも負けた

ここまでは「集中力の話」ですが、著者らは「マルチタスクをよくする人は、そのぶん切り替えが上手なはず」と考えていました。そこで用意したのが、記憶課題(N-back)と、切替課題(タスクスイッチ)です。

N-backは、次から次に文字が出てくる中で「2つ前の文字と同じか?」を答えるテスト。頭の中で「いま/1つ前/2つ前」を更新し続ける必要があり、作業記憶を差し替える力が測れます。

切替課題は、画面に出る記号を「文字なら母音か子音か」「数字なら偶数か奇数か」で答え分けるテスト。数字と文字が交互に出るので、ルールを毎回切り替える必要があります。

🔀 予想と結果、それぞれ真逆に

研究者の予想(仮説)HMMはマルチタスクの経験が豊富なので、記憶の更新も、ルールの切り替えも、LMMよりうまいはず。
実際の結果N-backでもHMMが誤答が多く、切替課題ではHMMのほうが切り替えの時間コスト(スイッチコスト)が大きかった。マルチタスクの得意分野でも、HMMが負けた。

当編集部の解釈: HMMは「切り替えている」のではなく、「切り替えを放棄して全部の情報を薄く受け止めている」状態に近い、と考えると数字がつながります。切り替えの上手さと、全部を同時に受ける癖は違うということです。

マルチタスクをする人は、切り替えが上手いのではなく、「切り替え損ねている」だけかもしれない。

④ 見落とされている数字 ── 「HMMは40人以下」だった

ここまでの結果は「なるほど」と思うものですが、この論文には見落とされがちな数字があります。

🔢 数字の分解:262人と40人前後

262人アンケートに答えたスタンフォード大学の学生の総数
41人前後実際に認知テストを受けたHMM+LMMの合計(実験ごとに増減)
スタンフォードつまり大学入学時点で選抜された、比較的均質な集団

図の見方: 262という数字が独り歩きしがちですが、「その中で最も極端な2グループ」だけを取り出して直接比較しています。世の中のマルチタスカー全員に一般化できる話ではありません。

認知テストごとの参加者はいずれも数十人単位で、Nature系の大規模研究の水準と比べれば控えめです。しかも全員がスタンフォード大学の学生で、年齢・言語・生活リズム・学業への向き合い方が均質な集団。ここが後で問題になります。

もうひとつは「相関か因果か」という古典的な問題です。この論文の設計では、「マルチタスクをするから注意力が下がる」のか、「注意力が低い人がマルチタスクに流れる」のか、原理的に区別がつきません。介入(1週間マルチタスクをやめてもらう、など)をやっていないからです。

⑤ 数字の正しい読み方 ── メタ分析で見えた「効果は小さい」

この論文はメディアで大きく取り上げられ、「マルチタスクは百害あって一利なし」というトーンで紹介されました。ですが、その後10年以上のあいだに、多数の追試とメタ分析が行われています。ここがロンブン枠でいちばん大事な数字です。

🔍 数字の正しい読み方(誤解 vs 実際)

よくある誤解「マルチタスクをすると、確実に集中力が下がる」。しかも「Ophir論文がそれを証明した」。
実際2017年にWiradhanyとNieuwensteinが行ったメタ分析(約50本の研究をまとめたもの)では、メディアマルチタスクと注意関連の指標の関連は統計的には有意だが、効果は非常に小さい(r ≈ 0.06〜0.12前後)と報告されている。
よくある誤解「原因はマルチタスクだ」。だから減らせば集中力が戻る。
実際Ophirらの研究は相関研究で、因果の向きは決められない。「注意力が低い人がもともとマルチタスクに流れやすい」という逆向きの可能性も残る。介入して比較した実験はほとんどない。
よくある誤解「これはすべての人の話だ」。
実際参加者はスタンフォード大学の学生で、年齢・教育水準が非常に狭い。中高生・社会人・高齢者では別のパターンが見られる、という研究も出てきている。
よくある誤解「マルチタスクの定義は決まっている」。
実際MMIの計算は本人の主観に依存する。「音楽を流しながらのSMS」を『同時使用』と数えるか『BGM』と数えるかで、同じ人でも点数が変わる。指標そのものが揺れやすい、という指摘が続いている。

ここが分かれ目: 論文の含意は「マルチタスクをよくする集団と、そうでない集団のあいだに一定の傾向がある」ところまで。「あなた個人がマルチタスクをやめれば集中力が上がる」と読み替えるのは、この論文からは飛躍です。

加えて、著者たち自身が論文の中で「因果の方向は決められない」「今後の研究で確認する必要がある」と留保を書いています。これはロンブン枠でも紹介したマシュマロ実験の再現失敗と同じで、原論文はほとんどの場合、慎重な言い方をしているのに、報道と自己啓発書に渡るあいだで断定調に置き換わってしまいます。

⑥ 世の中の動き ── 「マルチタスクをやめよう」の温度差

この研究以降、教育・ビジネスの現場では「シングルタスキング」を推奨する動きが強まりました。Ophirの共著者の一人、故クリフォード・ナスは晩年、「マルチタスカーは自分が思っているほど有能ではない」と繰り返し発言しています。この論文はTED講演や書籍で何度も引用され、教科書にも入りました。

いっぽうで、認知心理学の側では慎重な扱いが続いています。上のメタ分析でも、「効果は小さくても存在はする」というのが今のコンセンサスで、「マルチタスクは絶対悪」とは書かれていません。「マルチタスク=悪」の断定に走ると、テレビをつけながらの家事や、音楽を聴きながらの単純作業まで問題視することになりますが、そこまでの根拠はこの論文だけからは出てきません。

編集部からの断り: この記事は査読論文と後続のメタ分析を一次資料まで確認して書いていますが、「マルチタスクをやめれば集中力が上がる」といった生活アドバイスは、Ophirらの論文からは直接導けません。本文の「当編集部の解釈」「読み方」の節は編集部の見解であり、原論文の記述と混同しないでください。集中力の低下・注意欠如で生活に支障がある場合は、記事の判断で対処せず、専門家(心療内科・精神科)への相談を検討してください。

この論文を読んで、あなたのマルチタスクへの考え方は?

よくある質問

「メディアマルチタスク」とは何を指しますか?

テレビ・PC動画・音楽・ラジオ・活字メディア・ゲーム・電話・チャット・SMS・メール・Web閲覧など、複数のメディアを同時に使うことをまとめて「メディアマルチタスク」と呼びます。Ophirらは12種類のメディアそれぞれについて『1週間あたりの利用時間』と『使っているあいだ、他のメディアも同時に使っている割合』を尋ね、その合計から Media Multitasking Index(MMI)という指標を作りました。動画を流しながらSMSを打ち、その横でメールを見ている、といった状態がハイスコアになります。

この論文の結論を一言で言うと何ですか?

『メディアマルチタスクの頻度が高い人(HMM)は、頻度が低い人(LMM)と比べて、いらない情報を無視する能力・作業記憶の管理・タスクの切り替え、いずれの認知テストでも成績が悪かった』というものです。研究者たち自身も『マルチタスクが多い人ほど注意の切り替えが得意なはず』という仮説から出発したのですが、結果はその逆でした。マルチタスクが得意だと自認していることは、注意力の高さを意味しない、というのがこの論文の骨子です。

この結果は、後の研究でも再現されていますか?

部分的にしか再現されていません。2017年にWiradhanyらが行ったメタ分析(50本近い研究をまとめたもの)では、メディアマルチタスクと注意力・作業記憶の関連は統計的に有意ではあるものの、効果は非常に小さいと報告されています。因果関係(マルチタスクが集中力を下げるのか、集中力が低い人がマルチタスクに流れるのか)もまだ決着していません。原論文の含意は残っていますが、『マルチタスクを1週間やめれば注意力が戻る』とまでは言えない、というのが現在の慎重な読み方です。

まとめ

Ophir・Nass・Wagnerの2009年論文は、直感を裏切る結果を出したという意味で、心理学の教科書に残る仕事です。「マルチタスクが得意な自分」は、しばしば「いらない情報にも注意が向いてしまう自分」でもあるという視点は、いまも役に立ちます。

ただし、そこから「だからマルチタスクを一切やめよう」と大きく振ってしまうと、この論文が実際に示した範囲を超えます。効果は小さく、原因の向きも決まっていない。それを踏まえたうえで、作業のいちばん頭を使う場面だけ、他のメディアを一時的に閉じるくらいの読み方が、この研究に対しては誠実だと当編集部は考えます。

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📌 出典:Ophir E, Nass C, Wagner AD. "Cognitive control in media multitaskers" Proceedings of the National Academy of Sciences 106(37): 15583-15587, 2009(DOI: 10.1073/pnas.0903620106)、Wiradhany W, Nieuwenstein MR. "Cognitive Control in Media Multitaskers: Two Replication Studies and a Meta-Analysis" Attention, Perception, & Psychophysics 79: 2620-2641, 2017(DOI: 10.3758/s13414-017-1408-4)、Nass C. The Man Who Lied to His Laptop(Penguin, 2010)、スタンフォード大学プレスリリース(news.stanford.edu)。「数字の正しい読み方」節はメタ分析論文と原論文の limitations に基づき、当編集部が整理しました。

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