3歳より前の記憶がない理由|誰にでも起きる「幼児期健忘」の仕組み

【衝撃】3歳より前の記憶がない理由、正体は幼児期健忘
🧠 人間の不思議 / 図版:タネアカシ編集部

⚡ 30秒でわかるまとめ

  • 3歳より前の記憶がほとんど残らない現象を「幼児期健忘」と呼ぶ。誰にでも起きる普遍的な仕組み。
  • 原因は3つ。海馬の未発達(ニューロン新生で上書き)、言語能力の未熟自己概念の未成立
  • 3歳ごろまでは出来事の7割前後を覚えているが、9歳になるまでにその大半が消えることが2014年の追跡研究で示されている。

「いちばん古い記憶は3歳の誕生日」──こう答える人が多いのには、脳の側の理由があります。3歳より前の出来事を思い出せないのは、記憶力が悪いからではなく、健康な人にほぼ全員起きる仕組みだとわかっています。当編集部が、心理学と脳科学の両方から「幼児期健忘」の正体を整理しました。

「幼児期健忘」はフロイトの命名だった

この現象に最初に名前をつけたのは、精神分析の創始者ジークムント・フロイトです。1899年の論文で、大人になった人が自分の2〜4歳ごろのことをほとんど思い出せない状態を「childhood amnesia(幼児期健忘)」と呼びました。日本語でも「幼児期健忘」の名前が定着しています。

フロイト自身は「抑圧された性的欲求のせいだ」と説明しましたが、これは現代の心理学ではほぼ否定されています。それでも「3歳より前の記憶が薄い」という現象そのものは非常にたくさんの調査で確認されていて、正常な発達の一部だと考えられるようになりました。

📊 年齢と、「思い出せる最も古い記憶」の分布

最古の記憶が0〜2歳「たぶん覚えている」も含む
1割前後
最古の記憶が3歳前後いちばん多い
3割強
最古の記憶が4〜5歳
3割強
最古の記憶が6歳以降
2割弱

図の見方: 各種の調査の平均的な分布を当編集部が概念図にまとめた参考値です。1〜2歳の記憶を持つと答えた人でも、後の写真や家族の話が混ざっている(記憶の再構成)ことが多いと指摘されています。

ここで大事なのは、「3歳より前の記憶がない=珍しい」ではないという点です。むしろ、はっきりと2歳以前を覚えていると答える人のほうが少数派で、その多くは家族のアルバムを何度も見て後から補完している可能性が高い、というのが心理学の側の見立てです。

海馬の細胞が新しく生まれすぎている

幼児期健忘のいちばん物理的な原因は、脳の記憶センターである海馬(かいば)の未熟さです。海馬は側頭葉の内側にあり、体験を短期記憶から長期記憶へ書き移す係を担っています。ここが未発達だと、そもそも「後から思い出せる形」で記憶を保存できません。

🧠 幼児期に海馬で起きていること

  • STEP 1ニューロン新生が盛ん乳幼児期は海馬(特に歯状回)で新しい神経細胞が大量に生まれる。
  • STEP 2回路が組み変わる新しい細胞が回路に組み込まれることで、記憶の「配線」が頻繁に変わる。
  • STEP 3既存の記憶が上書き結果として、いま入っている記憶を安定に保つのが難しく、消えやすい。
  • STEP 4成長とともに落ち着く3〜4歳を過ぎるとニューロン新生の速度が下がり、記憶が長く残るようになる。

出典: Josselyn & Frankland(2012年)らによる、幼齢マウスでのニューロン新生と記憶消失に関する研究の内容を当編集部が図にしたものです。人間で直接測るのは難しいため、この推定はマウスの実験が土台になっています。

2014年に発表されたトロント小児病院・カナダのフランクランド研究室らの実験では、幼いマウスのニューロン新生を薬で意図的に抑えると、幼いマウスでも記憶が長く残ることが確認されました。逆に、大人のマウスでニューロン新生を促進すると、以前に覚えた記憶が消えやすくなった、とも報告されています。これは「新しい細胞が既存の記憶を上書きしている」という仮説を、因果の方向で裏づけた実験として広く引用されています。

3歳の記憶が消えるのは、頭の中で回路がまだ組み変わっているからだ。

言葉と自己が育つ前は「棚がない」

脳の物理的な事情に加えて、心の側の準備不足もあります。言語能力と、自分自身の物語(自伝的記憶)を作る力です。

🗂 幼児期健忘の3つの原因(まとめ)

海馬未発達 × ニューロン新生で既存の記憶が上書きされやすい
言語出来事を言葉でラベル付けできないため、後から思い出す手がかりが少ない
自己「自分」という物語の主人公がまだ育っておらず、記憶を自伝に組み込めない

図の見方: 3つは独立ではなく、互いに影響し合います。言葉の獲得は海馬の成熟にも寄与し、自己概念は言葉と一緒に育つ、というつながりです。

3歳前後になると、子どもは「昨日〇〇したね」と話す遊びができるようになります。この頃を境に、経験を言葉で振り返る力が育ち、記憶に言葉のタグがつくようになる。「言葉で覚える」ようになった記憶は、後から言葉の手がかりで呼び出せるので、大人になっても残りやすい、と考えられています。

もうひとつが「自分」の獲得です。鏡に映った子どもが自分だと分かるようになるのは1歳半〜2歳ごろで、そこから自分を主人公にした物語(自伝的記憶)の骨組みができていきます。骨組みができる前の出来事は、断片的なイメージとして脳に入っても、大人が思い出せる「棚」に置き場所がない状態です。

思い出せない=経験がない、ではない

ここで一番の誤解を解いておきます。思い出せないことと、経験の影響が残っていないことは別です。心理学は記憶を大きく2つに分けています。

🔍 誤解 vs 実際

誤解3歳より前の出来事は、脳のどこにも残っていない。だから育てられ方の影響もない。
実際言葉で思い出せる「エピソード記憶」は薄いが、体で覚えた動作・愛着・恐怖の反応・繰り返し触れた音の感覚は、しっかり残る(非陳述記憶)。

ここが分かれ目: 「泳ぎ方」「箸の使い方」「特定の音楽への安心感」などは、思い出す作業なしに体が覚えているタイプの記憶で、幼児期健忘の影響を受けにくいとされます。

2014年にエモリー大学のパトリシア・バウアーらが行った追跡調査では、3歳の子どもに家族の出来事を話してもらい、同じ子どもたちが5歳・7歳・9歳になったときに同じ出来事をどれくらい思い出せるかを追いました。3歳時点で語れた出来事のうち、9歳の時点ではおよそ5分の1程度しか思い出せなくなっていました。「幼児期健忘は大人になってから起きる」のではなく、子どもの成長のあいだに少しずつ進む消去のプロセスだ、というのがこの研究の含意です。

💬 幼児期の記憶にまつわる、よくある思い込み

私だけ物覚えが悪い 2歳の記憶がある人は特別 トラウマだけは残る 思い出せる人は頭がいい 写真で見た記憶=本物の記憶

図の見方: どれも心理学的にはあまり支持されていない見方です。「写真で見た記憶=本物の記憶」については、後から与えられた写真や家族の話が本物の記憶と混ざる「情報源の混同(source confusion)」として研究されています。

あなたのいちばん古い記憶は、何歳ごろのものですか?

補足: 幼児期健忘は健康な発達の一部で、「思い出せない」こと自体は問題ではありません。ただし、思春期以降に強い記憶の喪失や生活への支障がある場合は、幼児期健忘とは別の要因が考えられるため、無理に自分で判断せず専門家(心療内科・精神科)への相談を検討してください。この記事は診断・治療の代わりにはなりません。

よくある質問

幼児期健忘とは何ですか?

大人になってから、おおむね3〜4歳より前の出来事をほとんど思い出せなくなる現象のことです。心理学者のフロイトが1899年に論文で「幼児期健忘(childhood amnesia)」と名づけて以来、100年以上にわたって研究されてきました。ごく一部の人だけに起きるのではなく、健康な成人にほぼ普遍的に見られる仕組みだと考えられています。

なぜ3歳ごろまでの記憶が消えてしまうのですか?

現在の脳科学と発達心理学では、主に3つの原因が指摘されています。1つ目は、記憶をまとめる脳の部位である海馬がまだ発達途上で、新しい神経細胞が生まれるペース(ニューロン新生)が非常に速く、既存の記憶が上書きされやすいこと。2つ目は、出来事を「言葉」でラベル付けする能力がまだ弱く、後から言葉で思い出す手がかりが不足していること。3つ目は、自分を主人公にした物語(自伝的記憶)としてまとめるための自己概念が未成立で、記憶が断片のまま残りやすいことです。

3歳より前の出来事は、まったく何も残っていないのですか?

エピソード的な記憶(場面としての思い出)はほとんど残りませんが、体で覚えたこと(歩き方・スプーンの使い方)や、愛着・恐怖の反応、繰り返し触れた言葉のリズムなどは残ります。心理学ではこれを「非陳述記憶」と呼び、幼児期健忘の影響を受けにくいことが確認されています。つまり、覚えていないのは映画のように再生できる記憶であって、経験の影響そのものが消えているわけではありません。

まとめ

3歳より前が思い出せないのは、記憶力の問題ではありません。海馬という部品がまだ成長中で、言葉と自分の物語ができあがる前の出来事は、大人の脳から見て「取り出せない棚」に置かれているだけです。

覚えていないだけで、その頃の関わり方は、性格や体の使い方の一部としていまも残っています。次に自分の一番古い記憶を思い出したときは、それが本物の記憶なのか、家族の話やアルバムから作り直された記憶なのか、少し立ち止まって考えてみてください。

関連記事:夢はすぐ忘れる理由、正体はMCH神経の記憶消去 / 喉まで出かかるのに思い出せない正体 / 🧠 人間の不思議・雑学をもっと読む

📌 出典:Freud, S. "Screen Memories"(1899年発表, Standard Edition, Vol.3)、Bauer, P. J., & Larkina, M. "The onset of childhood amnesia in childhood: A prospective investigation of the course and determinants of forgetting of early-life events" Memory(doi.org/10.1080/09658211.2013.854806)、Akers KG, Martinez-Canabal A, Restivo L, Yiu AP, De Cristofaro A, Hsiang HL, Wheeler AL, Guskjolen A, Niibori Y, Shoji H, Ohira K, Richards BA, Miyakawa T, Josselyn SA, Frankland PW. "Hippocampal neurogenesis regulates forgetting during adulthood and infancy" Science 344, 598-602(doi.org/10.1126/science.1248903)ほか、当編集部が確認できた原論文と公表資料に基づいています。

▶ 次に読む 🧠 人間の不思議 解説マンデラエフェクトの正体、記憶が書き換わる理由 マンデラエフェクトとは、大勢が同じ「間違った記憶」を共有する現象のことです。正体はパラレルワールドではなく、心理学が示す虚偽記憶や作話で説明されています。

🔗 あわせて読みたい