休職代行はなぜ増えているのか、「言えない」を外注する時代の正体
「休職したい」。たったこれだけの一言を、会社に言えない人が増えています。代わりに言ってくれるのが「休職代行」です。退職代行はもう聞き慣れた言葉になりましたが、辞めずに休むためだけの代行サービスが今、20代から50代まで幅広い層に広がっています。なぜ人は、自分の口で「休みたい」と言えなくなったのでしょうか。
退職代行の次に来たのは「辞める」ではなく「休む」だった
退職代行サービスは、この数年で日本の労働環境にすっかり定着しました。「辞めます」を自分で言わずに済ませるという発想は、もはや珍しいものではありません。その延長線上に登場したのが休職代行です。雇用契約は終わらせず、心身の不調などを理由に一定期間休みたい人に代わって、業者が会社へ休職の意思を伝え、手続きの調整を担います。
複数の報道によれば、利用者は20代が最も多く、次いで40代〜50代の正社員が続くとされています。退職代行を運営してきた業者が、そのノウハウを転用する形で参入したケースが多いとも報じられています。Yahoo!ニュースは、利用の広がりが会社員だけでなく公務員にも及んでいると伝えており、雇用形態を問わない現象になりつつあることがうかがえます。
背景の一つとして無視できないのが、メンタルヘルス不調そのものの増加です。厚生労働省の「令和6年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルス不調により1か月以上連続して休業、または退職した労働者がいた事業所の割合は12.8%にのぼります。業種別では情報通信業が39.2%と突出して高く、特定の業界に負担が偏っている実態も見えてきます。
📌 出典: 厚生労働省 令和6年労働安全衛生調査(実態調査)、 coki(公器)、 Yahoo!ニュース。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。
サービスの流れそのものは、退職代行とほぼ同じです。LINEやフォームで申し込むと、業者が本人の代わりに人事や上司へ連絡を入れ、診断書の提出方法や休職開始日の調整を仲介します。雇用契約そのものを終わらせない点だけが退職代行と決定的に違い、その分だけ会社側との継続的なやり取りが発生しやすい仕組みになっています。
あえて「消えてしまう」のではなく、正式な手続きを踏んでまで休みたい理由の一つに、傷病手当金の存在があります。業務外の病気やケガで働けない場合、協会けんぽの制度では条件を満たせば標準報酬日額の3分の2が、最長1年6か月にわたって支給されます。この給付を受けるには、会社を通じた正規の休職手続きが前提になるため、生活費を確保するには「黙って休む」わけにはいかないのです。
二つの「言えない」、20代と40代・50代で理由が違う
休職代行を選ぶ理由は、年代によってかなり違います。取材に応じた業者の話として報じられている傾向を整理すると、20代は「早期離職者」というレッテルを恐れるケースが目立ちます。入社してすぐに弱音を吐いたと見なされたくない、履歴書に傷をつけたくない。だから辞めるのではなく、休むという選択肢を選びつつも、その一言すら自分の口では切り出せません。
一方で40代・50代は、抱えている責任の重さそのものが壁になります。部下のマネジメント、家庭の生活費、住宅ローン。ここで「休みたい」と言えば、自分の代わりが誰もいない現場に迷惑をかける自覚があるからこそ、言い出せなくなります。復職後の居心地や、家庭内での立場を案じる声も報告されています。
休職代行が売っているのは、休む権利ではない。上司に「休みます」と言う、その一言だけだ。
年代も事情も違う二つの層が、同じサービスにたどり着いている。この一致こそが、単なる個人の性格の問題では片づけられないことを示しています。
社労士監修のコラムでも、休職代行が生まれる背景として、上司との関係性そのものより、「どう言えば角が立たないか」を延々と考えてしまう思考のループが指摘されています。言葉を選びすぎて、結局どのタイミングでも言い出せなくなる。追い詰められた人ほど、この堂々巡りから抜け出せなくなります。
休職は権利ではない。「会社が認めて初めて成立する」制度
ここで見落とされがちな事実があります。休職は、有給休暇のように法律で一律に保障された権利ではありません。多くの企業では、就業規則に定められた条件のもとで、会社が個別に承認して初めて成立する制度です。診断書を提出したからといって、自動的に休めるわけではありません。
この非対称は、退職と並べるとはっきり見えてきます。民法627条1項では、期間の定めのない雇用契約の場合、労働者が退職を申し入れてから2週間が経過すれば、会社の承認がなくても契約は自動的に終了します。つまり「辞める」ことは、法律上は本人の一方的な意思表示だけで完結する行為です。ところが「休む」ことは、会社との合意的なプロセスを経なければ成立しません。制度としては、辞めるほうが休むより簡単という、奇妙な逆転が起きているのです。
- 休職の可否・期間を最終的に決めるのは会社側で、本人の意思表示だけでは成立しない
- 民間の休職代行業者は、法律上は本人の意思を伝える「使者」にとどまる
- 条件の「交渉」に踏み込むと、弁護士法72条が禁じる非弁行為にあたるおそれがある
つまり、休みたい側と、休みを認める側の間には、最初から力の非対称があります。すでに体調を崩している本人が、自分より立場の強い相手に頭を下げて「休ませてください」と交渉しなければならない。これが、休職という制度の構造です。代行業者が担っているのは、この非対称な構造の中で、いちばん言い出しにくい最初の一言だけです。
企業側にも言い分はあります。代行業者からの突然の連絡は人事の業務を圧迫しますし、本人と直接やり取りできないことへの戸惑いも指摘されています。復職後の配置や評価に影響が出るケースがあるという懸念も、決して的外れではありません。
「結局は本人の甘えでは」という反論への応答
ここまでの話に対して、当然出てくる反論を先に書いておきます。「休みたいなら、上司に自分で言えばいい。それすらできないのは、コミュニケーション不足か甘えではないか」という見方です。実際、直接申し出て問題なく休職できている人も大勢います。制度が悪いのではなく、個人の側に踏み出す勇気が足りないだけだ、という指摘には一理あります。
それでも、私たちはこう考えます。もし本当に個人の資質だけの問題なら、20代と40代・50代という、置かれた状況がまったく異なる層で、同時に同じ現象が起きるはずがありません。新人も、責任ある立場のベテランも、同じように「言えない」のだとしたら、それは特定の個人の弱さではなく、休職という手続きそのものが、体調を崩した人に「頭を下げて交渉する」ことを前提に設計されている、という構造の問題です。
心身の調子を崩している人ほど、最初の一歩を踏み出す気力が残っていません。いちばん助けが必要な人ほど、いちばん交渉が苦手な状態に置かれる。この矛盾を「甘え」の一言で片づけてしまうと、次に同じ状態に陥る人も、また同じように言えないまま追い詰められます。
個人を責めても再発は防げない以上、変えるべきは「言い出す前」の設計です。特別な予算をかけずにできることも、実はいくつかあります。
- 上司以外にも相談できる匿名・複数の窓口を用意し、最初の一言の宛先を分散させる
- 休職の条件や手続きの流れを就業規則の抜粋ではなく平易な言葉で社内に公開しておく
- 「休職を申し出た人が、その後どう評価されたか」を特定できない形で共有し、不利益がないことを示す
いずれも、代行業者に払う費用より安く済みます。言い出しにくさそのものを減らせれば、代行を頼む必要のある人は自然に減っていくはずです。
あなたは「休みたい」と、自分の口で上司に言えますか?
よくある質問
休職代行とは何ですか?
心身の不調などを理由に休職したいが、自分から会社に伝えられない人に代わって、休職の意思や必要な手続きを会社へ伝えるサービスです。退職代行と違い、雇用契約自体は続けたまま、一定期間休むための橋渡しを担います。
休職代行を使えば必ず休職できますか?
いいえ。休職は法律で一律に定められた制度ではなく、多くの企業では就業規則に基づき会社の承認を得て初めて成立します。代行業者が意思を伝えても、休職の可否や期間を最終的に決めるのは会社側です。
休職代行は会社と交渉することができますか?
原則できません。弁護士資格を持たない業者は、本人の意思を伝える「使者」の立場にとどまります。条件を交渉する行為は弁護士法72条が禁じる非弁行為にあたるおそれがあるため、交渉に踏み込む業者は法的リスクを抱えています。
まとめ
休職代行が広がっているのは、サービスが便利だからというより、「休みたい」と言えない状況に置かれた人が、それだけ多いからです。20代は将来への不安から、40代・50代は背負っている責任の重さから、同じように言葉を飲み込んでいます。
この現象を「最近の人は弱くなった」で終わらせるのは簡単です。しかし、体調を崩した人が、頭を下げて休みを交渉しなければならない仕組みそのものを変えない限り、代行業者への依頼はこれからも増え続けるでしょう。
退職代行が「辞める人」の話だったのに対し、休職代行が映し出しているのは「辞めるほどではないが、今の状態のままでは続けられない人」の存在です。辞めたいわけではない。ただ、今の自分の状態を、今のペースのまま伝える方法が見つからないだけ。そうした人が、20代にも40代にも50代にも、確かにいます。
もしあなたの職場に、最近急に休みがちになった同僚がいたら。その人はもしかすると、あなたに言えなかっただけかもしれません。
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