親日派スキャナーはなぜ拡大した?子孫を「審査」する心理の正体

【物議】親日派スキャナー拡大、子孫を裁く心理の正体
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

先祖の名字と本貫を入れるだけで、「親日派」だったかどうかが分かる——。韓国でいま、そんな非公式サイトの利用が急拡大しています。きっかけは、ある人気女優の何気ない発言でした。日本への好感度は過去最高水準にあると報じられている中で、なぜこの現象は止まらないのでしょうか。答えは、反日感情の高まりではありません。

「親日派スキャナー」とは何か

発端は、韓国の人気女優ハ・ヨン氏がある番組で「4代続く医師一家」だと発言したことでした。朝鮮日報の報道によれば、この発言をきっかけに曽祖父に「親日」疑惑が浮上し、ネット上で激しいバッシングを受けたといいます。ここでいう「親日」は、いま日本が好きか嫌いかという意味ではありません。日本統治時代に植民地支配へ協力したとされる人物を指す、韓国社会に固有の歴史用語です。

この騒動をきっかけに利用が急拡大したのが「親日派スキャナー」です。TBS NEWS DIGなどの報道によれば、名字と一族の発祥地(本貫)を入力すると、政府の公式記録と民間記録をもとに、「親日派」とされる人物や独立運動の功労者が一覧で表示される仕組みになっています。韓国政府は2005年、特別法に基づく大統領直属の委員会を設置して植民地期の対日協力について調査し、2009年に対象者の名簿を公表しました。このサイトは、その公的記録を検索しやすい形に加工した非公式のツールです。

ここで押さえておきたいのは、この委員会がもともと「子孫を裁くため」の制度ではなかったという点です。特別法に基づく調査対象は、あくまで本人の行為であり、その子孫を法的・社会的に処罰する仕組みではありませんでした。ところが「親日派スキャナー」が扱うのは、本人ではなく、本人とつながりのある現在の子孫です。名簿という公的な成果物と、それを検索して個人の家系にひもづける行為の間には、本来ひとつ大きな飛躍があります。この飛躍が、SNSの上ではあっさり飛び越えられてしまう。ここに、この現象の本当の危うさがあります。

先にお断りします。 本稿は、韓国政府による親日行為の調査そのものの是非や、日本の植民地支配の評価を論じるものではありません。ここで扱うのは、公的な歴史検証とは別に、なぜ個人を特定して裁く非公式ツールがこれほど急速に広まったのかという心理の側面です。

📌 出典: TBS NEWS DIG(Yahoo!ニュース)朝鮮日報日本語版(Yahoo!ニュース)WoW!Korea。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

反日感情ではない、「連座」を求める心理

興味深いのは、この現象が「反日感情の高まり」では説明できない点です。報道では、韓国国内での日本への好感度はむしろ過去最高水準にあると伝えられています。それでも「親日派スキャナー」の利用は止まりません。つまり、人々が調べたいのは「日本」ではなく、「あの人の家系」なのです。

大衆文化評論家は、社会的正義を掲げながら他人を攻撃する行為について、社会的立場のある相手を引きずり下ろすことで自分と同じ、あるいはそれ以上の位置に立てたと感じられるからだと指摘しています。恵まれて見える相手の足元に、自分では動かせない「先祖の汚点」を見つけられれば、努力や運の差を心理的に相殺できる。これは、いわゆる相対的剥奪感を、道徳の言葉で解消する行為だと言い換えられます。

人々が本当に検索したいのは「日本」ではなく、「あの人の家系」だ。

開発チーム自身も、この検索の危うさを認めています。「同じ本貫であるという事実は、直系の血縁関係や親等を意味するものではない」「一つの本貫には数十万人以上の構成員がいる可能性があり、先祖の足跡は子孫個人の責任とは無関係だ」と説明しているのです。それでも利用者は、検索結果を画像として保存し、SNSで共有します。精度が保証されていないと分かっていても、白黒つけたいという欲求のほうが勝ってしまうのが、この現象の核心です。

実際にSNS上で交わされているコメントを見ると、その温度がよく分かります。「気になって自分も検索してみたが、独立有功者が12人、親日派が22人だった」という報告や、「こんなに貧しい暮らしをしているのだから、親日派がいるはずがない」という自嘲、「ハラハラしながら検索したが、親日は0人だった」という安堵。ここに並んでいるのは、歴史への怒りではなく、自分や他人の"判定結果"に一喜一憂するゲーム感覚です。深刻な出来事であるはずの植民地協力の記録が、気軽に共有できる診断コンテンツのような扱いを受けている点に、この現象のねじれがあります。

心理学でいう相対的剥奪感は、自分の状況そのものよりも、他人と比べたときの落差から生まれる不満を指します。SNSは、他人の成功や恵まれた境遇が四六時中目に入る場所です。そこで「あの人の家系にも汚点があった」という情報は、比べて落ち込んでいた気持ちを一瞬で引き上げてくれる、手軽な逆転材料になります。相手を裁くという行為が、実は自分を慰める行為でもある。この二重構造を見落とすと、「親日派スキャナー」はただの歴史意識の高まりに見えてしまいます。

日本にも同じ構造がある

この話を「韓国特有の現象」として眺めるのは簡単です。しかし日本にも、血縁や出自で他人を評価する仕組みが、つい半世紀前まで公然と存在していました。1975年に発覚した「部落地名総鑑」事件です。

これは、全国の被差別部落の所在地を新旧の地名で示し、住民の職業や世帯数まで記載した名簿が、企業向けに販売されていた事件です。購入者の大半は企業で、日本を代表する大企業も含まれていました。目的は、採用選考にあたって応募者が被差別部落の出身かどうかを調べることでした。同様の身元調査は、結婚の可否を判断する材料としても使われ、多くの人生が理不尽に左右されてきたと記録されています。

  • 1975年11月、部落解放同盟大阪府連合会への匿名の投書で発覚
  • 購入企業は採用選考の判断材料として利用
  • 結婚差別の場面でも、出自を調べる身元調査が横行

「親日派スキャナー」と「部落地名総鑑」は、対象も時代も国もまったく違います。しかし構造は同じです。本人の行動ではなく、血縁や出自という本人には変えようのない情報を検索し、それを理由に評価や排除の材料にする。この装置は、紙の名簿からWebサイトへと形を変えながら、何度でも現れます。テクノロジーが進化するほど、その検索は速く、安く、匿名で行えるようになる。ここが最も恐ろしい点です。

日本の場合、1975年の事件をきっかけに規制と啓発が進んだことで、企業が組織的に出自を調べる仕組みは表向き縮小しました。しかし、身元調査そのものが消えたわけではありません。結婚を控えたカップルの家族構成や交際歴、時には出身地までを興信所に調べさせる慣習は、形を変えて今も残っています。調べる対象が「植民地協力者の子孫」から「配偶者の家系」に変わっただけで、"自分では選べない情報で相手を値踏みしたい"という欲求そのものは、実は一度も消えていません。「親日派スキャナー」を対岸の火事として眺められる人は、おそらく多くありません。

「歴史清算を矮小化するな」という反論への応答

ここまでの整理には、当然強い反論があります。自分で書いておきます。

「植民地支配への協力者を明らかにすることは、正当な歴史清算であり、単なる心理現象として片づけるのは矮小化だ」。この批判は正しい部分を含んでいます。実際、韓国政府は法律に基づき、正式な手続きを経て親日行為の調査を行い、記録を公表しています。それ自体を否定する材料は、本稿にはありません。

それでも私たちはこう考えます。公的な歴史検証と、個人を特定して晒す非公式ツールは、別のものとして扱う必要があります。前者は、法律に基づく手続きを経て、当事者本人の行為を対象にしています。後者は、非公式で精度も保証されておらず、開発者自身が「同じ本貫というだけで直系とは限らない」と警告しているにもかかわらず、当人ではなく子孫個人がSNS上で特定され、攻撃を受ける結果を生んでいます。歴史を検証する営みと、それを口実にした個人攻撃は、切り分けて考えるべきです。この線引きを曖昧にしたまま「歴史清算だから」で正当化してしまうと、次に晒される子孫を守る手立てがなくなります。

言い換えれば、問われるべきは「調べてよいかどうか」ではなく、「調べた結果を、本人の責任であるかのように扱ってよいかどうか」です。この二つを混同したまま拡散が続く限り、次に検索の対象になるのは、いま検索している側の家系かもしれません。

先祖の出自を理由に、子孫が評価されるのは仕方がないと思いますか?

よくある質問

「親日派スキャナー」とは何ですか?

名字と一族の発祥地(本貫)を入力すると、政府の公式記録などをもとに、先祖に「親日派」(日本の植民地支配に協力したとされる人物)や独立運動の功労者がいたかどうかを検索できる非公式サイトです。開発チーム自身が、同じ本貫だからといって直系の血縁を意味するものではないと説明しています。

なぜ急に利用が広がったのですか?

韓国の人気女優が番組で「4代続く医師一家」と発言したことをきっかけに、曽祖父に親日疑惑が浮上してバッシングを受けた騒動が発端です。日本への好感度自体は過去最高水準にあると報じられており、拡大の背景は反日感情の高まりではなく、SNS上で他人の出自を暴いて裁くことへの心理的な満足感にあると大衆文化評論家は指摘しています。

日本人にも関係がある話ですか?

あります。日本にも1975年に発覚した「部落地名総鑑」事件のように、出自を理由に結婚や就職の可否を判断する身元調査の歴史があります。血縁や出自で他人を評価する心理そのものは、国や時代を問わず起きうる普遍的な構造です。

まとめ

「親日派スキャナー」が広めているのは、日本への反感ではありません。本人の行動ではなく血縁という動かせない情報で、他人を裁いて溜飲を下げる心理です。同じ構造は、半世紀前の日本にも確かに存在していました。技術が進化しても、この欲求そのものは消えません。消せるのは、それを実行する手段を、社会がどこまで許すかという線引きだけです。あなたの家系図を検索するサイトが明日できたとしても、それを試したいと思うかどうか。そこに、この問題の核心があります。

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