厳罰化から6年、あおり運転が「減っていない」と言われ続ける本当の理由

あおり運転はなぜ減らない、厳罰化6年でも6割「変わらぬ」
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

車間距離をめぐるささいないら立ちが、なぜ命に関わる事態にまで膨らむのか。今月、さいたま市の踏切で起きたトラブルは、先行車の運転手が殺人未遂の疑いで送検される事態に発展しました。「あおり運転は厳しく取り締まられているはず」と多くの人が思っています。ところが調査を見ると、罰則が重くなった実感を持っているドライバーはむしろ少数派です。厳罰化という「答え」は、なぜ効いた実感を生まないのでしょうか。

いま、この問いが突きつけられている

2026年8月18日、さいたま市岩槻区の踏切で、先行車が後続車の進路をふさぎ、遮断機が下りたあとも動けないようにしたまま、後続車が電車と接触する出来事が起きました。FNNプライムオンラインや日本テレビ系のニュースによれば、先行車の運転手の男性(52)は8月20日、殺人未遂の疑いで送検されています。

報道によれば、事の発端は車間距離をめぐるトラブルでした。先行車の運転手は「車間距離が近く、注意するために車を止めた」と説明しているとされ、一方で親族の取材によれば、本人は「あおり運転をされたので車から出た」とも話していたといいます。なぜ殺人を狙ったとみなす容疑が適用されたのかについて、FNNは、遮断機が下りたあとも後続車を抜け出せないようにし続けた「悪質性」と「執拗性」を捜査機関が重く見たとみられる、と伝えています。

先にお断りします。 本稿は、この事件の刑事責任を論じるものではありません。運転手の男性は容疑を否認しているとされ、何が起きたのかは今後の捜査で明らかになります。ここで扱うのは、この事件より前からずっと存在してきた「なぜ交通トラブルは、ここまでの事態に膨らむのか」という問いです。特定の個人を断定的に非難する意図はありません。

📌 出典: FNNプライムオンライン日テレNEWS NNN。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

「厳罰化」は本当に効いているのか

あおり運転は、2020年6月30日に施行された改正道路交通法で「妨害運転罪」として明文化されました。車間距離を極端に詰める、幅寄せする、高速道路上で不必要に停止させるといった行為が対象で、違反1回で免許取消、悪質な場合は最長5年の懲役刑という重い罰則が科されます。

ところが施行から6年がたったいまも、「あおり運転は減った」という実感は広がっていません。乗りもの系メディアがまとめた調査によれば、2020年の法改正より前から運転していた回答者のうち57.3%が「変わらないと思う」と答え、21.7%は「やや増えた」「大きく増えた」とすら回答しています。「やや減った」「大きく減った」は18.8%にとどまりました。

「変わらない」と答えた人にその理由を聞くと、70.1%が「危険な運転をする人の心理や行動は変わらないと思う」ことを挙げています。あおり運転をされた経験があるドライバーの割合も57.9%で、2019年の調査(59.8%)からほとんど動いていません。

そもそも妨害運転罪は、2019年に常磐道で起きた、あおり運転の末に停止させられた運転手が車外に引きずり出されて殴打された事件をきっかけに、世論の強い後押しを受けて創設された経緯があります。ドライブレコーダーの映像が広く報道され、「これは取り締まれる法律がないのはおかしい」という声が、法改正のスピードを大きく早めました。つまりこの法律自体が、「厳罰化すれば安心できるはずだ」という期待のもとに生まれたものです。その期待の大きさに対して、6年後の実感がここまで追いついていないという事実こそが、今回の数字の重さだといえます。

興味深いのは、ドライバー自身がどう身を守っているかです。同じ調査ではドライブレコーダーの装着率が69.7%に達していますが、装着理由として最も多かったのは「危険運転の証拠を残すため」ではなく、58.0%が挙げた「言いがかり対策」、つまり自分があおり運転の加害者だと濡れ衣を着せられないためという回答でした。厳罰化が生んだのは「あおる人が減る安心感」ではなく、「自分が疑われないための自衛」だった、とも読めます。

厳罰化は「加害者を罰する仕組み」を作った。しかし「怒りが生まれる仕組み」そのものには、ほとんど手をつけていない。

数字だけでは見えない、"密室"の心理

なぜ罰則を重くしても、運転中の怒りはなくならないのでしょうか。自動車メディアがまとめてきた運転心理の分析に共通するのは、車の中という空間そのものが、怒りを膨らませやすい構造になっているという指摘です。

  • 車の中は、外からは表情も声も伝わりにくい匿名性の高い空間で、素性を知られない安心感が攻撃的な言動を誘発しやすい
  • 対面での口論と違い、相手がどれだけ傷ついているかが見えないため、歯止めがかかりにくい
  • 怒りは時間とともに蓄積しやすく、いら立ちを抱えたまま走行を続ける時間が長いほど、行動がエスカレートしやすい
  • 同乗者が「あの運転、ひどいね」「悪いのは向こうだよ」と同調すると、自分の行動が正当化されたと感じてしまう

心理学ではこうした状態を、集団や匿名性の中で個人としての抑制が働きにくくなる「没個性化」と呼びます。車の運転はその典型例とされ、フロントガラス越しに顔が見えない相手に対しては、面と向かってなら絶対に言わない言葉が口をついて出やすいことが、以前から指摘されてきました。

もうひとつ、当サイトとして注目したいのが、ドライブレコーダー映像を晒す文化そのものが、皮肉にも怒りを正当化する材料になっている可能性です。SNSや動画サイトには「危険運転」「あおり」を告発する投稿があふれ、再生数を集めています。それ自体は抑止に役立つ面もありますが、繰り返し見ているうちに「相手が悪いと確信すれば、強く出てもいい」という感覚が薄く積み重なっていくとしたら、告発文化が結果的に次のトラブルの引き金を用意してしまっている恐れもあります。ここは数字で裏づけられた話ではなく、当サイトの独自の見立てとして書いておきます。

この構造を踏まえると、今回の踏切のケースで語られている「車間距離が近くて注意したかった」という説明にも、示唆的な点があります。「相手が悪い」という認識さえあれば、注意する側にも正義感が生まれてしまうのです。これは、あおる側とあおられたと感じる側の双方に起こり得る心理で、どちらが先に「相手が悪い」と感じたかによって、同じ状況が正反対の証言を生みます。実際、今回の件でも運転手側の説明と、遺族・親族が伝える説明の間には食い違いがあります。

罰則は、行為が起きたあとに適用されるものです。しかし怒りが膨らみ始める最初の数十秒には、法律は介入できません。政府広報などが繰り返し呼びかけているのが、高速道路上では絶対に停止せず、次のサービスエリア・パーキングエリアまで走り続けるという具体的な行動指針です。「その場で決着をつけない」という選択肢を、感情が高ぶる前にあらかじめ持っておくことが、唯一、法律の外側から効く対策だといえます。

「結局は本人の資質の問題」という見方への反論

ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。

「厳罰化しても減らないのは、法律の問題ではなく、キレやすい人間が一定数いるという個人の資質の問題ではないか」。実際、大多数のドライバーは車間距離を詰められても踏切で相手を閉じ込めたりしません。少数の危険なドライバーを個別に取り締まればよく、社会全体の構造の話にすり替えるのは論点をぼかすことになる——。この批判には一理あります。

それでも、私たちはこう考えます。「一部の資質の悪い人の問題」で片づけると、次に似た状況に置かれる別のドライバーが同じ選択をする確率は、1ミリも下がらないからです。

57.3%ものドライバーが「変わらない」と答え続けているという事実は、特定の誰かの性格の話では説明できない広がりを示しています。個人の資質にばらつきがあるのは当然としても、それだけ多くの人が「危険な運転をする人の心理は変わらない」と感じているのなら、変えるべきは個々人の性格ではなく、怒りが爆発する前にドライバーが選べる「出口」の設計のほうだと考えます。次のSA・PAまで我慢する、窓を開けずドアをロックする、口論せず110番する——こうした具体的な手順を、免許取得時だけでなく繰り返し周知することが、罰則の重さそのものより効くはずです。

もちろん、「出口」を用意するだけで今回のような踏切のケースが防げたかどうかは分かりません。それでも、69.7%ものドライバーがすでにドライブレコーダーという「自衛」を選んでいる事実は、多くの人が心のどこかで「自分もいつか巻き込まれるかもしれない」と感じていることの表れでもあります。罰則を強くする議論の次に必要なのは、その一歩手前で降りられる具体的な行動を、事故が起きる前に一人ひとりが持っておくことだと考えます。

あなたは、後ろの車にあおられていると感じてヒヤッとしたことがありますか?

よくある質問

あおり運転(妨害運転罪)とは何ですか?

2020年6月30日に施行された改正道路交通法で新設された罪です。車間距離を極端に詰める、幅寄せする、高速道路上で不必要に停止させるなど、他の車の通行を妨害する目的の運転行為を指し、違反1回で免許取消となり、悪質な場合は最長5年の懲役刑が科されます。

なぜ厳罰化してもあおり運転は減らないのですか?

乗りもの系メディアの調査では、2020年の法改正より前から運転していた人の57.3%が「変わらないと思う」と回答しています。罰則は摘発の根拠にはなりましたが、車という密室で感情的になりやすい運転時の心理そのものを取り除いてはいないためだと考えられます。

交通トラブルに巻き込まれたときはどうすればいいですか?

その場で言い返したり車を降りたりせず、窓を閉めてドアをロックしたまま、安全な場所まで移動するのが基本です。高速道路上では絶対に停止せず、次のサービスエリア・パーキングエリアまで走り続けること、ドライブレコーダーの映像を証拠として残すことが呼びかけられています。

まとめ

妨害運転罪は、たしかに「捕まえる仕組み」を強くしました。しかし今回のさいたま市の一件が示すのは、罰則の重さと、車内で怒りが膨らむ速さは、まったく別の問題だということです。

57.3%という数字が語っているのは、法律が変わっても、車を運転する人間の感情の仕組みは変わっていないという現実です。次に車間距離を詰められて、詰め寄られて、腹が立ったとき。その瞬間に窓を開けるか、次のSA・PAまで走り続けるか。その一瞬の選択にかかっているものの重さを、今回の踏切の一件はあらためて突きつけています。

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