ショートスリーパー遺伝子は実在する、堀大輔騒動が示す「証明」との境界線

ショートスリーパー遺伝子は実在、「訓練」との境界線
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

9月9日、日本発の「睡眠」をめぐるニュースが立て続けに流れました。ひとつは、筑波大学の柳沢正史教授が医学界屈指の栄誉であるラスカー賞を受賞したという発表。もうひとつは、「1日30分睡眠」を公言する実業家・堀大輔氏が、それを証明すると称して1週間の連続ライブ配信を始めたというニュースです。どちらも「眠らなくていい体」をめぐる話ですが、扱われ方はまるで違います。この落差の正体を、遺伝子の話から考えます。

同じ日に流れた「睡眠」の二つのニュース

米国ラスカー財団は9月9日、2026年のアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長の柳沢正史教授とスタンフォード大学のエマニュエル・ミグノー教授に授与すると発表しました。受賞理由は、覚醒の維持にかかわる神経ペプチド「オレキシン」の発見と、その欠乏がナルコレプシー(過眠症)を引き起こす仕組みの解明です。臨床医学部門では、血友病A治療薬「ヘムライブラ」を開発した中外製薬の服部有宏氏、井川智之氏、北沢剛久氏の3人も選ばれ、日本から計4人が受賞しました。

筑波大学の発表によれば、柳沢教授が脳内でオレキシンを発見したのは1998年。そこから今回の受賞まで、28年が経っています。ラスカー賞はしばしば「ノーベル賞の登竜門」と呼ばれ、受賞者から実際にノーベル生理学・医学賞につながった例も少なくありません。

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専門紙ではなく経済紙が速報するあたりに、この賞の位置づけがうかがえます。睡眠研究は医学の中でも地味な分野とされてきましたが、不眠症治療薬の開発にまで結びついたことで、産業的にも評価される段階に入ったと言えます。

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「ダブル受賞」という表現の通り、基礎医学と臨床医学の両部門を日本人研究者が占めたのは異例です。ただし世間の関心は、翌日にはもう一つの「睡眠」ニュースに移っていました。

📌 出典: 筑波大学朝日新聞日本経済新聞。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

一方、実業家の堀大輔氏は9日夜から、「1日30分睡眠」を証明すると称して1週間ノンストップのライブ配信を開始しました。堀氏は「日本ショートスリーパー育成協会」の代表理事を名乗り、短時間睡眠を教える有料プログラムを運営してきましたが、2023年には受講者への投資勧誘メールが問題視され、登録のない者が出資を募る行為は金融商品取引法に抵触するとの指摘も出ています。今回の配信は、こうした疑念に応える"証明"として企画されたものです。

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本人アカウントの投稿だけで1万件超のいいねがついています。プロフィール欄に「商標保有」「代表」とあるとおり、これは個人の趣味の発信ではなく、肩書きと商品を背負った発信だという点が、後述する反論への応答で効いてきます。

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配信開始から間もなく切り抜き動画が量産されている状況からも、これが「睡眠の科学的な検証」というより「エンターテインメントとしての生配信」として消費されている実態が見えます。

先にお断りします。 本稿は、堀氏の投資勧誘疑惑の真偽や、彼が実際に1日30分しか眠っていないかどうかを断定するものではありません。投資勧誘については指摘が出ている段階で、司法判断が確定した話ではありません。ここで扱うのは、「ショートスリーパーの遺伝子は科学的にどこまで本当で、生配信という手法でそれを証明できるのか」という一段手前の問いです。

本物のショートスリーパー遺伝子は、こんなに狭き門

「1日30分睡眠」と聞くと荒唐無稽に思えますが、遺伝的に短時間睡眠でも支障が出にくい体質の人が実在すること自体は、科学的に否定されていません。ただし、その実在のしかたが、世間のイメージとはだいぶ違います。

米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の研究チームは、2009年に「DEC2」という遺伝子の変異を持つ家系を報告し、2019年には別の家系の調査から「ADRB1」という遺伝子の変異を特定しました。日本経済新聞の報道によれば、研究チームは3世代にわたってショートスリーパーがいる家族のDNA配列を調べ上げ、ようやくこの変異にたどり着いています。同じ変異を持つマウスでも、睡眠時間が減り活動時間が増える様子が確認されています。

  • 2009年、DEC2遺伝子の変異を持つ家系が初めて報告される
  • 2019年、UCSFのチームが3世代の家系調査からADRB1の変異を特定(日本経済新聞)
  • その後、NPSR1など複数の遺伝子も覚醒の調整に関わることが分かってきている
  • いずれも、数世代にわたる家系の血液を解析して初めて見つかる、極めて稀な変異

ここで重要なのは、これらが生まれつきのDNA配列の違いだという点です。後天的に「訓練」や「慣れ」で書き換えられる類のものではありません。研究者の間でも、真正のショートスリーパーに該当する人はごくわずかで、世の中の「自分はショートスリーパーだ」と感じている人の大半は、単に眠気に鈍くなった慢性的な睡眠不足だろう、というのが共通した見立てです。

カメラを24時間回しても、脳の中までは映らない。

🎥 関連動画:ショートスリーパーは本当に存在する?

出典:メディバリー大学病院/YouTube。 サムネイルをクリックすると再生します(クリックするまで動画は読み込みません)。

1週間の生配信が「証明」にならない理由

柳沢教授の研究と堀氏の配信を並べたとき、いちばんの違いは検証の方法にあります。オレキシンの発見は、遺伝子操作したマウスの行動観察と、脳内物質の測定という、再現可能な実験の積み重ねの上に成り立っています。査読を経た論文として発表され、他の研究者が追試できる形になっているからこそ、28年をかけてラスカー賞という評価にたどり着きました。

一方、本物のショートスリーパー遺伝子の有無を調べるには、本来は血液検査による遺伝子解析か、脳波・眼球運動・筋電図を同時に記録する睡眠ポリグラフ検査のような専門的な計測が必要です。ライブ配信のカメラで視聴者が確認できるのは、目を閉じているか、体が動いているか、といった外見上の様子までです。数秒から数十秒続くマイクロスリープ(瞬間的な居眠り)を、映像だけで見分けるのは専門家でも簡単ではありません。

さらに、堀氏には過去にもFXで全財産を失ったと公表した経緯や、受講者への投資勧誘が疑われた経緯があります。話題性を高める必要がある立場にあること自体は事実であり、それは「配信の内容が正しいか」とは別の軸として、視聴する側が意識しておくべき情報だと考えます。

補足: ここで指摘しているのは配信という手法の限界であり、堀氏個人の人格や睡眠の実態そのものを断定するものではありません。投資勧誘疑惑についても、報道や関係者の指摘がある段階にとどまり、確定した事実ではありません。

「1日30分睡眠」は訓練で身につくと思いますか?

「趣味で言っているだけでは」という反論

ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。

「エンタメとして消費されているだけなら、実害はないのではないか」。日本人の平均睡眠時間はOECD加盟国の中でも際立って短いことが知られていますが、それでも世の中の啓発の多くは「もっと寝ましょう」という一方向に偏っています。そんな中で、"限界に挑戦する"配信をエンターテインメントとして楽しむ人がいてもいい、という見方は筋が通っています。実際、切り抜き動画への反応を見る限り、視聴者の多くも彼の睡眠の真偽より、配信そのものを楽しんでいる面があります。

それでも、私たちはこう考えます。問題の核心は「配信者としての堀氏」ではなく「協会の代表としての堀氏」にあるということです。

本人のプロフィールには「ショートスリーパー商標保有」「睡眠改善プログラム代表」とあります。つまり彼は、単に自分の体質を面白おかしく発信しているのではなく、それを教えられる技術として有料で提供する立場にいます。エンターテインメントとして消費される分には実害は小さくても、それが「訓練で身につく健康法」として売られ、その先で投資まで勧誘されるとなれば、話の重みは変わります。

  • 科学として認められた発見(オレキシン)は、28年の検証を経てようやく賞という評価にたどり着いた
  • 一方、「訓練で短眠になれる」という主張は、1週間の配信だけで結論を出そうとしている
  • この速度の差を無視して「証明された」と受け取ってしまうことが、いちばんのリスクである

本気で自分の睡眠を変えたいなら、参考にすべきは配信の切り抜きではなく、査読を経た研究や、実際に診療にあたる医師の見解のほうです。時間をかけて検証されたものと、まだ検証されていないものを、同じ重さで扱わないこと。それが、今回の二つのニュースから引き出せる、いちばん実用的な教訓だと考えます。

よくある質問

ショートスリーパーの遺伝子は本当に存在しますか?

存在します。DEC2やADRB1、NPSR1といった遺伝子の変異が、生まれつき短い睡眠でも支障が出にくい体質に関わっていることが、家系調査によって確認されています。ただし該当する人はごくわずかで、後天的な訓練で獲得できるものではないというのが研究者の共通認識です。

オレキシンの発見とショートスリーパーは同じ研究ですか?

いいえ、別の話です。柳沢正史教授が発見したオレキシンは、覚醒を維持するための脳内物質で、不足するとナルコレプシー(過眠症)を引き起こします。今回のラスカー賞は、睡眠時間を短くする遺伝子ではなく、覚醒を保つ仕組みの解明に贈られたものです。

堀大輔氏の1週間ライブ配信は、ショートスリーパーである証明になりますか?

医学的な証明としては不十分だと考えられます。真正のショートスリーパーかどうかは、睡眠ポリグラフ検査などの専門的な計測が必要で、カメラの映像だけでは数秒単位のマイクロスリープを見分けることができません。あくまで本人による発信であることを踏まえて見る必要があります。

まとめ

同じ日に流れた二つの「睡眠」のニュースは、たまたま並んだだけの偶然です。しかし並べてみると、科学的な発見が世に認められるまでの遅さと、体験的な主張が拡散する速さの落差が、はっきり浮かび上がります。

ショートスリーパーの遺伝子そのものは、決して都市伝説ではありません。ただし、それはごく一部の人が生まれつき持つものであり、配信で「証明」できる性質のものでもありません。覚醒の仕組みを解き明かした28年越しの研究と、1週間で結論を出そうとする配信を、同じ土俵で比べないこと。まずはそこから始めるのが、遠回りに見えて確実な向き合い方だと考えます。

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