警察官のなり手不足が全国で深刻化、「安定」という言葉の中身が変わった証拠

警察官のなり手不足はなぜ深刻化?「安定」の意味の変化
✒ コラム / 図版:タネアカシ編集部

警視庁が「警察官が3000人足りない」と発表したニュースが、静かに広がっています。多くの解説は「今は売り手市場だから、公務員が敬遠されている」で片づけてしまいます。しかしこの説明では、教師や自衛官、整備士まで同時になり手を失っている理由が見えてきません。数字を追っていくと、もっと根の深い変化が見えてきます。

いま警察官に何が起きているか

毎日新聞の報道によれば、警視庁は定員4万3619人に対し、2026年4月時点で3060人(約7%)が不足しています。充足率は93.0%で、全国平均の97.1%を大きく下回りました。東京新聞の取材では、警視庁の受験者数はピーク時の3分の1にまで落ち込んでいると報じられています。

減っているのは応募者だけではありません。TBS NEWS DIGの報道では、採用試験に合格した人のうち4割が入庁を辞退していることも明らかになっています。時事通信の集計では、30以上の都道府県警でなり手不足が起き、内定辞退は全国平均で3割に達しています。

🎥 関連動画:なぜ警視庁合格者の4割が辞退するのか(Nスタ解説)

出典:TBS NEWS DIG/YouTube。サムネイルをクリックすると再生します。

影響はすでに現場に出ています。人員不足で110番通報を受けてから警察官が現場に到着するまでの時間が延びつつあり、治安維持そのものへの懸念が指摘されています。不足しているのは警視庁だけではありません。時事通信の集計によれば、30以上の都道府県警で採用予定数の1割強が埋まらず、内定を出しても3割が辞退する状況が全国で同時に起きています。

これは一時的な落ち込みではありません。東京新聞の報道によれば、警視庁の採用試験の受験者数は右肩下がりが10年以上続いた末にピークの3分の1という水準まで沈んでいます。人口が急に3分の1になったわけではない以上、若い世代のうち警察官を選ぶ割合そのものが下がり続けてきたことになります。

📌 出典: 毎日新聞東京新聞時事通信。 解釈と考察は当サイトが独自に執筆しています。

「売り手市場だから」では説明が苦しい理由

一般的な説明はこうです。いまは人手不足の売り手市場で、民間企業が積極的に採用と待遇改善を進めている。大企業が集まる東京はとくにその流れが強く、公務員より条件のいい民間へ人が流れる——。事実として間違ってはいません。

元刑事の視点でも、原因は給料の額そのものより「長時間労働」「不規則勤務」「働き方の違い」という複合的な条件に置かれています。給与という単一の軸では、この不足は説明しきれません。

警察官離れは、景気のせいではなく、「安定」の定義が変わったことの兆候だ。

好景気で民間が有利になる局面自体は、過去にも何度もありました。バブル期のような超売り手市場でも、公務員試験の倍率は今日ほど落ち込みませんでした。景気が良くても、公務員には「潰れない」「一生安泰」という価値があり、それが民間の高い初任給と釣り合いを取っていたからです。

今回は、その釣り合いのとり方が違います。公務員の「潰れない」という価値そのものが、若い世代の評価軸から後退しているのです。景気の強さで揺れているのではなく、そもそも何を「良い仕事」と見なすかという基準が入れ替わったと考えるほうが、複数の職種で同時に応募者が減っている現実によく合います。

「安定」という言葉が引っ越しした

かつての「安定」は、一度就いたら定年まで安泰、年功序列で給与が積み上がり、景気に左右されない職を意味していました。終身雇用が前提の社会では、公務員はその代表格でした。

いま若い世代が口にする「安定」は、少し違う顔をしています。自分の生活リズムを自分で組み立てられること。転勤やシフトを自分の裁量で選べること。合わなければ、いつでも他の選択肢に移れる自由があること——こちらが、いまの安定の中身です。

この投稿が突いているのは、不規則勤務が前提の仕事は、共働きを前提にした生活設計と相性が悪いという点です。転勤・当直・突発的な呼び出しがある仕事は、配偶者の仕事や子育てのシフトと噛み合いにくい。かつては「一家の大黒柱が一人で支える」前提だったからこそ許容されていた働き方が、共働きが当たり前になった社会では、そのまま「不便」に変わります。

「少子化だけの問題じゃない」という直感は、一般の投稿にも広がっています。母数が減っただけなら、応募者に占める割合は変わらないはずです。実際に落ちているのは割合そのもので、これは人口動態ではなく、警察という仕事の相対的な魅力そのものが下がったことを示しています。

もう一つ見落とされがちなのが、異動や配属の裁量のなさです。民間企業では、転職はもちろん、社内でも希望する部署へ手を挙げる仕組みが広がっています。一方、警察組織は人事異動が組織側の判断で決まり、本人の希望が通るとは限りません。自分の生活設計を自分で組み立てたい世代にとって、この「決められた通りに動く」働き方は、給料の多寡以前に選びにくい形をしています。

「結局は待遇の問題では」という反論への回答

ここまでの話に対しては、当然、強い反論があります。いちばん強いものを、自分で書いておきます。

「結局は給料と人数の問題ではないか。待遇を上げ、定員を見直せば、また人は集まる」。実際、警視庁も待遇面の向上を含む"警視庁改革"に着手しています。給与や休暇制度の改善が有効な対策であることは間違いありません。この批判は筋が通っています。

補足: 本稿は、志望者や現職の警察官個人の判断を批判する意図で書いていません。ここで扱うのは、複数の職種で同時に起きている構造の話です。

それでも、待遇改善だけでは説明しきれない現象があります。もし原因が給料の水準だけなら、なり手不足は職種ごとにばらつきが出るはずです。ところが実際には、給与水準も勤務形態もまったく異なる教師・自衛官・整備士といった職種で、この10年、応募者が軒並み大きく減っています。ある報道では、警察官の志願者数はこの10年で6割減ったと伝えられています。

給料という一つの通貨では説明のつかない現象が、業種を横断して同時に起きている。だとすれば、そこにあるのは個々の待遇の問題ではなく、「安定」という言葉そのものの意味が、社会全体で入れ替わったという、もっと大きな変化だと考えます。給料を上げることは必要条件ですが、十分条件ではありません。

本当に効くとすれば、働き方の裁量を増やす対策です。勤務地や配属について本人の希望を反映する仕組みを広げる、フルタイムでなくとも警察の仕事に関われる働き方を用意する、といった「決められた通りに動かなくていい」余地を作ることが、給料の額そのものより効いてくると考えられます。警視庁が進める"警視庁改革"が、待遇面だけでなくここまで踏み込めるかが、今後の焦点になります。

あなたにとって「安定した仕事」とはどちらに近いですか?

よくある質問

警視庁の警察官はいま何人不足していますか?

毎日新聞の報道によれば、警視庁は定員4万3619人に対し、2026年4月時点で3060人(約7%)が不足しています。充足率は93.0%で、全国平均の97.1%を大きく下回っています。

なぜ警察官の受験者数がここまで減ったのですか?

東京新聞の報道では、警視庁の受験者数はピーク時の3分の1にまで落ち込んでいます。少子化に加え、民間企業への人材流出や、若手・中堅警察官の離職が同時に起きていることが背景にあるとみられています。

給料を上げれば警察官のなり手不足は解決しますか?

待遇改善は有効な対策の一つですが、それだけでは解決しないと考えられます。給与水準の異なる教師や自衛官、整備士など複数の職種で同時になり手不足が起きているためで、共通する背景には「安定」という言葉の意味そのものの変化があると考えられます。

まとめ

警察官のなり手不足は、「今は景気がいいから」で片づけられがちな現象です。しかし給与水準の異なる複数の職種で同時に応募者が減っている以上、原因を景気や個々の待遇だけに求めるのは無理があります。

変わったのは、公務員という職業の魅力ではなく、「安定」という言葉が指すものそのものです。かつての安定が「一つの場所に留まり続けられること」だったのに対し、いまの安定は「自分で生活の形を選べること」に移っています。不規則勤務・転勤・裁量のなさを抱える仕事ほど、この移動の直撃を受けています。

待遇改善はもちろん必要です。しかしそれだけで元に戻るなら、教師や自衛官のなり手不足も同時には起きていないはずです。この記事を読んだあなた自身に、いま一度聞いてみてください。あなたにとっての「安定」は、まだ10年前と同じ意味ですか。

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